2021年01月12日
地球環境
研究員
亀田 裕子
それは、引き出しの底から出てきた―。ずっと使っていなかった腕時計。コロナ禍で家にいる時間が増え、これまでアンタッチャブルだった収納ラックの中を、ついに断捨離しようと決断したのだ。「これを機に、不要なモノとはお別れしよう」―。そう決意して引き出しを開け、中身を出していく。こうして腕時計が約10年ぶりに「発見」された。
ゴールドのフレームに、モスグリーンの革ベルト。シックな外装を気に入り、学生時代から愛用していた。しかしその後、2度の出産を機にいつしか使わなくなった。小さな子ども2人と過ごす日々はせわしなく、汗と汚れにまみれていた。「今の自分にはふさわしくない」と仕舞い込んだまま、その存在自体を忘れていた。
思いがけず発見した腕時計は、もちろん電池が切れ、文字盤を覆うガラスも内側から曇っていた。「でもまだ使える。また使いたい」―。そう思い立ち、近所の時計店へ。店主は「電池を換え、ガラスも拭けば大丈夫」と言う。自分ではとてもできない作業なので修理をお願いする。
交換の際、どんな電池が入っているのか気になり、見せてもらった。中にあったのは、直径5ミリの小さなボタン電池。刻印されているメーカーと型番を頼りに調べてみると、3種類に大別されるボタン電池のうち、「酸化銀電池」という種類らしい。
ゴルフボールと並べたボタン電池
(写真)筆者
その原料は酸化銀と亜鉛だ。鉱物資源のうち、埋蔵量・産出量が多いものは「ベースメタル」と呼ばれる。また、希少で耐腐食性があるもののうち金など8元素を「貴金属」、それ以外を「レアメタル」という。銀は「貴金属」、亜鉛は「ベースメタル」の仲間だ。
これまで、電池が何からできているのか、あまり考えたことはなかったが、こうして調べてみると興味が湧いてきた。久しぶりに元素周期表をネット上で引っ張り出すと、高校生時代の化学の授業がよみがえってきた。
家の中を見回してみると、電池で動いているものが実に多いことに気付く。時計のほか、ゲーム機や携帯電話、パソコン、マウス、充電式掃除機、電動自転車...。挙げ始めたらキリがない。先述のボタン電池をはじめ、乾電池やリチウムイオン電池などにもマンガンや亜鉛、リチウムなどの鉱物資源が使われている。
電池に限らず、家庭で使う機器には鉄やアルミニウム、金、銀、銅といった鉱物資源が含まれる。こうしてみると、もはやわたしたちの生活は鉱物資源なしには成り立たない。
ところが、ベースメタルもレアメタルも日本はほぼ全量を輸入に頼るのが実情だ。国内でも埋蔵が確認されないわけではないが、産出量や環境問題などを勘案すると、経済合理性で輸入品に劣る。ただし、こうした鉱物資源の産出地域には偏りがある上、政情不安がある国も少なくない。
輸入依存度100%のベースメタルとレアメタル
(出所)資源エネルギー庁を基に筆者
例えば、主要レアメタルと呼ばれるリチウム、コバルト、ニッケルの鉱山は特定の国に遍在する。米国地質調査所(USGS)「MINERAL COMMODITY SUMMARIES 2020」によると、リチウムの産出量はオーストラリア、チリ、中国の上位3カ国で9割近くを占める。コバルトはコンゴが圧倒的で、ロシアとオーストラリアを引き離す。ニッケルはインドネシア、フィリピンのアジア勢にロシアが続く。
主要レアメタルの上位産出国
(注)産出量は2019年
(出所)USGS 「MINERAL COMMODITY SUMMARIES 2020」を基に筆者
日本のように輸入依存度が高ければ、供給面でのリスクも高まる。実際、2015~2018年の世界的な需要拡大に伴うリチウム価格高騰のほか、直近ではコロナ禍によるサプライチェーンの混乱で鉱物資源の安定確保が重要課題としてクローズアップされた。
こうした課題に対し、調達先の多様化や備蓄の積み増しで対処するしか「解」はないのか。それだけではなく、筆者は国内での資源循環の促進も有力な対策になり得ると考える。着目すべきは、家電などの廃棄物に含まれる鉱物資源の活用。いわゆる「都市鉱山」と呼ばれるものだ。
国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)によると、国内に都市鉱山として眠る金は約6800トンに上り、世界の現有埋蔵量の16%に相当する。銀も約6万トンで22%に当たるという。
都市鉱山を活用するには、国内で資源循環を進める必要がある。つまり、鉱物資源が使用される製品を確実に回収し、再資源化する仕組みを構築しなくてはならない。それに欠かせないのが、製品ごとの使用量と、その製品が製造・流通・販売といったサプライチェーン上のどこにどれぐらいあるのかといった「情報」の把握だ。こうして都市鉱山に眠る鉱物資源の「埋蔵量」が明らかになれば、海外依存が高かったり、供給不安が生じたりするものについて重点的なリサイクルやリユースが可能になる。
情報把握でカギを握るのが、デジタル技術の活用だ。例えば、環境省が推進する「資源循環×デジタル」プロジェクトでは、メーカーや素材事業者、リユース・リサイクル事業者が一体となり、資源循環に関する情報共有を図るためのプラットフォーム(=基盤)の整備が掲げられる。具体的な検討はこれからだが、使用済み製品や有用金属などの情報のデータベース化により、国内の効率的な回収や資源のさらなる有効活用が期待される。
共有情報として検討されているのが、①使用履歴や製品性能②製品の種類・性状や、有用・有害物質の含有・非含有情報③処理工程―などである。こうした情報を共有することによって、社会全体にリユースの必要性を訴え掛け、効率的なリサイクルを推進しながら、鉱物資源の再活用を促すのだ。
この情報プラットフォームの目的は、資源循環率を高めるだけではない。トレーサビリティー(=サプライチェーンにおいて各工程の情報を追跡)の確保によって、資源循環に関わる企業がコンプライアンス意識を強化し、投資家がESGの観点を踏まえて投資を促進するといった効果も期待されるのだ。
資源小国の日本だからこそ、デジタル技術を駆使して循環経済(サーキュラーエコノミー)のモデルを構築し、世界を先導していく気概と覚悟が求められるのではないだろうか。
本稿執筆に当たり、安井至・国際連合大学名誉副学長から下記のコメントをいただいた。
安井 至氏(やすい・いたる) |
サーキュラーエコノミーは、今後必要不可欠の社会的仕組みであると考えている。その理由は、地球資源の限界と、今後予想される世界人口の大幅増加の深刻化が、今世紀の半ばまでには必ず起きる、と考えているからである。
まず、世界人口の未来予測については、日本では、総務省統計局がデータを出している。それによれば、今世紀中にはアフリカの人口増加がゼロになることはなく、既に低下傾向にあるアジアでの人口増加率もゼロになるのは、2060年頃ではないか、と予測している。となると、地球資源をできるだけ使わない形態でのサーキュラーエコノミーを実現しなければならないだろう。
では、どのような仕組みが必要なのだろうか。資源的な限界を考えれば、第一の条件として、品質を高度化し、できるだけ長い寿命の製品を作ることが必須となるであろう。しかし、人間の欲望も恐らく膨らんでいくことを考えると、いくら高品質・長寿命の製品であっても、消費者はわがままなので、しばらくすると、飽きてしまって、次の製品に替えたいと思うに違いない。
となると、2030年頃には、製品の販売者は、その製品を誰に売ったかを記録する仕組みを確立することが必要である。その手法はと言えば、デジタル化・IoT(モノのインターネット)化以外に無いだろう。そして、時々、買い手に対して、「そろそろ次の製品と現在使っている製品を交換しませんか。そうすれば確実に回収します」と勧誘することが、利益を確保するために必須となるだろう。
このような対応を、最も早く行う必要があるのが、飽きがくるのが早い身に着ける製品、すなわち、衣料品業界、アクセサリー業界などであろうが、最終的には、ほぼすべての製品も、このような販売形態になると考えられるのでないかと思う。
亀田 裕子