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EVシフトがもたらす「産業革命」

=地球温暖化対策と雇用創出の両立を=

2020年11月16日

地球環境

主任研究員
遊佐 昭紀

【編集部から】リコーグループは2020年11月を「リコーグローバルSDGsコミュニケーション月間」と定めました。
当研究所もSDGs関連のコラムを公開致しますので、御愛読のほどお願い申し上げます。

 2020年10月、自動車業界の変化を象徴するニュースが流れた。ホンダが自動車レースの最高峰であるF1から、2021年シーズンを最後に撤退すると表明したのだ。ガソリン車から電気自動車(EV)など環境車へのシフトが加速する中、経営資源をこの分野に集中させるのが目的だという。

 このEVシフトはホンダに限った話ではない。背景に地球温暖化対策への各国の取り組み強化があるからだ。世界の温室効果ガス排出量のうち、自動車などの運輸部門が全体の2割弱(2017年)※1を占め、発電などエネルギー部門の約4割に次ぐ。各国は二酸化炭素(CO2)などの排出量が少ないEVへの転換を急いでおり、それへの対応が自動車業界にとって喫緊の課題なのだ。

 中でも、EVシフトに積極的なのが欧州連合(EU)と中国。EUは2019年12月に公表した「欧州グリーンディール」政策の中で、CO2排出量の2050年実質ゼロ実現に向け、自動車のCO2排出基準を厳格化する方針を表明した。EVのほか、外部から給電可能なプラグインハイブリッド車(PHV)などの域内販売台数は109万台(2019年)にとどまるが、2025年の保有台数を1300万台まで増やす目標を掲げる。

 一方、中国も2020年9月、従来型ガソリン車の製造・販売を2035年までにゼロにする方針を発表した。EVやPHV、燃料電池車(FCV)などの販売比率を2035年までに50%に高め、残りもエンジンとモーターを併用するハイブリッド車(HV)などにする計画だ。

 国際エネルギー機関(IEA)の報告※2によると、2019年に世界で販売された新車のうち、EV・PHVが占める割合は2.6%に過ぎない。しかし2016~2019年の間、EUでは0.9%から3.3%※3、中国でも1.8%から4.7%※4へと着実に増えている。新車の世界販売の5割強※5を占めるEUと中国の政策転換を、自動車業界は無視することはできない。

 これに対し、日本や米国はEVシフトで後れを取った。日本では2016年~2019年の間、EV・PHVの同割合は1~2%※6で横ばい。米国ではHVを含めても2%程度※7にとどまる(2019年)。

図表(注)米国はHVも含む
(出所)各種報道を基に筆者作成

 だが、その日本でも遅ればせながら変化の兆しが見え始めた。2020年10月、菅義偉首相は所信表明において、CO2排出量の2050年削減目標を従来の80%減(2013年比)から、実質ゼロに高める方針を表明。ようやくEUと同レベルの目標設定に踏み切った。今後はエネルギー部門での再生可能エネルギーの利用拡大と併せ、EVシフトを後押しする政策を強化していくことは間違いないだろう。

写真街中に増え始めたEV急速充電器(横浜市)
(写真)筆者

 一方、近年の米国はトランプ大統領主導で地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」から離脱するなど、環境政策の後退が著しい。

 ところが州ごとに見ると、一部ではEVシフトが加速している。カリフォルニア州は2020年9月、乗用車の新車販売のすべてを2035年までにCO2を排出しないゼロエミッション化する政策を公表した。同州には米国における自動車の環境規制を先導してきた歴史があり、日本も含むメーカーは待ったなしの対応を迫られる。

 しかし、自動車産業にとってEVへのシフトは諸手を挙げて歓迎できるものではない。最大の懸念が雇用への影響だ。例えばEUでは、製造業のうち自動車産業に従事している就業人口は約370万人(2018年)※3で、全体の11.5%を占める。関連する雇用まで含めると、1460万人の雇用を創出しており、自動車産業の雇用は経済全体に影響を及ぼす。

 ガソリンや軽油を使う化石燃料車には、3万点に及ぶ部品が組み込まれる。一方、EVは基幹部品がモーターやインバーター、蓄電池などに限られるというシンプルな構造。ガソリン車と比べると、部品点数は1/2~1/3程度で済むとされる。このため、部品メーカーを含めた自動車産業全体の雇用は、EVシフトに伴い大幅に減る可能性もある。実際、ドイツや北米などの生産拠点では既に、人員削減や工場閉鎖といった影響が出ている。

EVシフトに伴う自動車メーカーの動向

図表(出所)各種報道を基に筆者

 では、EVは労働者にとって敵なのだろうか。短期的にはEVシフトが痛みをもたらすのは事実だが、自動車産業の外に目を向けると別の可能性も見えてくる。その1つが、蓄電池の普及による新産業の創出だ。

 EVの基幹部品である蓄電池は、長寿命化や小型化などの技術革新が加速する。量産効果によって価格も大幅に下がってきた。その結果、自動車以外の分野でも、蓄電池の活躍の場が広がる環境が整い始めているのだ。

 発電量が自然条件に左右される太陽光発電や風力発電などは、蓄電池と組み合わせることで活用の幅が広がる。分散型電源として利用できるようになるからだ。

 例えば、太陽光パネルを屋根に設置し、エネルギー収支を実質ゼロにする環境住宅(ZEH=ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)の普及に期待が高まる。地震や台風など自然災害の多い日本では、危機管理の面からも注目を集める。調査会社の富士経済によると、住宅用蓄電池の世界市場は2019年の1226億円から、2035年には約3倍の3673億円※8になる見通しだ。

 また電力業界では、分散型電源を送電網に組み込むための VPP(バーチャルパワープラント)の研究が進む。それと自然エネルギーを組み合わせることで、住宅街で電力の地産地消が一般的になる日が来るかもしれない。

 ZEHやVPPなどが普及すれば、蓄電池自体の生産・メンテナンスはもちろん、住宅建設や関連サービスなどで雇用が生み出される。つまり、自動車にとどまらず産業界全体の裾野を広げる潜在力、大げさに言うと「産業革命」を引き起こす可能性を蓄電池は秘めているのだ。

 米国では2020年11月の大統領選でバイデン前副大統領の当選が確実となり、トランプ大統領とは対照的に地球温暖化対策に積極的に取り組むのは確実だ。手始めに年明けの大統領就任早々、パリ協定への復帰を宣言するという。

 世界最大の経済大国が方針転換に踏み切れば、地球温暖化対策の潮目も変わる。米国が欧州や中国にキャッチアップするならば、EVシフトは一段と加速するに違いない。

 果たして産業界はそれがもたらす社会構造の劇的な変化に適応できるだろうか。決して低いハードルではない。だがそれを乗り越えられれば、新たな雇用を創出することが可能になり、SDGs(国連の持続可能な開発目標)が掲げる「誰一人取り残さない」の実現にも資するのではないだろうか。

図表


※1 IEA CO2 emissions from fuel combustionより引用
※2 Global EV Outlook 2020 より引用
※3 欧州 European Alternative Fuels Observatoryを参考
https://www.eafo.eu/vehicles-and-fleet/m1
※4 中国 中国⾃動⾞⼯業協会(CAAM)を参考
http://www.caam.org.cn/chn/4/cate_31/list_45.html
※5 一般社団法人日本自動車工業会を参考
http://www.jama.or.jp/world/world/world_1t2.html
※6 一般社団法人日本自動車販売協会連合会を参考
http://www.jada.or.jp/data/month/m-fuel-hanbai/#
※7 INSIDE EVs を参考
https://insideevs.com/news/343998/monthly-plug-in-ev-sales-scorecard/
※8 ESS(電力貯蔵システム)・定置用蓄電システム向け二次電池の世界市場の調査結果(2020年7月17日)プレスリリースより引用

図表

遊佐 昭紀

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