2020年08月26日
新型ウイルス
研究員
大塚 哲雄
新型コロナウイルスの感染拡大は、地方経済にも深刻な打撃を与えた。観光地では訪日外国人の姿が消えた。都市部の飲食店休業に伴い、地方では野菜・果物などの余剰も社会問題に。さらに、人手不足が地方を苦しめる。元々、地方では若い世代が都会に流出し、働き手の確保が難しくなっていた。今、コロナ禍によって地方の雇用にどのような問題が生じているのか。関係者を取材する中で、浮かび上がってきたのが「マッチング」の大切さである。
少子高齢化は働き手の減少をもたらす。総務省によると、2019年10月1日現在の生産年齢人口(15~64歳)は7507.2万人と前年比37.9万人も減少。総人口に占める割合は59.5%と、比較可能な1950年以降で最低となった。
ただし、その影響度は都市部と地方で異なる。東京都は2019年4月に発表した資料で、生産年齢人口が2025年までに2015年対比で4.7%増加すると予測。また総務省によると、2019年の東京圏(=東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)への転入超過は14万8783人。うち20代が7割を占める。東京圏の人口増加は地方の人口減少と表裏一体なのだ。
地方における労働力減少や高齢化は、特に体力を必要とする第一次産業の足かせとなる。このため国は、外国人技能実習生の受入れ拡大などで不足分を補う政策を推進。来日した技能実習生は2015年の19万人から2019年には41万人へ倍増した。しかしコロナ禍の現在、技能実習生の入国は事実上ストップしたままだ。
この入国制限が直撃したのは農業県である。例えば、高知県はナスやトマト、ショウガ、ミョウガなどの栽培が盛んで、農業が就業人口の11.4%を占める(2015年)。だが農業分野の就業人口は減少の一途をたどり、1995~2015年の20年間で約5万人から約3万人へ4割も減少した。
この急激な人手不足に対し、高知県の農業は機械化や外国人技能実習生受け入れなどで何とか対処してきた。ところが、コロナ禍で頼みの綱の実習生が来日不能に。同県の環境農業推進課によると、「6月までは日本人パート従業員の勤務日数を増やしてもらうなどして乗り切った農家が多かった。しかし、次の作付けが始まる9月以降も実習生が来日できない状況が続けば、どうやってそれに代わる人材を確保してよいか...」と困惑を隠せない。
一方、米どころとして有名な秋田県仙北市。例年5月の田植え時期には、宮城県仙台市や東京都などの都市部で生活する家族・親戚が故郷に一時戻り、田植えを手伝っていた。しかし今年は、「県境をまたぐ移動自粛の影響により、人手不足に悩まされた」(門脇光浩市長)。
これに対し、同じ米どころでも、福井県坂井市では事情が異なる。市シティセールス推進課の長谷川正広課長によると、「人手不足による影響はほとんどなかった」という。農家の法人化が進み、農地の集約化や農作業の機械化が進んでいたためだ。
むしろ、東尋坊などの観光名所を抱える坂井市では農業以外の分野において、働き手ではなく「働く場」の不足が問題になった。飲食店休業などに伴い、働きたくても働けない高齢者が増加したのだ。坂井市は公共施設の消毒を高齢者に委託するなど、救済策に乗り出している。地域の事情によりコロナ禍の雇用への影響はさまざまであり、「地方」で一括りにはできない。
コロナ禍前、観光客が詰め掛けていた東尋坊
(写真)中野 哲也
コロナ禍で深刻化する地方の雇用問題に対し、万能の処方箋はない。ただし危機を乗り越えていく上で、キーワードの一つになるのが「マッチング」である。例えば高知県では、高知大学の学生とJA高知市が連携。飲食店休業などでアルバイト収入が減った学生と、人手不足に悩む農家とのマッチングが始まったのだ。
そのきっかけは、高知大学地域協働学部4年の立野雄二郎さんらのグループが実施したアンケート調査。新型コロナが学生生活に及ぼす影響を尋ねたところ、アルバイトの日数・勤務時間が減少し、学生が経済的に苦しむ窮状が明らかになったのだ。
そこで立野さんは知り合いの県議会議員を通じ、JA高知市に対して学生と農家のマッチングサイトの立上げを提案。サイト開設にこぎつけた立野さんは「学生はオンライン授業で家にこもりがち。農業アルバイトならば外でリフレッシュできるし、貴重な体験にもなる」と語る。農家からも「若い人たちに手伝ってもらえると元気をもらえる」と喜ばれているという。これは、コロナ禍によって生じた雇用ミスマッチを改善できた好例といえよう。
農業アルバイトで大学生がミカン収穫
(提供)立野雄二郎さん
秋田県仙北市では、休業を余儀なくされた地元旅館業者と人手不足に悩む農家を、市役所の観光・農業にかかわる担当者が仲介する形でマッチングが始まった。門脇市長はブログで「この取り組みは人手不足を補うだけではなく、異業種間の人事交流と考えることもできる」と指摘する。
田植えを手伝う旅館業者(中央2人)
(提供)門脇光浩・仙北市長
マッチング事業を立ち上げた高知県と仙北市には、実は共通点がある。元々、地域に分厚いソーシャル・キャピタル(社会的資本)」が存在していたのだ。ソーシャル・キャピタルとは、人と人との信頼やつながり、助け合いの習慣などを「資本」として捉えた概念。ハードではなくソフト面での社会資本を指し、「ソーシャル・コネクション」とも呼ばれる。
高知県の事例では、リーダーの立野さんが地域協働学部の学生として、日ごろから地元の課題に関心を持って活動していたことが提案につながった。学生と県議、農家といった垣根を越えて築かれていたソーシャル・コネクションが、「有事」に活かされたといえるだろう。
仙北市の門脇市長も「今回の異業種交流(=旅館と農家のマッチング)は、コロナ有事で初めて実現できたことではない」と強調する。市の農林部と観光商工部が日ごろから課題を共有し、それがマッチングにつながったという。例えば、農林部が観光施設に地元農産物の販売を働きかける一方で、観光商工部は農業体験や山歩きのツアー化を提案していた。こうした市役所内の横断的な連携をきっかけに、農家と観光事業者の間でソーシャル・コネクションが自然に生まれていたようだ。
今、人と人との物理的な距離の確保、すなわち「ソーシャル・ディスタンス」が叫ばれている。その一方で、有事には人と人との社会的な近さ、つまりソーシャル・コネクションこそが危機を乗り越える原動力となる。「絆」と言い換えてもよい。阪神淡路大震災や東日本大震災でも、それが地域に存在したかどうかが復興スピードを左右した。
もちろん、人と人の信頼やネットワークは一朝一夕にでき上がるものではない。にもかかわらず、地方で加速する少子高齢化は伝統的な共同体の「絆」を解体しつつある。日本が災害大国であることを考えれば、ハード面での国土強靭化だけでなく、ソーシャル・コネクションの再構築は急務であると思う。
大塚 哲雄