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全米電子政府セミナー

=コロナ禍で加速する州・自治体デジタル化=

2021年04月06日

新型ウイルス

主任研究員
新西 誠人

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、デジタル技術の活用が世界的に加速した。日本においても2021年9月のデジタル庁の創設に向け、遅ればせながら電子政府への取り組みが本格化する。

 こうした中、GAFAを中心にIT産業が隆盛を極める米国は、政府部門の電子化にどう取り組んでいるのか。その疑問を解くため、2021年2月25、26両日にリモート開催されたセミナー「Beyond the Beltway(ベルトウエイを超えて)」に参加。全米各地から集結した州・地方自治体関係者が繰り広げる熱い議論に耳を傾けた。

写真「Beyond the Beltway」ネット広告
(出所)ツイッター(@eRepublic)

 連邦制の米国では、その歴史的背景から50州がそれぞれ1つの国のように自治権を持つ。このため、首都ワシントンとは政治的利害が対立するケースも少なくない。この街を取り囲む高速道路I-495は「ベルトウエイ」と呼ばれ、首都の別称としても使われる。今回のセミナーの名称には、ワシントンと一線を画す州の独自性が込められた。

ミネソタ州は全職員在宅勤務、失業保険給付も電子化

 セミナーで行われた数々の発表で、まず筆者が注目したのはミネソタ州による取り組みだ。中西部に位置し、北はカナダに接する同州は全米に先駆けて大規模なクラウドサービスを導入。2020年4月までに、全職員にほぼ相当する3万5000人が在宅勤務可能なように環境を整備した。当初は数年計画だったが、トレーニングを前倒しで実施したという。 

 

図表

 

 ミネソタ州政府のIT業務を担う「ミネソタITサービス」によると、在宅勤務希望の職員にパソコンを支給する際、以前は専門スタッフが職員の自宅で2時間かけてセットアップしていた。しかし今回、職員が支給前に自宅からパソコンの設定を行えるよう、業務プロセスを大幅に改善した。職員がパソコンを受け取った時には、既に設定完了済ですぐに使えるようにしたという。

 ミネソタ州は市民向け行政サービスのデジタル化にも熱心だ。2020年3月、「住民に情報を迅速に提供する方策が必要だ」と判断、感染拡大に伴う知事命令や感染情報、よくある質問など新型コロナウイルスに関する情報を1つのポータルにまとめる計画を立てた。翌月上旬には公開に踏み切り、最近ではワクチン接種情報も積極的に提供する。

 また、新型ウイルスに関して市民から続々と寄せられる質問に対し、自動応答するチャットボットサービスも提供。市民の情報アクセスを容易にするだけでなく、対応する職員の負担も減らせるよう工夫を凝らす。

 写真ワクチン接種状況とチャットボット
(出所)ミネソタ州

 ミネソタ州はコロナ禍前に失業保険給付作業の電子化を完了していたため、昨年来激増した失業者にも迅速に対応できた。同州で電子政府化を担うタレク・トームズ最高情報責任者(CIO)は「20億ドル(=約2100億円)を超える失業保険金を100万人近くに給付した。もし連邦政府から(給付額・期間などの)変更要求があっても、1~2日で対応できる」と胸を張った。

写真「ステイホーム」を呼び掛けるツイッター
ユニホームは前田健太が所属するミネソタ・ツインズ
(@adam_hanson1)

一日数十万のサイバー攻撃、フロリダ州オレンジ郡

 今回のセミナーを主催した州・地方自治体の調査機関「デジタル政府センター」は事前にアンケート調査を実施。ジョー・モリス研究部長によると、州・地方自治体のCIOの最優先事項はセキュリティだったという。セミナーに参加した専門家によると、感染拡大以降、サイバー攻撃が全米で激増している。

 州・地方自治体の職員は個人情報を扱うケースが多いため、在宅勤務でパソコンを使用する際のセキュリティ向上が不可欠。しかし、「レガシー」と呼ばれる旧いシステム・機器が多く、当局によるリモート監視・管理が課題になる。それを解決したのが、州面積が全米最小のロードアイランド州。ビジェイ・クマーCIOは「クラウドベースのセキュリティシステムを導入することで対応した」と誇らしげに語った。

 無論、喫緊の課題は外部からのサイバー攻撃に対する防御だ。セミナーでは、フロリダ州オレンジ郡のラファエル・メーナCIOの口から衝撃的な「数字」が飛び出した。

 「昨日(=2021年2月24日)だけで35万件のシステム侵入が試みられ、50万件のフィッシングメールを止めた」―。しかも、メーナ氏は40~50%が中国からの攻撃だと明かした。

写真ロードアイランド州の海岸線
(写真)筆者

ブロードバンド普及に取り組む各州

 電子政府化を推進するためには、通信環境とりわけブロードバンドの整備が欠かせない。だが実は、米国は日本ほど普及していないのだ。IT産業が盛んなカリフォルニア州の大都市・サンフランシスコ市も例外ではない。同市のリンダ・ジェルールCIOによると、8000~1万人の学生がブロードバンドにアクセスできなかったため、うち6000人に市が必要な機器などを提供したという。

写真サンフランシスコ「名物」ケーブルカー
(写真)筆者

 南部テネシー州のステファニー・デドモンCIOは「ブロードバンド普及のため、最近5~6年間、年1500万~2000万ドル(約15.8億~約21億円)の助成金を支給してきたという。それでも感染拡大により、ブロードバンド不足を露呈した。

 そこで2021年2月、ビル・リー州知事はこの助成金を一気に年間2億ドル(約210億円)まで引き上げる方針を表明したという。

図表

歳入回復のメド立たない州・地方自治体

 感染拡大は全米に深刻な景気後退をもたらした。前出のモリス研究部長はセミナーの中で「州・地方自治体は職員・行政サービスの削減などの厳しい決断を下した」と指摘する。州・地方自治体の予算不足の見積もり額は、5000億~9000億ドル(約52.5~約94.5兆円)に達するという。各州CIOの優先事項のうち、「予算とコストのコントロール」が、感染拡大前の7位から今や2位に急浮上した。

 しかも州・地方自治体の歳入には、景気後退からの回復に時間を要するという傾向がある。全米都市連盟によると、グローバル金融危機に端を発した2007年以降の景気後退では、都市の歳入が6年間にわたり徐々に減り、危機前の水準に戻るまで10年以上を要してきたという。今回の感染拡大に伴う歳入減少は当時より深刻であり、回復のメドが立たない。

景気後退下で落ち込む都市歳入

図表(出所)全米都市連盟を基に筆者

 その一方で、職員の在宅勤務や住民向けデジタルサービスの拡大に伴い、州・地方自治体のIT関連歳出は増加の一途をたどる。この予算をどのように捻出しているのか。

 今回のセミナーでの報告によると、主に①予算の見直し②連邦政府からの助成―でしのいでいるようだ。

 前出のジェルール・サンフランシスコ市CIOは、旧くなったシステムの見直しで予算を捻出するという。例えば電話をインターネット電話に変更すると、年間200万ドル(約2.1億円)の予算を削減できる。

 インディアナ州のトレイシー・バーンズCIOは、プラットフォーム共通化で予算を浮かせる方策を提案した。「隣接する2つのコミュニティがそれぞれ消防車を所有することは理に適う。しかし、それぞれが別々のメールサーバーを持つことは理に適わない」と訴えていた。

 連邦政府からの助成はどうか。2020年3月以降、州・地方自治体は3つの救済パッケージを通じ、3600億ドル(約37.8兆円)以上の連邦資金を受け取っている。

必要なのは平時の危機管理と「気迫」

 今回のセミナーで、州・地方自治体のCIOが繰り返し強調していたのが、ITベンダーなどとの良好な関係の必要性である。

 感染拡大に即応し在宅勤務やコロナ情報提供を充実させるためには、その協力無くして実現できなかったということだ。平時からITベンダーなどと密なコミュニケーションをとっていた州・地方自治体ほど、素早く有事に対応できたようだ。

 電子化に対する市民・職員の理解やインフラ構築は、一朝一夕で得られるものではない。平時から危機を想定しながら、州・地方自治体が危機管理を練り上げ、さまざまな投資・施策を講じていなければ、コロナ禍には対処できなかった。そう言っても過言ではないだろう。

 今回、筆者は電子政府研究の一環で「Beyond the Beltway」に初めて参加した。ウェブ上とはいえ全米の州・地方自治体のデジタル化に懸ける気迫を目の当たりにし、予想以上の収穫があった。日本が電子政府化を目指す上で、最も必要なのはその気迫ではないだろうか。

新西 誠人

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※この記事は、2021年3月31日発行のHeadLineに掲載されました。

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