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日本に馴染むAMを形に。
ニコンがオフィスでも使える金属3Dプリンターを作った理由

航空・宇宙・医療など金属3Dプリンターが実際に活用される事例が増えてきた昨今、メーカーの参入も相次いでいます。そんな中、国産の金属3Dプリンターとして独自の存在感を見せているのがニコンです。金属3Dプリンター「Lasermeister 100Aシリーズ(以下、レーザーマイスター)」は「CAD設計する設計者がオフィスの自席の横においても稼働」できるように製造されています。粉体を材料に扱うレーザー加工装置である金属3Dプリンターをオフィスに設置できるレベルで作りこんだニコンの取り組みは、何を目指して行われたのか。実際に開発が行われたニコン熊谷製作所でマーケティング担当である株式会社ニコン 鳴嶋 弘明氏にお話を伺いました。

語り手:株式会社ニコン 鳴嶋 弘明氏
聞き手:3DPエキスパート編集部

ニコンが3Dプリンターに取り組む背景

ニコンさんはB2C向けのカメラ製造が有名ですが、B2B向けの産業用装置にも取り組まれていますよね。そんな中で3Dプリンターはどんな位置づけのプロダクトなのでしょうか?

【防塵防爆服を着なくても、操作できるレーザーマイスター。高温で金属粉を溶融しているにもかかわらず、この距離で近寄ってもまったく熱を感じない。】

鳴嶋氏:おっしゃるようにニコンはB2C分野でカメラなどの映像事業に取り組んでいますが、そこで培ったレンズ設計ノウハウや精密機器製造のノウハウを活かして、精密産業用機器、医療用機器などの製造にも取り組んでいます。現時点(※2022年3月)では、カメラなど映像事業以外の産業用機器が売上の7割弱を占めており、光学メーカーとして総合的に培った強みを活かし、新たな事業展開を行っています。

私自身、金属3Dプリンターの開発にかかわる以前は、半導体露光装置の設計・開発に20年以上携わっていました。半導体露光装置は、IC(集積回路)をつくるときに不可欠な製造装置です。 装置はレーザーを使ってパターン回路の原版をウエハに焼き付けていく装置です。ICは年々小型化、集積化されていくのですが、微細な回路を高精度で製造していく半導体露光装置には多くの技術が必要です。その製造で培った技術・ノウハウを活かして金属3Dプリンターを開発しました。

3Dプリンターにもさまざまな方式があります。いろいろ検討される中で金属のDED方式にたどり着かれたとおもうのですが、どんな経緯があったのでしょうか?

鳴嶋氏:検討時、金属プリンターの市場に入っていくには、後発のメーカーになることがわかっていました。その為、装置の主流になっているPBF方式でなく、LMD方式で金属3Dプリンターを自社開発することにしました。金属3Dプリンターによる加工は市場規模が大きいと見込まれていたことも、大きな要因です。

金属のPBF方式とDED方式を社内で検討。
3年という短期間でスピーディーにリリース

鳴嶋氏:半導体露光装置では超微細加工を行う際に、カメラなどのセンサーで加工状況をリアルタイムで計測し、狙った形状で加工するためのフィードバック制御が欠かせません。

LMD方式では金属粉をレーザーで溶融しながら肉盛りしていく方式なので、レーザーの制御や、フィードバック制御など、いままで培った半導体露光装置のあらゆる技術・ノウハウを活かして新しい価値を生み出せると考えました。

光学メーカーとして培ってきたノウハウで、従来では難しかった低出力レーザーで省エネかつ低コストで金属の付加造形ができる装置を生み出すことができました。開発期間としては、半導体露光装置で培ったハード、ソフトの技術的蓄積があったので、本格的に開発を始めておおよそ3年あまりでリリースできました。

こんな加工も実現できる!
造形サンプルから見る
レーザーマイスターの実力

実際にどんな部品が造形可能か見せていただけますか?

鳴嶋氏:はい。実際にレーザーマイスターで造形した部品をご紹介していきます。
こちらはターボフィンを後付けで付加造形した部品です。レーザーマイスターはベースになる部品、機械加工で製作した部品の上に造形をしていくことができるので、こうした加工が可能になっている点が特長です。

【ターボフィンのベースとなる土台に造形】

【摩耗したブレードの先端を補修して延伸させた部品】

円錐上の形状にも造形できるんですね。

鳴嶋氏:はい。ベースとなる部品形状は、基本的に、装置内の造形エリアに入るものであれば対応可能です。造形は、レーザーで加熱した部分に金属粉体を吹き付け積層していきます。金属粉は溶融し、固まり、造形していくので、強度としては鋳造と同等レベルとなっています。

【造形時のダレを抑制するサポート材が不要なので、複雑な造形も可能で後処理も容易】

肉盛り溶接しながら自在に形状を作っていくイメージなんですね。

鳴嶋氏:はい。溶接は技術が求められる分野だとおもいます。社内で熟練工の方に気軽に依頼できるのであればよいのですが、そうでない場合は外部の溶接業者に依頼するとコストが発生しますしリードタイムもかかってくるでしょう。レーザーマイスターがあれば、自動で造形、溶接もできるので、欲しい部品を欲しいタイミングで調達できると思います。

サポートが不要なのもうれしいですね。

鳴嶋氏:はい。樹脂を使用したサポートでも、除去することは手間がかかりますが、硬い金属でのサポートを除去するのは機材も技術も必要になってきます。初めからサポートレスで造形できるので、時間もコストもかからないわけです。

【棒材にスクリューを付加造形。独自の部品を既成部材から作ることが可能に。】

既存の部品に後付けで加工できる点は応用がかなり効きそうですね。

鳴嶋氏:はい。丸ごと造形していくと造形時間がその分長くかかってしまいます。また金属3Dプリンターの材料粉末は専用材料で、通常の材料より値が張ります。時間もコストも削減するという意味では、すでにある部品をもとに加工していくほうが合理的な場合も多いでしょう。ECサイトで注文した部品に付加造形して必要な部品を作るなど、安価にやりたいことを実現する手段になればと思います。

【五軸で稼働するステージがある機種では、こうした造形も可能になる。】

【既存のパーツに付加造形することで様々なカスタマイズ部品に対応できる】

薄肉コートをして表面に金属膜を形成

【レーザーマイスターで薄い層を造形し金属膜を生成】

こちらはどんな加工をしているのですか?

鳴嶋氏:この部品は薄い層の造形をしており、薄肉コートとも言っています。ベースになる部品の上に薄い金属の膜をコーティングする加工を施しています。主に金型等、耐摩耗性が要求される部品への対応です。

既存部品への付加積層造形が
もたらす可能性

見せていただいた造形サンプルを見ていると、レーザーマイスターが単純な金属3Dプリンターを目指しているわけではないことが伝わってきました。ニコンさんは日本の製造業として世界を舞台にB2C商材、B2B商材を製造されていますが、そのご経験を踏まえてお答えいただきたいと思います。日本の製造業でAMを活用していくためには何が必要でしょうか?

鳴嶋氏:私自身ニコンで半導体露光装置の設計・開発に携わってきた技術者ですが「設計」の観点でお話しすると、欧米と日本では大きな違いがあると感じています。日本の技術者は既存工法をベースにした設計、発想に慣れ親しんでおり、3Dプリンターならではの設計に慣れていないように感じます。製造業でAMを活用していくには設計の思想が変わっていくことが重要です。

例えば、航空機の椅子のヒンジのように、トポロジーを最適化したAMならではの思想や、それを元にした設計ができる人材は日本にはあまり根付いていないと思われます。設計者は既存の加工方法を踏まえて図面を引いていきます。プロなので加工できない図面は引きませんので、加工方法が変わると、今までの設計アプローチを大きく変えなければいけません。

また、日本のモノづくりの現場は品質への観点が重要です。できたものの品質として、例えば100個つくって全て同じものなのか等、厳しい品質チェックが入ります。品質の観点からも、金属AMという発展途上中の技術が持つリスクは許容されにくいように感じる部分はあります。

「面白そうな技術がでたから検討したが、品質保証的な面でリスクがある。導入費用が高いので社内の説得が難しい。結果、ノウハウがなく、以前と同じ状況のまま」という話があるのではないでしょうか。まったく新しい工法でゼロから部品を作っていく場合、導入が難しい企業も多いだろうと思います。

パラメトリック設計で
製品設計者をもっと自由に

確かに熟練した設計者ほど、3Dプリンターならではの活用方法や設計アプローチに対して及び腰になるという側面はあるかもしれませんね。当然利用する側にも学習が必要になってくるとおもうのですが、どのように向き合っていけばよいのでしょうか?

鳴嶋氏:3Dプリンターを活用するアプローチとして、2つ取り組み方があると考えています。アディティブとアダプティブという2つのキーワードで説明したいと思います。

アディティブの観点
(形状や性能を付加していくアプローチ)

鳴嶋氏:アディティブのアプローチは、付加積層造形、と表現し既存の金属部品に新たな形状を付け足していく加工です。レーザーマイスターでは、肉盛り、とも表現していますが、まさにアディティブなアプローチです。

私たちは設計者が理解しやすく、現場でも一定のニーズがある修理や補修分野からも3Dプリンターを活用し始めてほしいと考えています。特に既存の部品に付け加える発想で3Dプリンターを活用していくことは今まで想像もしていなかった価値を生み出せる可能性があります。

たとえばECサイトで買った部品、今ある金属部品などに、欲しい形状、少しだけ違う形状を付加する、などのアプローチです。自社で製造した部品を補修する場合や、形状を追加していく追加工が可能になります。このアプローチはいままで日本が得意としてきた切削加工や成型などにはなく、新たな取り組みです。

アダプティブな観点
(サイズや形状を選択して設計を決めていくアプローチ)

鳴嶋氏:もう一つのキーワードとしてアダプティブというキーワードをお伝えしたいと思います。CADの世界ではパラメトリック設計という言葉で語られることも多いのですが、対応するソフトウェアに部品として求めたい寸法、形状などの要件を数字として入力すると、要件を満たす形状を自動で生成するような世界観です。

そこで、CADやCAMがなくても、部品を設計できるソフトウェアを日本のモノづくりをよく知る私たちの手で開発することにしました。生成された設計データはボタン一つでレーザーマイスターと連携して造形できるので、追加のソフトウェア投資や設計手法に関する学習を最低限に抑えた上で、3Dプリンターならでの活用に取り組めます。もう少しでソフトウェアをリリースできるところまで開発していますので、段階的にユーザー企業の方に使っていただきながら洗練させていきたいと考えています。

3Dプリンターならではの専用設計に熟知していない設計者でも、3Dプリンターの良さを活かした設計ができる設計ソフトがあれば、活用できる層が広がります。自動車、航空宇宙などのユーザー層以外にも活用していただける可能性が広がっていきます。住宅市場、おもちゃ市場など金属部品をもっと手軽に製造したいと考えている層に限りはないので、そういった方がCADで設計すると翌日には金属部品を手に入れられるという世界を徐々に実現していきたいと思います。

どのように向き合えば良いか伺うつもりが、設計や製造の現場の立場で使いやすい環境を整える取り組みをすでにご用意されているという話につながって、びっくりしました。使いたくても使えないハードルを一つ一つ取り除いていく丁寧なアプローチがレーザーマイスターには詰まっているんですね。

鳴嶋氏:そうですね。私たちも開発に着手する以前は、3Dプリンターがあれば、図面を自由に設計でき、そのまま製造工程に流せば、材料手配もなく、後加工もいらないものだと想像していました。出来上がったものはすぐに最終部品にできると思っていたわけです。

しかし実際は違います。材料も専用の材料でないと品質に影響がありますし、後加工も必要です。それがネガティブなイメージにつながっている部分もあると思います。実際に導入を検討した方の中にも、「後処理が必要だし、専用設計は手間がかかる。いままで通りの工法で良いのでは」となっていたケースもあると思います。

そんな中、日本でモノづくりをしている設計や製造現場の人にとって、なにが助けになるのか考えると、装置をできるだけ安全に、簡単に、便利に使えるものに仕上げることが必要だということが挙げられます。そうでなければ新しいチャレンジが容易にできません。その上で装置を使うための専用設計に取り込み、できるだけ導入のための垣根を低くすることが必要です。

装置の使い方の1つの提案としては、いまの加工工程や、既存の加工機はそのまま残していただき、レーザーマイスターを横に置いてください、とお伝えしています。

例えば歯車がかけた際に補修できる、直せる。部品ができたけど、加工ミスでエッジが削れてしまい復活させたい時に、高度な溶接設備や熟練技術者がいなくても、段取り替えの時間を最低限に抑えて補修できる。

レーザーマイスターは、金属3Dプリンターですが、例えば、はじめは高精細な自動溶接機という位置づけで使ってみていただいても良いのではと考えています。使ってみて役立ったという経験をしていただく中で、活用の幅が徐々に広がれば良いなと感じています。

製品開発は予算や納期、提供価格とのバランスなどで取捨選択の連続があったと思います。いまある機能で特にこだわった点はどんな点でしょうか?

鳴嶋氏:そうですね、いろいろあるのですが、普通のオフィス環境、CAD室等でも利用できるほど安全に、という点にこだわりました。レーザーマイスターは重量350キロ程度で、大きさも大型の冷蔵庫と同程度。エレベーターで搬入搬出ができるサイズ感です。

また造形時に酸素を抜いて造形しますが、造形には窒素を利用していますので、人体に対しても環境に対しても負荷が少ないといえます。

装置は、電源、LAN、ガス配管、排気ダクトの4つをつなぐだけで、すぐに利用開始が可能な状態になります。防塵防爆設備を必要とせず、防火壁も不要です。

防塵防爆の防護服に着替える必要もなく、防火壁などもない室内でいま実際にテスト造形をしていただいているんですが、音もあまりしないですし、熱もほとんど感じません。

鳴嶋氏:はい。オフィスに設置して稼働しても支障がないレベルで作りこんでいます。そしてもう1点こだわったのが、本格的な利用に耐えることです。例えば、造形時のモニタリングです。

【操作パネルで造形中の映像をリアルタイムでモニタリングできる。レーザーは不可視光だが、溶融している金属粉末が明るく光っている】

鳴嶋氏:造形中の光景は3Dプリンターの操作盤から確認することができます。
操作盤は、スマホやタブレットのように、直観的な操作が可能です。操作方法が難しくわかりにくい機器は利用者を限定してしまいますので、3Dプリンターに不慣れな人でも触れる装置、ソフトウェアにしていくことはこだわっています。実際この操作パネルのユーザーインターフェイスのデザインはニコンのカメラの操作画面をデザインしたデザイナーが担当しています。

先ほど既存の部品に肉盛り造形していくという話が出たときから気になっていたんですが、どのように段取りをするのでしょうか?

鳴嶋氏:装置の内部に3Dスキャナーが設置されていまして、配置した部品をスキャニングして位置(座標)を認識します。

そして造形したいCADデータをその座標に合わせ、造形を行うことができるので、手間がかかりません。切削加工機で加工原点を位置決めし、ツールをセットするなど、段取り作業を行っている方には非常に評価いただいている点です。

また最新の「Lasermeister 102A」では、造形エリアの溶融部をリアルタイムにモニタリングします。それらの情報を造形へフィードバックを行い、適切な形状の造形を行っています。半導体露光装置の開発で培ったソフトウェア、ハードウェア双方の蓄積が、こうした機能に展開できていると思います。

よく考えられているな、と感じます。2019年から矢継ぎ早に機種が3機種展開されましたが、当初から3機種ラインナップを出すご予定だったのですか?

鳴嶋氏:はい。当初発売した「Lasermeister 100A」は、標準価格3000万円台で導入可能なエントリーモデルという位置づけです。その後、造形自由度が高く、加工自由度を上げるために必要な、5軸のステージをそなえた3Dプリンターをご用意するなど、ということで、これまで製品を段階的にリリースしてきました。

まずは、既存部品への付加造形による新たな機能の追加、部品の修復、治具製作など、自分の手でできることが広がると、活用のアイディアが広がっていくと思います。金属部品を自分の手で製造できる。今後もっと金属3Dプリンターを使いたくなる装置としてお役に立っていければと思います。

今後の課題としてどのようなことを考えていらっしゃいますか?

鳴嶋氏:対応できる材料は今後も増やしていきたいと思います。様々な金属活用についてお客様からも相談を寄せられていますので、検討を行っていきたいと思います。

また造形サイズですが、現在のサイズは装置をコンパクトに作っていることもあり、小型な造形サイズになっています。今後より大きな部品を造形するための大型装置も構想の中にはあります。

2022年3月段階でどんなユーザーに導入されていますか?

鳴嶋氏:オフィスでも利用できる安全性や、多機能で金属部品を造形できることをご評価いただき、民間企業はもとより教育機関や公設試験研究機関にも採用されています。

今後は民間企業への導入が本格的になり、機械加工関係者だけではなく、デザイナーの方々にも使っていただき、金属3Dプリンターのすそ野をより広げていきたいと考えています。

オフィスにいる設計者にも、
工場にいる製造現場にも
寄り添える入門機

日進月歩の金属3Dプリンターの世界。今回はニコンが進めるオフィス空間でも利用可能な金属3Dプリンターであるレーザーマイスターをご紹介しました。数ある金属3Dプリンターの中でもオフィスで問題なく安全に利用できる装置はほとんどありません。

設計者が設計したものを翌日には形にできるという意味では非常に心強い存在です。また製造現場に1台あれば、補修や追加工でも効果を発揮します。現場の困りごとを解決できる金属加工の幅の広さも魅力です。造形サンプルをみているだけでも、活用用途が広がっていくレーザーマイスターですが、実際にサンプルを見てみたい、こんな用途で使えないかといったご相談はリコージャパンまでお気軽にご連絡ください。金属3Dプリンターの技術進歩をタイムリーに把握し、最適な一台をご提案いたします。

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