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オフィスビルでCO₂を回収

=プラスチックの原料に=

2022年06月21日

地球環境

研究員
亀田 裕子

【編集部から】リコーグループは2022年6月を「リコーグローバルSDGsアクション月間」と定めました。
当研究所もSDGs関連のコラムを公開致しますので、御愛読のほどお願い申し上げます。

 「二酸化炭素(CO₂)を吸収して資源に変えてくれる」と聞けば、真っ先に思い浮かぶのは樹木が生い茂る熱帯雨林。しかし、将来はオフィスビルが建ち並ぶ「コンクリートジャングル」がその役割を果たすかもしれない。そんな未来の実現を目指し、基礎技術の開発に取り組む研究者がいる。東京大学先端科学技術研究センター所長の杉山正和教授だ。

 地球温暖化を防ぐため、世界で化石燃料の使用削減が進められている。しかし、2022年2月にロシアがウクライナに侵攻。ロシア産天然ガスなどの輸入を避けるため、CO₂排出量の多い石炭の使用が増えた。脱炭素社会の実現が容易ではないことが改めて浮き彫りになった形だ。こうした事情もあり、最近は大気中のCO₂を回収・吸収するダイレクト・エアキャプチャー(DAC)への関心が高まっている。

 現在、DAC構想の多くは、CO₂を回収後に貯留できる広い土地に、大型の回収装置を設置することを想定している。しかし、杉山氏が目指すのは「都市部のオフィスビルを活用したDAC」だ。ビル内外の空気からCO₂を集め、プラスチックなどの原料として活用する。一見、非効率にも感じるが、この方法には意外な利点があるという。

 オフィスビルは、中で働く人たちの呼吸でCO₂の濃度が高くなり過ぎないよう、常に室内の空気を集めて外の新鮮な空気と入れ替えている。杉山氏が目を付けたのが、この空調換気システムだ。

 一般的なDACは、CO₂濃度が約400ppm(0.04%)と低い大気中からCO₂を回収する。このため、装置に大量の空気を取り込まなければならない。しかしビル内の空気のCO₂濃度は最大で大気の2.5倍。この空気を地下などの装置に送りCO₂を取り出せば、効率的な回収が可能になる。

 杉山氏はさらに、空気から取り出したCO₂を分解し、その場でエチレンなどに加工。化学品の原料として出荷する未来を描く。この研究は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が取り組むムーンショット型研究開発事業「2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現」の 1つに採択された。

 採算に疑問を感じる人もいるかもしれないが、杉山氏が想定するのは「化学品の原料に化石資源が使用できなくなる未来」だ。

 ペットボトルやプラスチック、化学繊維などの化学品を作る際に炭素(C)は必須の元素。現在はそれを、石油などの化石資源から取り出している。

 さらに、石油を化学原料に加工する際のエネルギーも化石資源を燃やすことで得ている。化学コンビナートが、海外から石油が到着する沿岸部に建設されているのもこのためだ。

 しかし将来、化石資源の使用が禁止されたらどうなるか。現在の常識はガラリと変わってしまう。全く別の調達方法を考えなくてはならなくなるのだ。そんな時代が来れば、ビルで取り出した炭素を化学製品の原料として使っても採算が合うかもしれない。

ビルの空調と組み合わせた都市型DAC

図表(出所)杉山正和氏資料を基に筆者

 そのためには、空気からCO₂を取り出し原料に加工する装置を、ビルの地下に設置できる程度に小型化する必要がある。一般に従来の熱化学を基礎とする装置は、小型化するほど効率が悪くなる。しかし、杉山氏の専門分野である電気化学を応用すれば、効率を維持しながら小型化できる可能性があるという。

 オフィスビルがCO₂を吸収し、その地下が化学工場になる―。杉山氏の構想が実現すれば、今まで「厄介者扱い」されていたCO₂が「資源」として見直される日が来るかもしれない。

写真


インタビュー

写真(提供)東京大学

 杉山 正和氏(すぎやま・まさかず)
 東京大学先端科学技術研究センター所長・教授。
 2000年3月東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻終了・博士(工学)。1997~2000年日本学術振興会特別研究員、2000~02年、東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻助手、2002~05年東京大学大学院工学系研究科電子工学専攻講師、2005~06年同助教授、2006~07年東京大学大学院工学系研究科総合研究機構助教授、2007~14年同准教授、2014~16年東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻准教授、2016年~同教授、2017年~東京大学先端科学技術研究センター教授、2022年~同所長。

 東京大学先端科学技術研究センター所長の杉山正和教授に、自身がプロジェクトマネージャーを務める「電気化学プロセスを主体とする革新的CO₂大量資源化システムの開発」について聞いた。

 ―どのような研究なのでしょう。

 大気中の希薄なCO₂を回収・濃縮し、酸素(O)を取り除いて資源化する方法を研究している。電気が起こす化学変化(電気化学)を応用し、オフィスビルなどに分散して配置できる装置の開発を目指している。

電気化学を用いてCO₂を循環
図表(出所)NEDOを基に筆者

 研究の特徴は2つ。まず、都市部でのCO₂回収にこだわっている。もう1つは、集めたCO₂の資源化だ。長期的な視点の研究なので、CO₂を集めて埋めるだけでは魅力に乏しい。

 現在の一般的なDAC技術では、大気中の非常に薄いCO₂を回収する。このため大きな装置に大量の空気を取り込み循環させなければならない。広い土地が少ない日本で展開できるシステムの規模について考えていたとき、都市にビルという「ハコ」があることに気づいた。

ビルの既存空調換気システムに併設

図表(出所)NEDOを基に筆者

 ビルでは内部のCO₂濃度を抑えておく必要があるので、常に外気を取り入れ、中の空気を捨てている。この換気システムをDACの装置として見ると、大気を循環させるシステムが既に備わっているわけだ。しかも、ビルはCO₂濃度が1000ppm以下になるように換気をしている。裏返せば大気中の2.5倍の濃度のCO₂が存在していることになる。

 これは、従来のDACより低エネルギーでCO₂の回収ができる可能性を示している。装置をビルの地下や、熱電併給(コジェネレーション)システムのスペースに置けるくらいの大きさにできれば、世の中を変える可能性があると考えた。

 では、どうすれば装置を小型化し、分散配置できるのか。カギを握るのが電気化学だ。電気化学を応用した装置は、大きさが違っても効率があまり変わらない。つまり小型化が可能だということになる。

 ―CO₂の回収、資源化の仕組みは。

 空調換気システムにCO₂を吸い取る吸着材を設置し、空気を循環させる。吸着材がCO₂でいっぱいになったら、今度は温めてCO₂を吐き出させ、配管を通じて地下の装置に送り込む。

 次に、電気化学を応用した手法でCO₂の濃度をもう一段上げる。それを電気分解でCO₂から酸素(O)を取り除く「電解還元」の工程に送ると化学原料が生成できる。このシステムは再生可能エネルギーで動かすことを想定している。分散型のシステムでCO₂を回収し、化学原料を作る―。これが「次の次の世代のテクノロジー」だと考えている。

電気化学プロセスを主体とするCO₂資源化システム

図表(出所)杉山正和氏資料を基に筆者

 ―回収、分離した炭素はどのように使われますか。

 われわれは、プラスチックの原料になる性質がある物質に加工することを第一に考えた。そのためには、炭素原子が2つ以上付いていて、二重結合がある物質が最適だ。

 この二重結合は、別の分子と付くときの「糊(のり)」として機能してくれる。その意味で、二重結合があるエチレン(C₂H₄)は魅力がある。エチレンはそのままだと気体なので、さらに手を加えてエチレングリコールにすれば、常温常圧で人体に無害な液体になる。安定して次の化学品製造工程、例えばタイヤ工場や繊維工場に出荷できるだろう。ビルの地下が化学品の原料を作る工場になるわけだ。

エチレンの分子構造
図表(出所)筆者

 原料と燃料に化石資源を使う従来の技術では、1トンのエチレン生成で数トン前後のCO₂を排出(試算条件によって異なる)。これを2030年までに、マイナス0.5トンのカーボンネガティブ(CO₂排出量より吸収量の方が多い)にすることを目標としている。

 ―実現に向けた課題や障壁を教えてください。

 このシステムで一番エネルギーを使うのが、CO₂からエチレンを生成する工程だ。CO₂から酸素を取り除いてエチレンに加工するには、大きなエネルギー投入が必要になる。ここが研究開発の「一丁目一番地」。電気化学を応用し、CO₂還元の反応器をどんどん進化させなければならない。

 また、CO₂に水素(H)を付けてエチレンにする際、水素分子(H₂)など他の物質ができてしまう。ここでは欲しくないものを作るのにエネルギーを使うのはムダだ。エチレンだけ選択的に生成するには、かける電圧をどこまで減らせるかが肝となる。この課題克服は難易度が高いが、逆に言えば技術の伸びしろも大きい。

写真インタビューに応じる杉山正和教授
(写真)筆者

 2つ目はシステムを動かす再生可能エネルギーの確保だ。このシステムはすべて電化し、再生可能エネルギーで動かすことが前提。電源が低炭素化されていないと、トータルの脱炭素化はできない。

写真開発中の実験装置と共同研究者の嶺岸耕特任准教授(左)と
江部広治シニアプログラムコーディネーター
(写真)筆者

 化石資源に頼らない世の中が来たとしても、化学品の原料は必要。大気中の希薄なCO₂を資源として使わざるを得ないと考えている。2050年以降には「ビルには必ずこのシステムをつけてください」という世の中になっているかもしれない。

写真都市がカーボンリサイクルの現場に(イメージ)
(出所)stock.adobe.com

写真

亀田 裕子

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※この記事は、2022年6月23日発行のHeadLineに掲載予定です。

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