3Dプリンターで造形したウェアラブルデバイスがカギを握る
新時代の働き方
- #PA12 #最終部品製造 #コスト低減
コロナ禍で働く場所がオフラインからオンラインへと移行し、オフィスワーク率が大幅に下がっている昨今、アフターコロナを見据えて「リアル場で新しい価値を生み出す取り組み」が各所で生まれつつあります。リコーの先端ワークスタイル研究施設『3L』(サンエル)では、センシング技術を導入し、人が集まる場所や雰囲気、関係性をデジタル化する取り組みを行っています。その取り組みを支えるウェアラブルデバイスの製造を3Dプリンターが担っていることも含め、『3L』という大型プロジェクトはもちろん、3Dプリンターの貢献についてもご紹介します。
語り手:株式会社リコー 稲田 旬氏、武田 修一氏、リコージャパン株式会社 小林 峻氏、アートアンドプログラム株式会社 リーダー・アレキサンダー氏
聞き手:3DPエキスパート編集部
リコーの先端ワークスタイル研究施設『3L』
3Lは、リコーグループゆかりの地である大森会館を、全面的にリファインした新たな拠点です。起業家精神を持つすべての人がつながり、ひとりひとりのはたらく歓びを追求しながら、チームの創造性を加速させる実践型の研究所として設立されました。
3Lでは、リアルな場に人が集うことで強力なチームを生み出すために、個人の資質の可視化やチーム活動をサポートする専門コーチング、センシング・デバイスを用いたコミュニケーションの可視化など、さまざまな仕組みを提供しています。
働き方や働く場所の選択肢が増えたなかで、チームが顔を合わせ、リアルで会うことの意味を問い直すために、3Lはチームが顔を合わせて働く場を再定義しています。館内には、活発な議論を交わす会議室や個人ワーク用のスペースに加え、見る人の感性を刺激する壁画やアート作品など、創造性を開放する心地良い空間が設計されています。
今回は、その3Lのプロデューサーである株式会社リコーの稲田 旬氏、デジタル戦略部カスタマーサクセス推進センター CSクリエイティブグループリーダーの武田 修一氏、リコージャパン株式会社 造形サービス事業推進室 造形技術グループの小林 峻氏、アートアンドプログラム株式会社 代表取締役のリーダー・アレキサンダー氏にお話を伺いました。
『3L』プロジェクトの全容と3Dプリンターの貢献
3Lの設立に込められた想い
施設名の3Lはどのようにつけられたのでしょうか。また、読み方はスリーエルではなくサンエルでよろしいのでしょうか。
稲田氏:正式名称は3L(サンエル)です。「人を愛し、国を愛し、勤めを愛す」という リコー創業者の市村 清がモットーにしていた「三愛精神」がベースにあります。3Lは市村 清が住んでいた住宅の隣にあるため、三愛を英語にした際の「3 Loves」に加えて、この建物を真上から見るとL字型をしていること、建物自体が3階建てであることから、3Lとしました。
ロゴのLの部分は、L字型の建物の形状を採用していて、そのLとバランスが取れるように3をデザインしました。グローバルでキャッチーな名称にしたいということもあり、サンエルと読んでいます。
3Lのような施設を手がけることになった理由や狙いを教えてください。
稲田氏:3Lは、2017年に株式会社リコーの代表取締役 社長執行役員・CEOに就任した山下 良則が企画しました。従業員のやる気やモチベーションを高めるようなランドマークを作りたかったとのことで、翌2018年に当時銀座にあった本社を創業地である大森に移転するこのタイミングで 創業者の自宅に隣接していた大森会館を再起動させよう、人材や価値が生まれてくるような建物をという想いが、3Lプロジェクトの立ち上げへと繋がりました。
ランドマークとしての活用法はさまざまな案があったと思いますが、ワークスペースにしたのはなぜでしょうか。また、どのようなことが期待されているのでしょうか。
稲田氏:リコーという会社がより大きく飛躍するためには社員のモチベーションアップが不可欠だと山下は考えていて、そこから「社員が働くことに喜びを感じられるためのチャレンジ」としてこのプロジェクトが生まれ、山下と関わる機会が多くてプロジェクトを牽引する世代と見られていた当時30代半ばの私がプロジェクトリーダーを任されました。
プロジェクト発足当時は「創業者に関するインプットの場」とする考えが中心にあったのですが、それ以上に「行動を起こすこと、そのための起点となる場所をつくることが創業者の精神を蘇らせるのではないか」と考え、人が集い、新しいものを生み出すアウトプットの場としてのワークスペースを提案しました。3Lはその想いを体現した存在で、ここからイノベーションが生まれることを支援していきたいと思います。
日本でも世の中を驚かせるような価値が生み出される共創・モノづくりの場がたくさんできていくと良いなと思っています。3Lには、そうした場にしていきたいという想いを込めているのです。
3Lに導入されたセンシング技術
3Lにはさまざまなセンシング技術が導入されているとのことでしたが、実際にどのような技術が導入され、どう活用されているのでしょうか。
リーダー氏:3Lは人が集まる場所になり、その人たちの出会いからイノベーションが生まれると考えているので、「どうやって新しい出会いを促すか」という部分を大事にしました。そのなかで「集まってきた人たちがコミュニケーションを開始するきっかけをテクノロジーで作ることができたらいいね」という話が出て、ならば館内のどこに人が集まっていて、どれぐらいコミュニケーションが図られているかを可視化するシステムを導入しようとなったんです。
そのようなシステムが実現可能なんですね。
リーダー氏:はい、すでに3Lでは実装済みです。このシステムを構築するにあたり、会話内容までも収集してしまうようなシステムにすると機密管理的にも利用者の心情的にもあまりよろしくないので、(利用者の)音声を5つの周波数に変えて収集するようにしています。そしてその声を集めるために、利用者にはウェアラブルデバイスを身につけてもらっています。
入館時にはこちらを手渡され、スマートフォンでQRコードを読み取って自身の情報を登録するシステムとなっています。
入館時に手渡されたこちらのウェアラブルデバイスですね。
リーダー氏:このウェアラブルデバイスをエッジデバイスとして、周波数に変換することで、会話が活発に行われていることが目で見て分かるようになっているんです。3Lの各所に設置された大型モニターには、円グラフで議論の白熱ぶりや集まっている人の顔ぶれが分かるようになっています。
利用者が集まっている模様や議論の白熱度合いがモニタリングされるシステムを導入しています。
シェアオフィスやコワーキングスペースといった施設が増えてきている昨今でも、こうしたシステムを導入しているところはまだないんじゃないでしょうか。ほかにはどんなシステムの導入を検討されているのでしょうか。
リーダー氏:現在は温度や湿度、空気圧も測定し、コミュニケーションやイノベーションを活発化させるための居心地良い環境づくりのためのシステム導入を検討しています。製品としてではなく、新しい価値を生み出せるんじゃないかとプロトタイプとして実証実験しているところですね。
3Dプリンターでパッケージングしたウェアラブルデバイス
このウェアラブルデバイスのカバーは3Dプリンターで作られていると伺いました。これはリコーの自社サービスで作られたのですか。
武田氏:はい、そうです。私がデザイナーとしてデバイスのデザインや用途を説明し、それを小林さんが3Dプリンターで造形してくれました。
もともと私は3Lの施設デザインを中心に関わっていたのですが、入退館カードのデザインの相談を受けたことがはじまりです。射出成形(金型を用いた成型法)向けの設計・デザイン経験はありましたが、3Dプリンターでのデザインを本格的に行ったことはなかったので、3Dプリンター出力サービスの小林さんに相談しながら創り上げていきました。
そもそも、なぜウェアラブルデバイスを3Dプリンターで製造することになったのでしょうか。
武田氏:入館用のウェアラブルデバイスは1000個くらい作る予定でして、当初は、アルミの簡易型で射出成型したほうが良いのではないかと考えていました。しかしプロジェクトを進めていくなかで初期ロットとして1000個もの数を手がける必要がなくなり、また(ウェアラブルデバイスそのものを)徐々にアップデートできるようにしたいという話が出たことで、3Dプリンターという選択肢が出てきたんです。3Dプリンター製品を扱ったことは過去にもあったので、ウェアラブルデバイスにも使えそうだなという感覚は持てていました。
3Dプリンター向けのデザイン経験はなかったとのことですが、射出成形向けのデザインとの違いはどのようなところにありましたか。
武田氏:射出成形ではできないアンダーカットや抜き勾配などを気にせず、デザイン面での制約が取り払われたところですね。今回は首にかけるためできるだけコンパクトにしたかったのですが、小林さんに相談したところで3Dプリンターだからこそ実現可能なデザイン方法を知ることができ、「工法上の制約に囚われないデザインで出してもらえると3Dプリンターの効果を発揮できるので嬉しい」とも言ってもらえ、それで当初の想像を超えるデザインにまとめることができました。またネジを使わず、スナップフィット設計ができたのも3Dプリンター活用のおかげです。
3Dプリンターの造形材料や造形方式は、どのように決められたんでしょうか。
小林氏:普段から、3Dモデルのみで図面を描かないお客様やラフなアイディアを3Dプリンターで実現するお手伝いを3Dプリンター出力サービスでは行っていますので、ウェアラブルデバイスのデザインや用途、コスト、求められる強度を聞いたときに「使う材料はPA12(ナイロン12)で3Dプリンターの方式はHP Multi Jet Fusion テクノロジー(粉末に熱を加え融合する米ヒューレット・パッカード社独自の造形システムを搭載した機器)が最適だな」とすぐに思いました。
専用工具がないとカバーが開かないようしっかりロックできる設計に。
武田氏:長年3Dプリンター事業に携わられている小林さんと話しながら進められたおかげで、私もデザインイメージがしやすかったです。3Dプリンターならばアイディアやイメージを短期間で形にできるので、理想的なデザインに仕上げられたと思います。その過程で、小林さんには何度か変更・修正をお願いしてしまいましたが、快く対応してくれて本当に感謝しています。
このウェアラブルデバイスで実現できた3Dプリンターならではの仕様はどんなところでしょうか。
武田氏:紐を通している穴が斜めになっているんです。射出成形だと垂直な穴になってしまうところをこうして斜めにできたことで、首にかけやすく また前後が区別しやすいデザインになりました。「3Dプリンターならこういうことができるんだ」と、私自身も大きな発見になりました。
ウェアラブルデバイスの前後がすぐ分かるのと同時に紐がかけやすい仕様になっています。
これも3Dプリンターならではの設計です。
このウェアラブルデバイスを組み立てるのは自分たちだったので、工具がなくても簡単に組めるスリップイン構造にしました。簡単にしっかりロックでき、専用工具なしでは取り外せないので機密性・安全性も保てるんです。利用者がスマートフォンで読み込むQRコードも、シールではなく3Dプリンターで出力したものを貼付しているんですよ。
初めて3Dプリンターを使ってみた武田さんの手ごたえはどのようなものでしたか。
武田氏:3Dプリンターで実現できる製造物のイメージがさらに広がったことですね。デザイナーの視点から見ると、「こういうことができるんじゃないか」というイメージを短期間で実現してくれるのは大きいですし、今後も主要な選択肢として3Dプリンターを活用する機会が増えると思います。アクセラレーションプログラム(短期間で事業を成長させるためのプログラム)から始まったような、ハードウェアの小さい製品を作りたいけど資金やノウハウがない人や、小ロットでものを作って売りたい人の支援に繋がっていくといいですよね。
アフターコロナに向けた3Lのこれから
今後3Lはどのように展開されていくのでしょうか。また、3Dプリンターの活用はどのようにされる予定でしょうか。
近い将来、リコー社員だけでなく社外の人も3Lを利用できる日が来ることでしょう。
稲田氏:プロジェクト発足当初、3Lは社外の方の利用も視野に入れ、さまざまな熱い思いを持った人に集まってもらうことを想定していました。しかし2020年11月に開所した3Lはそのままコロナ禍に突入し、会うことのリスクが高まる中で社内メンバーや一緒に開発をしている社外メンバー、RICOH PRISM(リコープリズム)体験者などが主な利用者となりました。
気分やムードを盛り上げてくれる創造空間です。
いずれやってくるアフターコロナに向けて、今までの取り組みから得られたアイディアなどもうまく反映させながら遠くない将来には社外の方に開放して、新しい価値を生み出す人同士の出会いや交流の場として活用していきたいですね。リアルな場のあり方としては、クローズドの方がいいのか、フルオープンで社外の方に利用してもらえるようにするのかは、検討中です。
カバーはもちろん3Dプリンター製です。
リーダー氏:現在は、壁面に設置する環境デバイスも3Dプリンターを開発中です。二酸化炭素や空気の汚染、温度、湿度などのセンシングを行うものです。温度や湿度などは空調設備でも検出できますが、実際に知りたい人がいる範囲の情報を取得できるようにしています。すでにケースの部分はできているのですが、まだ基板ができていないのでこれから活用していく予定です。
まとめ
新しい価値を生み出す人同士の出会いや交流の場 3Lの設立という取り組みにおいて、その下支えとなるセンシング技術が詰め込まれたウェアラブルデバイスの製作に3Dプリンターとリコーの出力サービスが関与していたのは大きな発見でした。従来の射出成形による設計・製作を行ってきたデザイナーだからこその気づきや、実際に3Dプリンターを活用するうえでのポイントを存分にお聞きできました。
射出成型などの従来工法と3Dプリンターとでは、設計も製作方法も異なりますし、さらに3Dプリンターの造形方式も多岐に渡ることから、作りたいものややりたいことに合う3Dプリンターの選定が重要になります。その点から見ると、3Lのウェアラブルデバイスのカバーデザイン・製造において小林氏が果たした役割は大きかったと言えます。こうした3Dプリンター活用方法はさまざまなシーンに展開していけることでしょう。
リコー出力サービスサービスでは、この小林氏のように長年3Dプリンターに携わってきた熟練の技術者が窓口となり、お客様の造形物の用途やご予算に合わせ、最適な造形方式・材料、後加工までご提案します。また切削や射出成型など通常の加工方法とは違った、3Dプリンティングならではの特性を最大化した造形アドバイスなども行っています。
3Dプリンターの活用法について知りたい、相談したいという方がいらっしゃいましたら、是非ともお問い合わせください。