2019年06月26日
地球環境
研究員
間藤 直哉
代表作「ゲゲゲの鬼太郎」をはじめ、数々の名作を生み出した漫画家の水木しげるさん。そのゆかりの地・東京都調布市は、並べて書くのもおこがましいが、筆者の生まれ育った街でもある。この街で2019年5月18日、地下化した京王線の線路跡地に「鬼太郎ひろば」がオープン、子供たちが安心・安全に「妖怪」と遊べる場所ができた。
2019年5月18日にオープンした「鬼太郎ひろば」
その妖怪の仕業ではないが、2011年3月、調布市は他の街と同様、計画停電による暗闇が広がり、安心・安全が崩れた。東日本大震災による原発事故によるものだ。当時、原発に対しては「発電コストが安い上に、地球温暖化対策の点で環境に優しい」との認識を持つ人が多かったかもしれない。だがこの事故によって、こうした認識を改めざるを得なかったのではないか。
調布市在住で、再生可能エネルギーの地産地消事業を手掛けるエコロミ(本社東京)の小峯充史(こみね・あつし)代表取締役もそんな一人だ。震災当時は生命保険会社の会社員。それまで何の疑問もなく電気を使っていたが、震災を機に「安心・安全な電気を選びたいと思った。でもそのためのシステムもなく、選べるほど再エネも普及していないことに気づいた」―。選択できるようにするには、まず再エネによる電気を作らなければと、自ら実行に移す決意を固める。
エコロミ代表取締役の小峯充史さん
当初は会社員として仕事をしながら、再エネ発電の事業計画を作成。タイミングよく募集が始まった環境省の「地域主導型再生可能エネルギー事業化検討業務」に応募し、2012年8月、10倍近い倍率の中から小峯さんの事業が採択される。小峯さんはその1カ月前に会社を退職し、エコロミを立ち上げていた。応募資格として法人格が必要であったこともあるが、不退転の覚悟を固めていたのだ。
小峯さんは早速、地域の環境活動を通じて知り合った再エネ研究者や電力系統の専門家、市内の各種事業者、行政の関連部署など多様なメンバーに声を掛けて協議会を発足させ、調布の地域特性に適した再エネ事業モデルの検討を重ねる。そこで得た結論が、公共施設の屋根を借りる太陽光発電事業だった。公共施設34カ所の屋根に太陽光パネルを設け、2014年6月に事業主体として設立した「調布まちなか発電」による発電事業をスタート。利潤追求ではなく、非営利での事業展開を志した。当時、都市型では珍しい1メガワットクラス(=一般家庭の2800世帯分相当)の発電量を確保することができた。
構想からわずか3年余での成功。小峯さんにその要因を尋ねたところ、「調布青年会議所のまちづくり活動で一緒に活動した市の関連部署の方々や事業者の皆さんら、街づくりに思いのある人々と繋がることができたのが大きい。さらに、市の協力もあって発電やファイナンス、法律など、事業化に欠かせない多くの専門家をうまく巻き込めたことがよかったのではないか」と振り返る。
ここで作られた電気は、東京都環境公社が運営する水素情報館「スイソミル」や、奥多摩にある「檜原都民の森」など環境関連施設でも一部利用されている。また災害時には、先述の34カ所の各公共施設で発電した電気を自家消費することができ、地元に貢献できるようになっている。
公共施設の屋根に設置した太陽光パネル
(提供)エコロミ
小峯さんの調布での事業に対する考えや実績は、他の地域で住民主体の太陽光発電事業の立ち上げを模索していた人々に影響を及ぼした。実際、福島第一原子力発電所から7キロに位置する避難区域内に自宅を持つ農家の方々が、復興支援や地方創生に結び付けられないかと考えたのだ。総事業費約90億円を投じ、34ヘクタールの水田に太陽光パネル約11万枚を設置し、33メガワットの大規模発電所を建設する事業が動き始めたのだ。
被災地の福島は小峯さんが起業するきっかけをつくった地域といえる。今も原発事故の影響で農地として活用できない区域がある。除染によって数字上は安全性が確保されている農作物も、消費者から敬遠されてしまうからだ。しかしそうした土地でも、「いつかまた農業ができる日が来る」との思いから手放したくないという農家は少なくない。
そこで小峯さんは、スポンサーとなる大企業がいない形のプロジェクトファイナンスによって資金調達をすれば、収益を配当の形で地域に還元することができるのではないかと考え、さまざまな専門家の知恵を借りながら、プロジェクトを形づくっていった。農家からは、「(稼働期間の)20年間農地として使えなくなって良いのか」「いずれ戻りたい住民にとって、景観が台無しだ」といった否定的な声も上がったが、小峯さんは「原発事故で発電量が減った電気を少しでも増やすことや、農業ができない田んぼの所有者が収入を得られるようにするほうが今は大切ではないか」と、地域の方々と一緒に地権者や地域住民、行政を説いて回った。小峯さんの復興支援にかける熱意が伝わったのか、2018年4月、ついに発電所の稼働にこぎ着けた。
小峯さんは、さらなる挑戦も視野に入れる。エネルギーに関するさまざまな課題を解決するため、企業の電力自家消費のコンサルティングや電力需給のシステム開発、設計・施工まで手掛けようとしているのだ。例えば、災害時の再エネ電源の活用策もその一つ。これは2018年9月に北海道地震で起きた大規模停電の教訓に基づいている。この停電で大きな被害を受けたのが酪農家だ。牛は毎日搾乳しないと乳房炎という病気になってしまう。搾乳機で毎日搾乳を行うことでこれを防ぐのであるが、停電によって自家発電設備を持たない酪農家ではそれができなくなり、多くの牛が病気になった。小峯さんは、このような被害を防ぎ、損害を最小限に抑えられるよう、災害時に地域内で再生可能エネルギー電源を活用できる電力供給網の構築に取り組んでいる。これは地域自律型マイクログリッドと言われるものだ。
ほかにも小峯さんは、自宅で太陽光パネルを設置できない人や、条件が合わずに設置を断念している人向けのサービス提供も始める予定だ。遠隔地の大きな太陽光発電所のパネルごとに使用権を販売、そのパネルで発電した電気を自宅の電気使用に充てることも可能になるサービスだ。
ただ、小峯さんは拡大一辺倒ではない。太陽光発電でFIT(固定価格買い取り制度)申請の認可を受けていても、地域課題の解決にならないケースや、事業を行うことが望ましくない場所と判断したものについては、自ら認可の取り消しを進めている。これらの認可を購入したいという事業者がいても、発電を行うべきではないと考えて売却を断っている。
小峯さんが活動をする上でのキーワードが「選択」だ。「正しいものを選択できることが大切だと思う。特にエネルギーなどの環境に関する問題では、そういうリテラシーが必要になる」と力を込める。地域コミュニティを通じて環境教育やセミナー、施設見学会などの開催に力を注ぐのはそのためだ。東日本大震災の後に感じた、安心・安全への疑問を自ら解消すべく邁進する。
地元の調布から羽ばたく小峯さんの話をうかがい、その発想力と行動力に大きな刺激を受けた。筆者も環境問題を研究テーマとして掲げる以上、せめて身の回りから安心・安全の実現のため何かできるのか考え、実践したいと思う。
(写真)提供以外は筆者 PENTAX WG-3
間藤 直哉