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大学教員は「ユーチューバー」に学べ

=試行錯誤のリモート授業(下)=

2020年06月03日

新型ウイルス

客員主任研究員
松林 薫

 リモート授業については、(上)で説明したように筆者も試行錯誤の段階。だが既に、いくつか気づいたことがある。端的に言うと、ノウハウや使用機材については、「ユーチューバー」に代表される動画配信者と重なる部分が大きいのだ。そもそも学生の多くはユーチューブ世代のど真ん中。スマホやパソコンを通じてリモート授業に参加すると、無意識のうちにネット動画の延長で視聴している。若者が慣れ親しんでいる動画の技法や文化をリモート授業に取り入れると、教員は授業内容を効率よく伝えられると思う。

 そうした点も踏まえ、スライドを写しながら説明する一般的な「講義スタイル」と、参加者に課題に取り組んでもらう「実習スタイル」に分け、リモート授業の中で気づいた点を以下にまとめてみた。学校の授業や企業の研修などで講師を務める方の参考になれば幸いである。

【「講義スタイル」のリモート授業】

 スライドを切り替えていくだけの操作なので、教員にとってはリアル授業とあまり変わらない。回線や機器のトラブルさえなければ、負担はそれほど大きくない。ただし、よほど学生側のモチベーションが高くない限り、教室では問題なく聴いてもらえていた授業でも、すぐに飽きられてしまうという難点がある。

 早くから動画講義に取り組んできた教員によると、リアル授業の内容をそのまま流しても、学生の集中力は長くて15~20分しかもたないという。別の専門家によると、集中力の限界は「年齢×1分」という説もあるそうだ。実際、平日の授業時間帯にツイッターで「オンライン授業」などのキーワードを検索すると、学生が苦痛や不満を訴える「つぶやき」がたくさん出てくる。

 そうした視点でユーチューバーの動画を観察すると、1本当たりの時間が極めて短いことに気付く。冗長な編集をしている作品に対し、「長すぎる」「○分○秒以降だけ見れば十分」といったコメントが付いているのも目にする。興味のある動画を選んで見てもこうだから、通常の90分授業をノーカットで流すと、最後まで聴いてもらえない可能性が高い。

 このため、授業をリモートで行う場合、教える内容はポイントだけに絞り込み、せいぜい30~40分程度にまとめたほうがよい。残りの時間は質疑応答に充てたり、特定のテーマについて議論したりするほうが、教育効果も期待できる。その点、テレビ会議システムには選択式クイズができる機能などが実装されており、双方向型の授業に向いている。

 学生の反応をリアルタイムで把握しにくい点も、リモート授業の課題だ。リアル授業では学生の態度や表情を見て理解度を判断しながら、説明の仕方を変えられる。しかし、リモート授業では双方のカメラをオンにしていても、視線によるコミュニケーションが成立しないため、雰囲気が伝わりにくい。また、現状では回線混雑を避けるため、学生側のカメラをオフにさせるケースも多いだろう。こうなると、学生の参加意識も希薄になってしまう。

 この問題への対策としては、分からない点などをチャットで随時投稿してもらう方法がある。これもユーチューバーやニコニコ動画の配信者がよく使う手法だ。ポイントは、投稿に対してこまめにコメントを返すこと。教員側が学生を意識していることが伝わるからだ。実際、ツイッターで学生の「つぶやき」を見ていると、「チャットでの投稿を教授に読み上げてもらうと、ラジオで自分の投稿を紹介してもらった時のような嬉しさがある」というコメントがあった。

 ネット世代にとってチャットでの投稿は、挙手をして発言するより心理的なハードルが低い。数年前、筆者がある授業にゲストとして登壇した際、担当教員は学生が疑問に思ったことなどを授業中にツイッターで投稿させていた。専用ハッシュタグを付けてつぶやかせ、タイムラインを手元のパソコンで確認しながら、説明が足りない部分を補っていくのだ。傍から見ていると、予想を上回る数の質問や要望が寄せられていた。オンライン会議システムのチャット機能などを活用すれば、同じことができるだろう。

【「実習スタイル」のリモート授業】

 リモート授業で難しいのは実習だ。教員と学生の双方がかなり複雑な作業をすることになる。結論から言えば、リアルで問題なくできていたプログラムでも、よほど細かく段取りをしていない限り、授業時間内に終えるのは難しい。

 以下、筆者がリアル授業で何度もやってきた、「文字情報によるコミュニケーションを学ぶプログラム」をリモートで実施したケースについて解説する。

 具体的な手順は、
 ①参加者を2チームに分け、それぞれに異なる写真を見せる。
 ②自分が見た写真を文章で表現する。
 ③両チームの参加者が文章を交換、それに基づいて絵で再現する。
 ④絵を交換した上で元の写真と比較、文章のどこがうまく伝わらなかったかを話し合う。

 という流れになる。文章で情報を伝える難しさや、どうすれば正確に伝わるかなどを体験的に学ぶプログラムだ。

 これをリモート授業に切り替える際に最も重要なのは、作業や解説を思い切って削ぎ落とし、できるだけシンプルにすること。筆者はリアル授業で行う作業や解説を7~8割に絞り込んだが、それでも時間が足りなくなった。計算上うまくいく場合でも、実行に移すと途中で質問が出たり、機材のトラブルが発生したりして想定通りには進まない。10分程度は時間が余るように計画し、予定通り終われば質疑応答に充てるといった工夫が必要だと感じた。

 また、機材のトラブルは必ず起きると考えたほうがよい。予定していた方法が使えなくなった時の代替策(=プランB)は必ず用意しておくべきだろう。例えば、回線混雑などで動画が見られなかった学生が出てくることを想定し、あらかじめ同じ内容を説明した資料を配っておくといった方法が考えられる。トラブルで時間が足りなくなった時、どの説明や作業を省略できるかも考えておいたほうがよさそうだ。

 授業中の教員の作業手順をシンプルにするため、あらかじめ教材を作り込んでおくこともポイントになる。例えばこのプログラムのリアル授業では、学生が文章や絵に取り組んでいる最中に教員が教室内を見て回り、その場でアドバイスや講評をする。しかしリモート授業で同じようにすると、教員が文章や絵に一つひとつ目を通す時間が必要になり、学生に待機時間が生じてしまう。

 そこで、筆者は文章や絵を見る5~10分間、学生に説明動画を見てもらうことにした。そのため、説明スライドをめくりながら音声を吹き込み、あらかじめ録画しておくのだ。この部分をリアルタイムで行なう方法と、動画で代替する方法の両方を試したが、後者が圧倒的に楽だった。

 ただしこうした方法では、動画やスライドを頻繁に切り替える必要が生じる。作業は1台のパソコンでもできるが、時間や手間がかかる。筆者のプログラムの場合、そうした切り替え時間だけで合計5~10分を要するので、教員・学生の双方に大きなストレスとなる。

 この問題を解決するには、ユーチューバーの間で使われている「スイッチャー」という機器を導入するとよい。パソコンやカメラ、タブレット端末などをつないでおけば、ボタンを押すだけで画面を切り替えられる装置だ。元はプロ向けの放送機材だったが、一般の動画配信者が使い始めたことで廉価版が発売され、安いものなら1万円台、上位機種でも4万円程度から手に入る。

図表スイッチャーのイメージ
(出所)筆者

 配信用のパソコンは、スイッチャーを通じて送られてくるデータを「外付けウェブカメラが撮った映像」として認識する。つまり、カメラ映像やタブレット画面などをそのままテレビ会議システムで配信できるのだ。上位機種ではスライド上映中、画面の片隅に講師が話している動画を取り込むといった「ピクチャー・イン・ピクチャー(=ワイプ)」という機能も使える。ユーチューバーがゲームの実況中継などでよく使っている手法だ。

図表複数の画像を合成する機能も
(出所)筆者

 スイッチャーを導入すると、教員の負担が劇的に軽減される。実習のように画面を頻繁に切り替える授業では必須の機器だといえるかもしれない。また、講義スタイルの授業でも板書や動画を多用する場合は便利だ。

 最後に、講義スタイルから実習スタイルまで幅広く使えそうなセッティング例を示す。ユーチューブを探すと、配信に使うと便利な機材を紹介する動画がたくさん見つかる。リモート授業の質を高めたい教員は、そうした動画を見ると参考になる点が多いと思う。

(A)メインのパソコン=テレビ会議システムに接続
(B)スイッチャー=C〜Eを切り替え
(C)サブのパソコン=スライド、動画などを投影
(D)カメラ=講師を撮影
(E)タブレット端末=板書

写真

松林 薫

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