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よみがえれ!日本の河川 コンクリートから「多自然」へ

2015年04月01日

地球環境

主任研究員
柳橋 泰生

 下の二枚の写真を比べていただきたい。写真1は排水路のような川、写真2は自然豊かな「ふる里」の川に見えるはず。ところが実は、同じ場所の昔と今なのである。

201504_川_1.jpg 横浜市内を流れる和泉(いずみ)川。約3キロにわたり写真2のような風景が続き、遊歩道を散策できる。川の右に見える林の中にも小道があり、森林浴も満喫できる(写真3)。川は等高線に合わせて自然に流れるよう設計されており、違和感なく緩やかに蛇行している。

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 この素敵な川を設計したのが、吉村伸一さんである。横浜市役所で和泉川をはじめ幾多の河川整備を担当した。1998年に河川の自然復元や景観デザインなどを営む会社を設立し、今は全国を飛び回っている。

 吉村さんが目標としたのは、「川と人の関わり」の復活である。1970年代、都市の川は汚染がひどくなり、洪水対策を大義名分に続々とコンクリート化されてしまった。その結果、川は人々の生活に必要のない「迷惑施設」と化す。川が身近にあっても、地域住民は誰も関心を持たない。川がなくても、生活には困らない。それなら、「川が存在しない」と同じことである。吉村さんは「川と人の関わりを取り戻し、暮らしを豊かにしたい」と願い、人々が日常生活の中で川に行く、いや川に行ってみたくなるという空間の実現を目指してきた。

 和泉川沿いを歩いていると、「向こう岸に渡ってみたい」と思う箇所には、必ず写真4のような簡易な橋が架けてある。この橋は増水時に水の中に隠れてしまうので「もぐり橋」と呼ばれ、子どもたちには絶好の水遊びポイントになる。

201504_川_3.jpg もちろん、中には本格的な橋も架けられている。写真5は木製の「おとなり橋」である。欄干に8個の鳴り車があり、渡る時これを回すと「カランカラン」という音がする。近くの小学校の通学路に当たり、橋が児童の登下校を楽しくしている。また、写真6は立派な石造りの「眼鏡橋」である。

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201504_川_5.jpg 和泉川の整備を検討するにあたり、吉村さんは「子どもの遊び環境調査ワークショップ」を実施した。流域の小学生400人に参加を求め、「どんな川で遊びたいか」を絵や文で書いてもらったのである。「ぴかぴか橋」「どろどろ橋」「鉄の橋」「跳ね橋」「ダイヤモンドの橋」「二段式の橋」「アーチ型の橋」...。吉村さんは子どもの夢をかなえながら、和泉川の再生に成功を収めた。

 遊歩道の終点には遊水池がある。洪水を一時貯留して下流の負担を軽減することが目的だから、元々は景観への配慮がなかった。しかし、吉村さんがデザインを見直した結果、写真7のように遊水池と周辺が調和した風景が生まれた。水が溜まっていない時は大きな原っぱだから、子どものサッカー場になる。

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 和泉川のような、自然豊かな川づくりは全国で活発になってきた。その火付け役が、1990年の建設省(現国土交通省)が通達した「多自然型川づくり」である。川に本来備わる、生物にとって良好な生息環境に配慮しながら、美しい自然景観を創出・保全する。かつては自然石やコンクリートブロックを使った護岸づくりが一般的だったが、今では川と周囲の環境を一体化し、それらを全体として守るような取り組みが目立つ。

 ところで川の流れの中には、浅くて流れの速い「瀬」と、深くて流れの緩やかな「淵」がある。いずれも生物の重要な生息・生育・繁殖の場であり、多様で豊かな河川環境を形成するために欠くことができない。実際、独立行政法人・土木研究所の自然共生研究センターが、①瀬・淵のある区間②平坦で単調な区間―に分けて魚類の種類や量を調査したところ、前者の種類は後者の数倍、量は十倍にも上ることが確認されたという。

 川に生命力をもたらす瀬・淵を維持するには、どうしたらよいのか。そのためには、川の形状を極力変更しないようにすべきである。その上で、水量が増えた時でも、川が複雑な地形を柔軟に形成できるよう、スペースを確保しておくことが重要だ。このため、多自然川づくりでは、治水対策として水をたくさん流す場合でも、川底を深く掘るのではなく、川幅を広げることにしている。川幅を確保すれば、川の流れが動きやすくなり、変化のある川をつくることができる。

 多自然川づくりは長年、試行錯誤が続いたが、次第に方法論が確立しつつある。将来の展望について、国土交通省河川環境課の福永和久河川環境保全係長はこう語る。「多自然川づくりのレベルアップを図るため、自然豊かな川の目標を設定したい。多自然川づくりの事例は、これまで中小河川を数多く紹介してきたが、今後は大河川での実例紹介もどんどん進めていきたい」―。全国の河川がよみがえる日が待ち遠しい。

柳橋 泰生

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※この記事は、2015年4月1日に発行されたHeadlineに掲載されたものを、個別に記事として掲載しています。

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