2025年06月

AI技術者インタビュー「人間社会に溶け込むAI」

わずか2年で急速な進化を遂げるリコーのAIインタフェース開発の裏側

#インタビュー

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#コラム

"体験と対話"から生まれたお客様のアイデアや未来構想の具現化を支援するRICOH BUSINESS INNOVATION LOUNGE TOKYO(以下、RICOH BIL TOKYO)。来場者の方からいただくご相談の中でも特に多いのが、いかに生成AIを活用していくべきかということです。

そうした中、独自の新規AIソリューションを開発からAIインテグレーション事業の推進までを担うのが、リコーデジタルサービスBU  AIサービス事業本部 AIインテグレーション統括センターのAIソリューション開発室です。

同部門では様々な開発に取り組み、近年は従来のタイピングによるインプットではなく、対話等を通じてインプットを行う人間の姿をしたAIインターフェース “バーチャルヒューマン” の開発にも取り組んでいます。

そこで今回は、AIソリューション開発室にて室長を務める井口 慎也、そして同開発室 AIエージェントソリューション開発グループにてリーダーを務める平野 成伸が、バーチャルヒューマンとは一体何なのか、またリコーがバーチャルヒューマンの開発に取り組む理由や展望について語りました。

人の姿をしたインターフェースがリアルとデジタルの連携をシームレスにする

── まずは、簡単におふたりのご経歴を教えてください。

井口:もともと19年間、メーカーでデバイス等の研究開発に携わってきました。その後AI領域に興味を持ったことがきっかけで、約10年前にAIベンチャーに転職します。そしてまた新しい環境で挑戦したいという想いから、2020年にリコーに転職。現在AIソリューション開発室にて室長を務めております。

平野:私はもともと有機化学を専門としており、数年前まではまさに白衣を着て電子ペーパーの材料などの研究を行っておりました。その後、新たな表示デバイスとしてスマートグラスの開発に携わり、現在はAIソリューション開発室にて、デジタルクローンや大型ディスプレイを用いたXR、すなわち現実世界と仮想世界を融合させる技術の開発に取り組んでおります。

── お⼆⼈が所属するAIソリューション開発室はどういった部署なのでしょうか?

井口:AIソリューション開発室は2025年4月に新設されたばかりの部署で、リコーグループが “デジタルサービスの会社” へ変革していくことに貢献することをミッションに、お客様へのAI提案から実装、さらには新規ソリューションの立ち上げまで、幅広く行っています。

そして「AIならリコー」と認知いただけるよう、AIインテグレーション事業の推進に取り組む他、リコー独自の新規AIソリューションを開発し、パッケージ化して提供することにも取り組んでいます。

たとえば、近年注力しているテーマのひとつが、デジタルクローンです。デジタルクローンとは、実在の人物に似せた高精細な3Dアバターを制作し、そのアバターに対話型AIを組み込むことで、まるで本人が対応しているかのような仮想エージェントのことです。

人間らしいインターフェースによって新たなコミュニケーション手段の実現が可能で、たとえば熟練技術者の知見を持つデジタルクローンをつくり、ベテラン社員の対応を仮想的に新人教育に活かすといった使い方が可能になります。

AIサービス事業本部 AIインテグレーション統括センターAIソリューション開発室 室長 井口 慎也

── リコーではAIエージェントやバーチャルヒューマン、そしてデジタルクローンなどの開発に取り組まれていますが、あらためてそれぞれの違いや役割について教えてください。

井口:まず、バーチャルヒューマンとはデジタル空間にCGやAI技術を使って作成された、人間に似た外見を持ち、AIを搭載して人間と対話できる3Dアバターです。バーチャル空間上でバーチャルヒューマンを用いたインタフェースを提供することで、あたかも実在の人間と対話しているような自然なコミュニケーションを実現できる可能性があります。人間のインターフェースを提供することで、リアルとバーチャルの連携をシームレスにすることに役立つと考えています。その上で、実際の特定の人物をデジタル上にバーチャルヒューマンとして再現したものが、デジタルクローンになります。

昨今はChatGPT含め、簡単な指示を出せば、AIが調べて作業までも自動化するようになりましたが、そうした自律的に動くAIをAIエージェントと呼び、AIエージェントに人間のインターフェースをつけたものが、バーチャルヒューマンであるといった位置づけになります。

たとえば昨今であればタッチ操作で受付案内をすることも増えてきましたが、バーチャルヒューマンを用いることで、タッチ操作ではなくディスプレイ上に映し出されるアバターと会話をして様々な処理を行うことも可能です。例えばレンタカーの受付などでも、その場で見積書をプリンターから出力するといったことができるようになります。

このように、人間の普段のコミュニケーションとデジタルを繋ぐ取り組みとして、バーチャルヒューマン技術は大きな可能性を秘めていると考えております。

バーチャルヒューマンとの受付案内をデモンストレーション:AIサービス事業本部 AIインテグレーション統括センターAIソリューション開発室  AIエージェントソリューション開発グループ リーダー 平野 成伸

AIが人間社会に溶け込むことが重要。リコーがAIインタフェースの開発に注力する理由

── リコーが、AIインターフェースとしてバーチャルヒューマンの開発に注力している理由を教えてください。

井口:リコーはOA、すなわちオフィスオートメーションを生み出してきた会社で、複合機含めて、機械に任せられるものは機械に任せようということに取り組んできたわけですが、昨今は同じようにAIに任せようという流れがあります。

そして対話型AIは、音声認識と言語生成の技術により、ユーザーがキーボードを打たずとも、話しかけるだけでAIから適切な応答や情報提供が得られます。しかし、人間の姿をしていないのに人間の言葉を話すといったことが生じるので、我々人間にとってはコミュニケーションに違和感が生じてしまいかねません

この社会は人間によって構成されているからこそ、擬人化することで受け入れやすくなります。実際にあるケースでは、デジタルサイネージ上に人間の姿をしたAIが質問に回答することで心理的安全性が担保され、顧客エンゲージメントが向上したという報告もあります。

誰もが抵抗なく使えるAIを実現するためにも、インターフェースは非常に重要です。リコーは「はたらくに歓びを」という理念を掲げているので、AIが人間社会に溶け込みながら人の仕事を支えていくためにも、私たちはユーザーがAIとやり取りする方法に対して強いこだわりを持って開発に取り組んでおります。

── そうしたバーチャルヒューマンの開発は、いつ頃からリコーではスタートしているのでしょうか?

平野:実は、開発をスタートさせてからまだ2年ほどで、競合他社と比べれば後発ではあります。しかしリコーには撮影技術など、バーチャルヒューマンを作るための様々な技術の蓄積があり、また、企業文化としてもそうした様々な技術や要素を組み合わせてモノづくりをすることを得意とする会社です。

さらにリコージャパンという販売組織がグループ内にあるため、すぐにお客様へ提案し、お客様のリアルな声を拾い上げていくことができます。そうしたフィードバックを得られることで即座に品質の向上に取り組むことができ、さらに案件化までのスピード感が早いこともリコーで開発をする特徴でもあります。

実際にバーチャルヒューマンのテーマが立ち上がってから、半年後には案件化に繋がることができました。

── リコーでは営業活動を支援するAIエージェントのデジタルヒューマンとして、“アルフレッド” と呼ばれるキャラクターがいたり、代表取締役会長である山下氏の姿を模した “Jake Jr.” などのキャラクターが存在しますが、それらのキャラクターが生まれた背景について教えてください。

井口:AIインタフェースが人間の姿をしているだけでなく、どんな姿であるかも重要であると考えています。かわいいキャラクターと50代男性の姿をしたキャラクターでは、任せたいと思う内容も変わってくると思います。

内容に応じてキャラクターを変えることで、より信頼性が生まれ、仕事を頼みやすくなるだろうということから、複数のキャラクターを用いることが適切だと考えています。

実際にアルフレッドに関しては、 “信頼できる執事” というテーマで、ビジュアルを設計。また、リコーとしてのメッセージを発信する上では山下会長の姿を模したキャラクターが良いだろうということで、Jake Jr.が誕生しました。

AIエージェントとして登場するJake Jr.

── ⽇常的にバーチャルヒューマンが使われるようになることで、企業活動はどのように変化していくとお考えですか?

井口:現在のAIエージェントは、非常に多くのオフィスワークを人間の代わりに取り組むことができるようになっています。そのため、すでに数百人規模であっても、数千人クラスの大企業並みの業務量を回せるといった事例が出てきており、バーチャルヒューマンがより広がっていくことで、 “少人数大企業” といった概念が広がっていくと考えています。

現時点では、バーチャルヒューマンを用いることで社内外の広報活動の効率化であったり、上司AIエージェントによってメンバーの業務推進支援、営業支援AIエージェントによる業務品質の向上や業務のデジタル化であったりといったことが可能ではありますが、実際の案件化を通じて、今後より様々なユースケースを生み出していければと考えています。

デモを翌日には見せられるのがRICOH BIL TOKYOの利点。まずはやってみるというカルチャーがリコーにはある

── AI市場は非常に変化の激しい領域かとは思いますが、現在どういった課題に直面していますか?

井口:まず、技術面では生成AIの精度や信頼性をいかに向上させるかということが挙げられます。生成AIは事実と異なる回答をしてしまうことがありますが、それはビジネスの現場では許容されないため、回答精度の向上が課題のひとつです。

また、デジタルクローンに関しては多くのお客様から興味を持っていただいているため、期待に応えられるよう、いかに迅速に、品質の高いデジタルクローンをご提供できるかという課題があります。

こうした課題を解決するためにも、人材と組織体制を強化していく必要があり、特に大規模案件に対応できるエンジニアや提案人材の確保・育成が急務となっています。リソース不足によって受注見送りといった機会損失をなくすためにも、専門人材の増強や社内横断的な協力体制の強化に取り組んでいます。

平野:デジタルクローンに関しては、3Dモデルのクオリティ向上が課題のひとつ。現状、多くの先行他社が採用している写真をベースとした2Dモデルは、実際の人物に非常によく似たデジタルクローンを生成することができるのですが、3Dモデルはいまだ “CG” だと思われるような印象が拭えません。

2Dモデルの場合はデジタルクローンの動きに制限がある一方、3Dモデルの場合は自由に動作をコントロールすることができるため、デジタルクローンの可能性を広げるためにも、3Dモデルのクオリティ改善に取り組んでいきたいと考えています。

リコー、企業経営者のデジタルクローンを提供開始』のプレスリリースより。口元や手振りだけ動かせる2Dモデルに対し、全身をゲームキャラクターのように自由に動かすことができる。

── あらためて、おふたりはリコーでAI領域の開発に取り組む面白さ、やりがいはどういった点にあると感じていらっしゃいますか?

井口:リコーは企業規模が大きい会社でありながらも、幹部含めてコミュニケーションがフラットで、よいアイデアであればどんどん受け入れてもらえる環境があると感じています。

そうした環境があるからこそ、自由にいろいろと挑戦することができますし、バーチャルヒューマンに関してもスクラップ&ビルドを繰り返していくことができたからこそ、わずか2年でここまでの進化を遂げることができたと感じています。

平野:井口からもあった通り、手を上げれば機会を与えてもらえる会社。実際に私自身も、自らやりたいと手を上げて、はじめは1〜2人から始まるプロジェクトであっても、成果を認めてもらって人員を増やしていくといったことがありましたが、そうした個々が主体性を持って、物事を進めていける企業風土があると感じています。

さらに今はAIという誰もが使える相棒がいるわけですから、そうした相棒を活用していくことでより面白いことを提案して推し進めていける時代ですし、それが実際にできるのがリコーという会社だと思っています。

── AI活⽤という点で、どういったところにRICOH BIL TOKYOで対話をするメリットを感じていますか?

井口:多くの企業では、AI活用というのはトップダウンで、全社的な取り組みにしていこうという動きがあります。そうした中、RICOH BIL TOKYOには経営層の方々が多く来場されるため、そうした方々との対話を通じての気づきが得られること、また私たちの技術を経営層に直接アピールできる機会があるということはとても素晴らしいことだと思っています。

平野:なかなか実験室だと大きな設備を導入できないこともありますが、RICOH BIL TOKYOは設備も充実しており、こうした大きなディスプレイを活用できるということも利点のひとつ。

また、研究の現場ではなかなか技術を披露する場が多くはなく、展示会で披露する場合でも半年に一回の頻度で、さらに完成品しかお見せできないといったこともあります。

しかし、RICOH BIL TOKYOは商材をお見せするというよりも、我々が開発しているものをお見せするといった場でもあるため、たとえばつくったデモを翌日には来場者にお見せできたりと、早い段階からフィードバックをもらえるということも利点だと感じています。

LED Wallを用いたIn camera VFX技術のデモンストレーション

── 最後に今後の展望、そして後輩技術者に伝えたいメッセージをお願いします。

井口:数年前までは、「こういうのがほしい」と思ったら、その場で生成されて、そのままサービスインできるといったことは夢物語のようでした。しかし、いまはそうしたことを目指せますし、むしろ目指さざるを得ないと感じており、デジタルクローンの全自動生成を実現できればと考えております。

また、AIソリューション開発室では案件創出にも取り組んでいるため、様々なお客様とのコラボレーションに取り組み、世の中の役に立つAIソリューション創出にも取り組んでいきたいです。

そして、いまは生成AIを使うことで1ヶ月かかっていたことを数時間でできるようになりました。今後、作業的な部分はAIに任せ、AIからのアウトプットをどう展開していくか、どう他の要素と組み合わせていくかといったクリエイティブなコラボレーションであったり、それでいいのかと最終的に見極める審美眼が人間に求められることだと考えています。

数年後には “技術者” の定義すら変わっているかもしれない中、AIを部下として活用し、自分がやりたいことをいかに早く、品質良く、楽しくできるのか―― ぜひそうしたことを技術者の方には探求していってほしいと思っています。

平野:まず直近に関しては、デジタルクローンの量産化できるよう、プロセスを固めていき、品質をしっかりと担保した上でお客様に提供するといったことに取り組んでいきたいと考えています。
また個人として、リコーはいまデジタルサービスの会社ではありますが、根底にはモノづくりの精神があると感じており、私自身もバーチャルヒューマンをハードウェアと組み合わせて展開していくようなことに取り組んでいきたいと思っています。

そしてリコーには「まずやってみよう」というカルチャーがあります。私のグループはずっとAIをやっていたメンバーよりも、ハードウェアをやっていたメンバーなどが多くいますが、常に自分のやりたいことを持ち、なにかチャンスがあればやりたいことに取り組んでいってほしいと思っています。

リコーのAIについてもっと知りたい方はこちら
https://promo.digital.ricoh.com/ai/

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