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涼しい「京町家」で甲子園の熱気をリセット

=先人の知恵を借りたい地球温暖化対策=

2019年10月08日

地球環境

研究員
野﨑 佳宏

 今年のプロ野球ドラフト会議が間近に迫り、候補とされる高校球児は緊張感を高めていることだろう。夏の全国高校野球選手権大会の舞台は阪神甲子園球場(兵庫県・西宮市)。5回裏が終わるとグラウンド整備が入り、観客に対してアナウンスが流れる。「熱中症予防のため、こまめに水分補給をしましょう」―。バックスクリーンに注意喚起も表示されるが、「ん!?そういうレベルの問題なの?」と思う瞬間だ。

 筆者はここ10年ほど、試合観戦のため甲子園に足を運んでいるが、最近はめっきり体力の衰えを感じるようになった。年齢を重ねているから当然とはいえ、それだけでは説明できない「何か」を肌で感じている。とりわけこの夏はそう実感した。

 訪れたのは大会11日目。ベスト8を賭けて強豪校が続々登場するということもあって、チケットを入手するため早朝5時台には行列に並んだ。何とかチケットを入手して安堵したのもつかの間、スタンドには容赦なく夏の日差しが降り注いできた。

 熱戦に次ぐ熱戦で約5万人の観客の熱気。だから卒倒しそうなくらいの暑さを感じる。当日の最高気温は33度前後だったが、隣のオジサンの体温を感じるほどの密着状態だから、体感では軽く40度を超えていると思った。そんな時、「こまめに水分補給」と言われても、とっくに限界は越えていると失笑してしまう。第4試合のゲームセットのサイレンが流れた時、スコアボードの時計の針は夜8時を指していた。14時間近く熱い戦いを目の当たりにした筆者の体は、すっかり茹で上がってしまった。

 もちろん長時間観戦でなくても、体へのダメージは深刻といえる。甲子園のお隣大阪府では、今年の8月の35度以上の猛暑日が13日を数えたという。さかのぼって調べてみると10年前の2009年、同じ大阪で猛暑日は3日しかなかった。屋外でのスポーツ観戦が命懸けというのは、決して誇張ではなくなってきている。

 甲子園の熱気をたっぷり体にため込んだ翌日。筆者は東京への帰路、あてもなく京都駅で途中下車した。そこで期せずして新鮮な体験をした。観光案内所に立ち寄った際、「京町家特別公開」というチラシが目に付き、ぶらりと訪ねたことがきっかけだ。

 そこは国の重要文化財に指定されている元呉服商の大きな京町家「杉本家」。その日の京都の最高気温は36.2度。ところが、冷房など一切無い京町屋に足を踏み入れた瞬間、感じたのは「涼しさ」だった―

20191010.jpg京町家・杉本家住宅特別公開
(写真)筆者

 暑さが本番になるこの季節に杉本家では、「衣替え」ならぬ「建具替え」を行なうという。夏建具の細い葦(あし)は陰を作るため、涼しさを感じる空間をつくり出す。ほかにも、日差しをさえぎり風を通す葭戸(よしど)など、暑い京都を涼しく感じさせる工夫が随所にあった。大きく開かれた縁側から見える庭も含め、その開放感も圧巻で見るからに涼しそうである。風の流れを感じるほどだ。真夏の京都にありながら、前日までの甲子園の熱気で火照った身体が冷やされるような心地よさがあった。

 そういえば、鎌倉時代後期に記された随筆「徒然草」の第55段で、吉田兼好は「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。暑き比(ころ)わろき住居は、堪へ難き事なり」と書いた。住まいは冬よりも夏のことを考えてつくらないと耐えられないと説いているのだ。兼好法師も京都の夏の蒸し暑さに辟易(へきえき)していたのだろう。このように暑い京都の町家には、暑さをしのぐためのさまざまな知恵が凝縮されているといってよい。

 翻って、現代の科学の粋を尽くした人類の知恵で、地球温暖化を防ぐことはできないのか。各国政府はさまざまな対策を検討しているが、決定打がないのが現状だ。最近では、大気中のCO2を回収して埋めてしまおうという技術まで真剣に検討され始めているほどだ。埋めてしまったCO2がどうなるかはだれも知らないという。

 このような温暖化対策技術が実現するまで、われわれ一市民は指をくわえて待つべきなのだろうか。せめて先人の知恵を拝借することで、温暖化対策ができるのではないか。京町家の見学を終え、近代的な京都駅に向かいながら考えた。冷房がキンキンに効いた要塞のような駅ビルに入ると、すぐに汗が引いて鳥肌が...。頭に浮かんだのは、今しがた訪れた京町家で見た風景。東へ向かう帰りの列車でも、それは消えなかった。

野﨑 佳宏

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