2020年10月14日
新型ウイルス
主任研究員
伊勢 剛
総務省は先に、住民基本台帳に基づく2020年1月1日時点の日本人の総人口が1億2427万人になったと発表した。前年比50万人(0.40%)減と11年連続のマイナスであり、減少幅は過去最大。新型コロナウイルス関連の報道の陰に隠れてしまい、例年ほど注目を集めなかったが、日本の国力を左右する深刻な問題だ。加速する人口減少・少子高齢化とコロナ禍が絡み合い、日本は「新しい形の労働力不足」に直面する公算が大きい。
日本の総人口は2008年の1億2808万人をピークに、「人口減少時代」に突入した。突然の幕引きとなった第2次安倍政権が積み残した難題の1つだ。安倍前政権は2015年、「出生率1.8」と「50年後も総人口1億人を維持」という目標を掲げ、人口減少に歯止めを掛けようと少子化対策に取り組んできた。しかしながら、7年8カ月続いた憲政史上最長の安定政権でも、解決の道筋を見いだせなかった。
ただし、日本だけで起きている現象ではない。海外でも先進国を中心に少子化が加速。総人口が増えている先進国でも、その多くは移民の流入によるものであり、出生率低下には歯止めが掛からない。人口増を経済成長のエンジンとしてきた新興国でも、都市化に伴う出生率低下で陰りが見え始めた。
本稿ではまず、世界全体と日本や各国の人口動態について確認する。その上で、日本に関しては労働力・労働環境の現状と見通しを論じたい。なお、データについては国連の人口推計の「中位」と「低位」のシナリオを用いる。今回、「高位」シナリオを省略するのは、過去の実績が中位推計にも届かないケースが圧倒的に多いからだ。
なお、合計特殊出生率(以下「出生率」)は、「1人の女性が出産可能年齢(15~49歳)に産む子どもの数」を意味する。
特に重要なのが「人口置換水準」との比較である。これは、移民の受け入れや寿命の延伸といった要因を除き、一国の人口が増えも減りもしない均衡状態になる出生率を指す。出産可能な15歳以前に亡くなる女性や、男女比率などを考えると先進国では約2.1とされる。
国連によると、世界の総人口は1950年の25億人から、2020年には78億人に達し、70年間で3.1倍に拡大した。その背景には、医療技術の発達による乳幼児死亡率の低下のほか、長寿化や食料生産能力の向上などがある。もっとも、総人口は増えているものの、伸び率は減速する。人口爆発が懸念されていた1960年代の前年比約2%から、足元では同1%程度にまで鈍化している。
国連の中位推計によれば、世界の総人口は今後も増加を続け、2100年までに100億人を超える見通し。ただし、低位推計では2050年をピークに減少に転じ、2100年には2020年の78億人を下回る。中位推計によると、高齢化率(=65歳以上人口が総人口に占める比率)は1950年の5.1%から、2020年には9.3%まで上昇し、2100年には22.6%に達する。一方、低位推計では29.8%と、一段と高水準の高齢化が予測される。
世界の総人口・高齢化率(2020年以降は予測)(出所)国連
世界銀行によると、世界の人口動態を左右する出生率は1950~1955年平均の4.97から、2018年は2.42へと半減した。
出生率は都市に住む女性ほど下がる傾向にある。なぜなら、農業中心社会の子どもは生産拡大をもたらす「資産」だが、工業化社会では一般的に「負債」になるからだ。このため、今後も世界的な都市化の進行に伴い、出生率の低下傾向が続くとみられる。これは、大幅な人口増加が続いてきたアジア・アフリカ地域も例外ではない。
世界の出生率は2100年まで一貫して低下する見通し。中位推計では、2070年代に人口置換水準の約2.1を下回る。さらに低位推計では、2030年代に1.83まで落ち込む。
世界の出生率(5年毎の平均値、2020年以降は予測)(出所)国連
低出生率が最も深刻なのは韓国である。2018年の出生率は0.98(世界銀行)で世界最低水準。その背景には、1997年に発生したアジア通貨危機の後、非正規労働者の比率が上昇したことや、受験競争に伴う高い教育コストなどがあるとされる。
韓国の総人口・高齢化率と出生率(5年毎の平均値)(注)2020年以降は予測(出所)国連
国連の予測によると、2030年代までには人口減少へ転じ、高齢化も日本を上回るスピードで進行する。総人口5126万人の韓国・文在寅政権が北朝鮮(総人口2577万人)との統一政策に熱心なのは、こうした危機感によるものだとの指摘もある。
一方、先進国でも出生率低下に歯止めを掛けた例はある。フランスでは児童手当などの少子化対策が一定の成果を上げ、2018年の出生率は1.88(世界銀行)と欧州連合(EU)の中で最も高い。注目すべきは「婚外子」だ。欧州連合統計局(Eurostat)によると、2018年の出生数の6割を婚外子が占める。
フランスは1999年、PACS(民事連帯契約)という、結婚と同棲の中間のようなパートナー制度を導入。本来は同性カップルの権利を保障するための制度であり、パートナーとPACSを交わすと、社会保障や税金の面で結婚と同等のメリットを得られる。
ただし、近年は異性カップルでもPACSを選択するケースが増えた。PACSの両親から生まれた子どもは、結婚している夫婦の子どもと同等の権利を得られるためだ。こうした政策が同国の出生率を押し上げたとみられる。だがそれでも、人口置換水準まで出生率は回復していない。
フランスの総人口・高齢化率と出生率(5年毎の平均値)(注)2020年以降は予測(出所)国連
先進国の中でも、人口増加が続いているのは米国である。2018年の出生率は1.73(世界銀行)で人口置換水準を下回るが、2100年まで人口増が続く見通し。これは、移民を積極的に受け入れているためだ。
しかし、トランプ大統領は移民を制限する姿勢を強めており、2020年11月の大統領選で再選を果たすと、それが将来の人口動態に影響を及ぼす可能性もある
米国の総人口・高齢化率と出生率(5年毎の平均値)
(注)2020年以降は予測(出所)国連
総人口が増え続けてきた新興国にも、陰りが見え始めた。中国では食料難を背景とする人為的な人口抑制策「一人っ子政策」が、人口ピラミッドに深刻な影響を及ぼした。出生率が長期抑制された結果、中高年層に比べて若年層の人口が少なくなり、歪(いびつ)な人口構成に苦悩する。
人口問題に危機感を募らせた習近平政権は2016年、一人っ子政策を改め、「1夫婦につき子ども2人まで」に規制緩和した。ところが、2018年の出生率は1.69(世界銀行)にとどまり、今のところ顕著な回復は見られない。少子化対策は決め手を欠くのが実情だ。国連の予測によると2030年代以降、中国の総人口は右肩下がりになる。
中国の総人口・高齢化率と出生率(5年毎の平均値)(注)2020年以降は予測(出所)国連
インドの2018年の出生率は2.22(世界銀行)と、人口置換水準を上回る。国連によると、当面は総人口が増え続ける見通しであり、2030年代には中国を抜いて世界一の人口大国にのし上がる。
だが出生率の鈍化に伴い、2050~2060年には人口減少に転じる。インドも中国の一人っ子政策に似た人口抑制策を講じたため、その反動から逃れられないからだ。
インドの総人口・高齢化率と出生率(5年毎の平均値)(注)2020年以降は予測(出所)国連
世界各地で人口が減少・停滞する中で、総人口が順調に伸びると予測されるのはアフリカ諸国だ。例えば、ナイジェリアの総人口は2050年代に米国を抜き、インド、中国に次ぐ世界3位となる。2018年の出生率は5.39(世界銀行)と人口置換水準を大幅に上回り、2100年には総人口が7億人を超えると予測される。
ただし、今後はナイジェリアでも都市化の進行が必至。出生率は徐々に低下し、人口増加率も鈍化していく可能性が高い。かつては「人口爆発」が懸念されていたアフリカ大陸でも、人口減少問題が取り沙汰される可能性も排除できない。
ナイジェリアの総人口・高齢化率と出生率(5年毎の平均値)(注)2020年以降は予測(出所)国連
戦後、日本の総人口は増え続けたが、中位推計では2050年代に1億人を割り込み、2100年には7500万人と現在の6割程度に縮小する。低位推計では5000万人まで減少する。
高齢化率の上昇も深刻だ。1950年の4.9%から2020年には世界平均の3倍の28.4%まで上昇し、世界トップの高齢化社会になった。中位推計によると、2060年代まで高齢化率は上がり続け、40%弱に達する見通し。低位推計では、2090年代まで上昇を続け、2人に1人が高齢者となる。
日本の総人口・高齢化率(2020年以降は予測)(出所)国連
一方、日本の出生率は低下の一途をたどり、1980年代に人口置換水準(=約2.1)を大きく下回った。出生数は2016年以降4年連続で100万人を割り込み、2019年の出生率も1.36と少子化にブレーキが掛からない。
中位推計では2100年まで政府目標の1.8に届かず、人口置換水準を大幅に下回る。低位推計では、2030年代に現在の韓国並みの0.95まで落ち込む見通しだ。また、新型ウイルスの影響を受け、先行き不安感から出生率の一層低下も懸念される。
日本の出生率(5年毎の平均値、2020年以降は予測)
(出所)国連
このように、少子化に伴う人口減少が加速する中で、日本はコロナ禍に見舞われた。今後、それがもたらす「新しい形の労働力不足」にどう対応すべきだろうか。決定的な「解」はなかなか見つからないが、4つの論点を提示したい。
少子高齢化が加速する日本では、コロナ禍以前から一部業種で人手不足が顕在化していた。それと新型ウイルスの感染拡大は、労働環境にどのような変化をもたらすのか。
例えば外国人労働者については、入国制限によって新規受け入れが難しくなった。だが長期的に見ると、日本の充実した医療・健康保険システムなどの国際的な評価が高まり、日本で働きたい外国人が増える可能性もある。
スイスのビジネススクールIMD(International Institute for Management Development)による2020年世界競争力ランキングでは、日本の総合評価は63カ国中34位にとどまり、比較可能な1997年以降で最低を記録した。しかし評価を項目別に見ると、日本の労働環境の優れた点が浮かび上がり、「雇用」「科学インフラ」「健康・環境」の評価が高い。
IMD世界競争力ランキング(2020年)対日評価(出所)IMD
中でも、「健康・環境」に注目したい。新型ウイルスの感染拡大に伴い、各国の労働者が自身や家族の健康、安心・安全な職場環境を求める傾向を強めている。だから、日本の充実した医療・健康保険システムは、外国人の目には一段と魅力的に映るだろう。実際、日本政策投資銀行などの海外調査によると、「コロナ禍が終息したら旅行したい国」として日本の評価は高く、その魅力として「清潔であること」を挙げる人が多い。
国民全員が健康保険に加入する日本の皆保険制度では、どの医療機関にも原則として自由にアクセスできる。外国人でも日本に3カ月居住すれば健康保険に加入可能。さらに、手洗いやマスク着用、自宅では靴を脱ぐといった衛生習慣も、withコロナ時代には日本の強みになる。
世界的な少子化を背景に移民争奪戦が激しさを増す中、こうした日本の安心・安全な労働環境は外国人労働者を引き付ける長所になり得る。
医療技術の進展に伴い、「人生100年時代」が現実のものになってきた。このため政府は定年を実質的に65歳に延長する現行の努力義務を、段階的に70歳まで引き上げるよう企業に求める。現状でも働き続ける高齢者は増え続けている。その背景にあるのが、老後資金の不足だ。2019年の国民生活基礎調査(厚生労働省)によると、65歳以上世帯の55%が「生活が苦しい」と訴えている。
一方で、新型ウイルス感染者の死亡率は60代から急上昇する。このため、感染リスクが高い職種は、高齢者に敬遠されるようになりがちだ。高齢者の職業選択は今後、安心・安全な職種に絞られる傾向が強まり、リスクの高い職種では人手不足が加速する可能性もある。
新型ウイルス感染者の死亡率(年代別、9月2日時点)(出所)厚生労働省
withコロナ時代、リモートワークが「新しい生活様式」の1つとして定着し始めた。それこそが、日本の労働力確保のカギを握るかもしれない。例えば、厚生労働省の雇用動向調査によると、家族などの「介護・看護」を理由とする離職者は2018年に9万8400人も発生した。企業にとっては、働き盛りの貴重な労働力を失うことになり、対策の必要性が指摘されてきた。
介護・看護を理由にした休職数(万人)(出所)厚生労働省
しかし、リモートワークによって在宅で仕事を続けられれば、離職せずに済むケースも出てくる。加えて、企業が時短制の育児休業を導入したり、配偶者が転勤しても離職を抑制したりすれば、有能な人材の労働力をつなぎ留められる。
デジタルトランスフォーメンション(DX)の本格化に伴い、人材の需要・供給のミスマッチが深刻化する。コロナ禍はそれに拍車を掛ける可能性がある。企業は日本的経営を見直し、抱え込んでいる低パフォーマンス人材の再戦力化を迫られる。
日本的経営の特徴について、米国の経営学者ジェームス・C・アベグレンは「The Japanese Factory」(1958年)の中で、「終身雇用制」「年功序列制」「企業別組合」の3つを指摘した。それが原動力となり、戦後の日本経済は高度成長を実現。国際的な競争力を持つ有力な企業がいくつも登場した。
しかし、こうした経営が今では弱点になった感も否めない。例えば、産業構造が大きく変化しているにも関わらず、大企業が解雇の難しい終身雇用を原則維持するため、パフォーマンスの低い社員を多数抱え込むようになったと指摘される。
リクルートワークス研究所の試算によると、企業内失業者(=事業活動に活用されていない人材)は2015年時点で401万人。2025年には415万人になると予測する。これは、総雇用者5066万人の8.2%に相当する。withコロナ時代のDX加速に伴い、デジタル化に付いていけない企業内失業者が予測以上に増える可能性もある。
こうした中、大企業が企業内失業者を再教育し、労働需給のミスマッチを緩和できれば、withコロナ時代の戦力充実を図れる。リモート教育をうまく活用すると、労働者には社内教育やリカレント教育(=生涯教育)を受ける機会が拡大し、企業内失業者のスキルアップにつながるのではないか。
企業内失業者数の予測(2025年)(出所)リクルートワークス研究所
新型ウイルス感染拡大が終息した後も、人口減少は決して避けられない難題である。日本が国力を維持するためには、withコロナ時代に合わせて労働環境の長所・短所を見つめ直す必要がある。
外国人労働者を引き付けるための医療・健康保険システムの改革や、高齢者でも安心安全に働ける職場の創出、リモートワーク活用による離職者の抑制、企業内失業者の再教育・再戦力化...
いずれも難しい課題ではあるが、真正面から向き合い、官民がスクラム組んで結果を出していきたい。それができれば、地球規模で少子高齢化が加速する中で、人口減少先進国・日本は国際社会で主導的な役割を果たせるだろう。同時に、「失われたX年」に終止符も打つことができるのではないか。
伊勢 剛