2024年10月22日
地球環境
主席研究員 小林 辰男
研究員 斎藤 俊
日本のエネルギー政策の進路を定める「第7次エネルギー基本計画」の策定作業が進められている。地球温暖化の被害は一段と深刻化しており、温室効果ガス(GHG)の排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」に向けた取り組みは急務だ。次期基本計画では、電力の安定供給を確保しつつ化石燃料に依存しない電源構成に移行する道筋を示し、「脱炭素社会」の実現を図ることが重要となる。ただ、実現の目算もなく「高い目標」を安易に掲げるのは無責任だろう。脱炭素と経済成長の両立とともに、安定したエネルギー供給で国民の生活と命を守る視点が不可欠だ。野心的かつ現実的な計画が求められる。
エネルギー基本計画は、脱炭素に向けた官民の行動に大きな影響を与える。前回の第6次基本計画では、日本の国家戦略である2050年のカーボンニュートラル達成を見据え、30年度にGHGを13年度比46%削減する目標を掲げた。第7次計画は、35年度以降の脱炭素化目標を掲げることになりそうだ。その内容は国際合意に沿ったものにならざるを得ず、GHGの削減幅は70%前後になるとみられている。
70%削減を達成できる日本の電源構成はどのような姿だろうか。大手電力会社などの見立てでは、後述するように温室効果ガスを出さない非化石電源の割合を80%程度にする必要があるという。現在は電源の70%以上が石炭、天然ガスなどの火力発電で占められ、非化石比率は30%にも満たない。これをわずか10年ほどで2倍以上に引き上げるのは、困難で挑戦的な目標と言えるだろう。
地球温暖化への危機感を背景に、国際社会では脱炭素化と再生可能エネルギーの拡大を求める声が強まっている。
2023年の第28回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP28)では、世界各国の脱炭素目標をすべて足しても、50年のGHG排出量の実質ゼロを達成できないことが明らかになった。そこで参加国は、「2030年に世界の再エネ発電容量を3倍」に増やすことなどで合意した。
さらに、今年5月にイタリアのトリノで開催されたG7(先進7カ国)気候・エネルギー・環境大臣会合では、G7は2035年に世界全体のGHGを19年比で60%削減することや、15年のCOP21で採択されたパリ協定の「1.5℃目標=産業革命前からの気温上昇を1.5℃以内に抑制」に合致したNDC(国が決めた削減目標)を、各国が国連へ提出することなどを確認した。
パリ協定達成に必要な温室効果ガス(GHG)削減シナリオ
(出所)UNFCCC「Technical dialogue of the first global stocktake」を一部修正
世界では脱炭素の取り組みを経済成長の原動力とするGX(グリーントランスフォーメーション)を推進する動きが加速している。欧州委員会の気候変動政策パッケージ「Fit for 55」によるGX関連の各種指令の強化・見直しや、米国の「インフレ抑制法(削減法)」に基づくクリーンエネルギーに対する50兆円規模の支援などだ。
日本では経済産業省が主導して「GXリーグ」の取り組みが進められている。GXに積極的な企業を中心とした枠組みで、今年4月末時点で754社が参画し、新規加入の動きも続く。GXリーグは、企業などが排出するCO2に価格を付けるカーボンプライシング(CP)をGHG削減の柱とする。
具体的には参加企業の排出量に上限を設け、排出枠の過不足分を売買する排出量取引を行う。排出量が上限を超えた企業は、上限まで余裕のある企業から排出枠を購入し、日本全体の総排出量が目標内に収まるようにする。排出量を増やすとお金がかかり、減らせばお金を得られる。
これをインセンティブにして利用エネルギーを化石燃料から脱炭素の再エネに移行するよう、企業に行動変容を促す。
今年6月に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」においても、GHGを大量に排出する企業にGXリーグへの参加を義務付ける内容が盛り込まれた。政府が今後、GXリーグを軸に脱炭素化を推進するのは間違いないだろう。
エネルギー基本計画は、おおむね3年おきに改定される。毎回注目されるのが、将来の電源構成を示す「エネルギーミックス」である。
温暖化防止の観点からは、①GHGを出さない再エネや原発をできるだけ増やすことが求められるが、天候などで大きく発電量が変動する再エネをどのようなペースで増やすのが適切か②電力の安定供給体制は損なわれないか③原発の安全性などについて国民の理解は得られるか―など数々の課題があり、最適なエネルギーミックスを定めるのは至難の業である。
前回の第6次エネルギー基本計画は、徹底した省エネや再エネ導入、原発再稼働などが柱となった。計画を受けたGX推進法によりエネルギー安定供給や脱炭素化に対し、GX経済移行債を財源に総額20兆円の支援を行い、経済成長との同時実現を目指している。
ところがその後、エネルギーを巡る環境は大きく変わった。ロシアによるウクライナ侵攻や中東情勢の緊迫化によって、化石燃料の供給や価格を左右する事態が発生し、経済安全保障の側面がより重要視されるようになった。第7次計画では、エネルギー安全保障の確保とGX推進を同時に達成できる電源構成のあり方について議論されることになろう。
カーボンニュートラル宣言からの動きと第7次計画の論点(出所)三菱総合研究所を基に作成
第7次計画策定の議論は、今年5月の総合資源エネルギー調査会基本政策分科会(経産省の審議会)でスタートした。16人の有識者へのヒアリングがあり、安全保障リスクへの対応、産業政策との一体化支援、電力需要の増加などに関してさまざまな意見が表明された。
発言者 |
発言趣旨 |
田辺新一 |
エネルギー安全保障は重要。1次エネルギー自給率が13%しかない我が国は、再エネは好きだけど原子力は嫌いとか、偏った方向を目指すのではなく、安全に留意し、全ての非化石エネルギーを推進することが重要。2026 年度の排出量取引制度の参加事業者には、まず第一の燃料である省エネ対策を強化していただくということが重要。 |
村上千里 |
エネルギー政策の基本的な方向性は、G7の環境大臣会合での合意のように、2035年60%削減を率先して達成する計画に。そのためには、やはり再エネの最大限の導入、連携性の強化、スピードアップ、それから蓄電池の大量導入などに力を入れていくべき。 |
工藤禎子 |
エネルギー政策を産業政策とセットで考えることが重要。DXの進展や経済安全保障政策の推進を背景に、データセンターや半導体工場の新増設が進み、電力需要は増加基調に転じており、これを支える電源確保を進めなければ産業の空洞化につながる。 |
寺澤達也 |
電力需要が増えその需要に応えていく中での供給力としては、まず再エネというのが世界の流れだ。他方、再エネには、出力変動の問題が大きく深刻になっていく。日本もこの問題に包括的に取り組むべき、そういうタイミングだと思う。 |
第7次計画を巡る有識者ヒアリングの主な発言
(出所)第55回総合資源エネルギー調査会基本政策分科会での発言を基に作成
第7次計画にどれくらいの脱炭素目標を掲げれば、国際的に見劣りしないのか。地球温暖化の科学的な研究結果を収集・整理している国際的な枠組み「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が2023年3月に発表した「第6次統合報告書」によると、50年のカーボンニュートラルを実現するには、35年のGHG排出量削減は「2019年比で60%削減」が必須という。日本の基準年である13年度比では66%削減となる。「70%削減」が一つの目安となるだろう。
日本のGHG排出量の推移と将来の目標=推定
(出所)産業構造審議会・中央環境審議会合同資料「気候変動対策の現状と今後の課題について」を一部修正
2035年度にGHGの70%削減を達成するには非化石エネルギー(再エネ+原子力)の比率を80%に高める必要があるとの見方が多いが、実現のハードルは高い。
経済産業省の原子力小委員会によると、現存する原子炉を40年間運転すると仮定しても2035年時点の発電電力量は1000億キロワット時(kWh)程度にとどまる。求められる非化石エネルギー総量8000億kWhの8分の1にすぎない。原発の新増設を行わないのなら、再エネを大幅に拡大するしかない。
電源構成の推移と今後の目標
(出所)総合エネルギー統計2022年度確報を基に作成
一方で、再エネ拡大にも課題は多い。例えば、日本は再エネ発電の潜在力はあるが、再エネ適地と電力の消費地が遠く離れている。しかも再エネ電力を消費地に届ける送電網が不足している。送電インフラの整備には巨額の資金と長い期間を要するため、再エネ拡大の足かせとなりかねない。
再エネ発電量の不安定さも障害の一つだ。電力は発電量と消費量を常に数パーセント程度の差にとどめないと設備が壊れ、大停電を起こす恐れがある。このため、例えば晴天の日中に太陽光で大量に作られた電気が消費量を大きく上回った際に電気を廃棄する「出力制御」が頻発している。日本には、せっかく作った再エネの電気をフル活用できるインフラが整っていないのだ。電力系統向けの安価な大型蓄電池の開発を含め、まずは発電した再エネを無駄なく使い切れる体制を整えねばならない。
日本のように面積の小さい国では、国内の幅広い地域が週単位で悪天候になることも珍しくない。そうなれば太陽光発電などが長期にわたって滞る。こうした「発電のムラ」をバックアップする火力発電に頼らざるを得ない面もある。水素のように燃やしてもCO2を排出しない「ゼロエミッション火力」や、発生したCO2の回収・再利用・貯留(CCUS)技術の早期実用化が求められる。
AI(人工知能)などITの高度化に伴うデータセンター増加などで、世界の電力需要は今後大幅に増えると見込まれる。日本は節電・省エネと経済の低迷で電力消費量は減少傾向をたどってきたが、電力の需給状況を監視する電力広域的運営推進機関は、まもなく増加に転じると予測する。AI普及などDXの加速が電力需要増大を招く恐れがあるのだ。
大手企業を中心に再エネ電力への需要は高まっているが、電力需要の急増に再エネ拡大が追い付かない事態もあり得る。電力価格の高騰だけでなく安定供給体制が崩れ、社会が大混乱する恐れは否定できない。高度に電化、デジタル化した社会にとって、電力安定供給は「命綱」であることを忘れてはならない。
日本の需要電力量予測
(出所)電力広域的運営推進機関が総合資源エネルギー調査会・基本政策分科会に提出した資料
脱炭素は世界的な喫緊の課題であり、エネルギー・資源の大量消費で経済成長や豊かさを実現する「ブラウンエコノミー」からの転換は避けられない。脱炭素への取り組みをテコに、大量のエネルギー消費に依存しない経済社会構造に変革することが不可欠だ。
DXは電力消費の急増につながるリスクがある反面、利点を生かせば省エネルギーの原動力になるかもしれない。デジタル化によるペーパーレス化やオンライン会議の活用は、エネルギー消費削減の第一歩と言える。将来的に完全自動運転や効率的な輸送システムの構築が実現すれば、運輸部門の脱炭素と省エネルギーに貢献するはずだ。デジタル化を省エネや社会変革につなげる知恵が問われる。
第7次エネルギー基本計画の策定にあたっては、単に見栄えのいい数値目標を掲げるだけでなく、その実現を可能とする具体的なエビデンス(証拠)をきちんと示してもらいたい。例えば80%の非化石電源を達成するには、原発の是非についても議論は避けられない。安藤久佳・元経済産業事務次官は当研究所のインタビュー(*注)で2022年7月に「脱炭素と安定供給、経済性のすべてを満たす電源はない」と指摘している。原発には安全性へ強い懸念があるうえ、使用済み核燃料(核のゴミ)の処理問題も残されている。中長期の視点で原発をどう位置づけるのか、今回の議論の中で、政府は明確な方針を示す必要があるのではないか。
どのような痛みに耐えればクリーンな明るい未来が開けるのか、国民がしっかり実感できる内容になることを期待したい。
研究員 斎藤 俊