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在宅勤務で「五感」を活用するには?

=現実以上にリアルなデジタル職場=

2020年07月20日

新型ウイルス

研究員
新西 誠人

 新型コロナウイルスの感染拡大はビジネスパーソンの出勤を抑制し、テレワーク(=リモートワーク)とりわけ在宅勤務の普及を一気に加速させた。内閣府が2020年6月21日発表した調査結果によると、東京23区在住者のテレワーク経験率は55.5%に達する。うち9割が継続したいとの意向を示す。世界最多の感染者が発生した米国でも在宅勤務が浸透。アリゾナ州立大学のアレクサンダー・ビック准教授が4月上旬、全米1000人超を対象に調査したところ、在宅勤務時間は総労働時間の6割を突破。3月に比べると、実に6倍以上である。

在宅勤務時間の対総労働時間比率

図表(出所)アレクサンダー・ビック准教授

 いくつかの企業は在宅勤務に労働満足度や生産性の向上といったメリットを見出し、それを前提とする働き方に舵を切った。SNSの米ツイッター社や動画配信サービスのドワンゴ社(本社東京)などでは、社員が希望すれば永久に在宅勤務を可能にした。ドイツや英国などでは「在宅勤務権」が注目を集め、労働者に自宅で働く権利を認める法律の制定作業が進む。

 現在の在宅勤務では電話やメールに加え、Zoom やTeamsといったビデオ会議がデジタル空間で活躍する。今やそれ無くして仕事ができない、と言っても過言ではない。ただし、人間の五感(=見る、聴く、嗅ぐ、味わう、触れる)の中でも、視覚と聴覚に限定したコミュニケーションツールである点に留意が必要だ。

 一方、コロナショック以前のオフィスでは対面コミュニケーションが主体であり、五感をフル活用することで技術革新(=イノベーション)が創出されてきた。このため、人間が外界を認識する五感を、デジタル空間でいかに実現するかが在宅勤務の課題になる。

 実際、五感をデジタル空間で体験させるイノベーションが続々と生まれている。視覚と聴覚でわたしたちを楽しませてきた映画産業は、「4DX」や「MX4D」といわれる最先端技術を導入。場面進行に合わせて映画館内の座席が動くほか、匂いや風、煙なども体感できる。視覚と聴覚だけでなく、嗅覚や触覚にも訴えかけることで、限りなく現実に近い世界を創り出す。

 在宅勤務においても、五感を活かすことができれば、オフィスに引けを取らない創造環境を実現できるかもしれない。それを考える上で、実験的なコンセプト「HAKO」を紹介する。これは、だれもがどこでも快適かつ安全に働ける環境を提供する、ブース型のオフィスである。考案したリコー経済社会研究所の米村大介研究員は「世界旅行をしながら、あるいは田舎で農業をしながらでも、リモートで働きたい時に働きたい。その際に情報漏洩などの問題を解消し、安心して仕事ができるための『装置』として着想した」と語る。このため、HAKOは密閉したブース状で、外観は公衆電話ボックスに似ている。

図表HAKOの外観
(出所)リコー

 HAKOの中には、五感に対応するための各種センサーを設置。例えば、この中で働く人の表情やジェスチャーといった情報はセンサーを通じて集められ、ビデオ会議の参加者に送信される。ブース内の座る場所が固定されているため、センサーによる情報取得は容易である。また、音や匂いで働く人の感覚を刺激したい場合にも、密閉性の高いブースは都合がよい。

 こうしたセンサーを活用することで、現実のオフィスを超える仕事環境の提供が可能になる。人間には、興味がある情報だけを無意識のうちに選択する心理(=カクテルパーティー効果)があり、それ以外の情報は捨ててしまう。しかし、センサーは見逃さない。ビデオ会議では、相手の表情の微妙な変化やジェスチャーなどを逐一通知する。すなわち、現実のオフィスでは捨てられる膨大な情報が、デジタル空間では意味を持つことになる。

 在宅勤務は今や、オフィスから工場などの現場にも広がりつつある。例えば、熟練労働者の身代わりとなる「アバターロボット」を工場に配置すれば、センサーを介して現場状況を把握し、未熟練労働者への指導を行うことができる。

 リコーのイノベーション開発本部は、このアバターロボットの試作に成功した。その特徴は、無限軌道を搭載した強力な足回りと、人工知能(AI)を使った状況認識。それにより、人間と同じように、頻繁に通る場所の状況を記憶しながら、効率よい走行を実現し、悪路や階段でも軽快に走行できる。また、変電所や化学プラント、建設現場など多様な現場で用途にあわせて、アバターロボットに各種センサーを装着して現場状況の情報を入手実験するなど、その研究は着実に進んでいる。山科亮太リーダーは「開発中のアバターロボットはUSB接続でセンサーを容易に増やせる。将来、五感対応のセンサーも装着できるだろう」と話す。

図表アバターロボット(イメージ図)
(出所)リコー

 熟練労働者の場合、現場で起こる異変の兆候は「肌」でキャッチすることが多い。その兆候をセンサーが感知し、その情報を基に熟練労働者が自らの暗黙知をリモートで現場に提示できれば、在宅勤務でも異変を防止できる。極端な話、デジタル空間で岩手県の工場でトラブル対応した直後、中国やフランスの工場へ向かうことも可能。移動時間が減る分を対応時間に回せるため、生産性は飛躍的に向上するだろう。

 アバターロボットは現場だけでなく、エンターテインメントにも応用できそうだ。悪路でも走れる機能をフル活用し、危険を伴うナイトサファリやエベレスト登頂の疑似体験はどうだろうか。前者では、人間の目では見えない真っ暗なサファリを、赤外線カメラがくっきり見せてくれる。アバターロボットは野生動物を見つけると、現場に急行して現場を映し出す。複数台を用意しておけば、効率よく観察できるだろう。

 エベレスト登頂では、1台のアバターロボットの視覚・聴覚を複数の参加者で共有したら面白そうだ。リコー製「THETA」など360度撮影可能な全天球カメラを搭載すれば、参加者は自分の好きな角度の映像を選択可能。さらに温度・風速といった現場情報も再現できれば、疑似体験が一段とリアルに近づいていく。

 このように、イノベーションによって人間はデジタル空間でも五感を自在に使えるようになる。嗅覚や味覚の研究はまだ緒に就いたばかりだが、いずれは実現するだろう。となると、現実のオフィス以上にリアルな職場が生まれ、在宅勤務から社会を一変させるイノベーションが起こる可能性もある。新型ウイルスがもたらした危機をバネにして、働き方改革を革命にできるよう研究活動に取り組んでいきたい。

新西 誠人

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