2021年02月10日
地球環境
主席研究員
米谷 仁
米国のバイデン新大統領就任によって、世界で環境問題への関心が一段と高まり始めた。バイデン氏は2020年大統領選から環境分野への巨額投資方針を掲げ、政権発足直後から矢継ぎ早に大統領令を発出。その中に温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」への復帰や公有地での石油・天然ガスの新たな掘削の禁止などを盛り込むなど、環境に後ろ向きだったトランプ前政権との差を内外に印象付けた格好だ。
「パリ協定」復帰を宣言したバイデン米大統領
(出所)バイデン氏のツイッター(@JoeBiden)
今でこそ世界のホットイシューになった環境問題だが、外交課題の中ではユニークな位置付けをされてきた。例えば、日中韓の間では2000年前後から首脳会合をはじめ、保健や教育、経済貿易、観光などさまざまな分野での大臣会合が開かれてきた。しかし日中、日韓の間では、領土や歴史認識、安全保障などの政治問題をめぐり外交関係がしばしば悪化し、大臣レベルの交流も中断した。そんな中で1999年に始まった日中韓環境大臣会合は、1度も途切れることなく2019年まで毎年開催されてきた。
主な日中韓大臣会合の開催状況(2019年度まで)(出所)筆者
その理由は、環境課題が外交において必ずしも主要議題に位置付けられず、政治的、経済的な課題とは距離を置いて扱われてきたからだと考えられる。加えて環境課題は、いったん解決に向かえば各国が一様にハッピーになるからではないか。
筆者は1998〜2001年の間、北京の在中国日本大使館で1等書記官(環境担当)として勤務。日中ともにハッピーになる分野は「案外少ない」と実感した。当時は、対中政府開発援助(ODA)を活用して農業分野の協力なども盛んだった。だが中国が技術力を高め、良い産品を安価で生産できるようになると、日本にとって強力な競争相手になってしまうのだ。
その点、環境課題では例えば大気汚染一つとっても、北京や上海の空気がきれいになれば、偏西風で日本に運ばれる汚染物質が減る。水質汚濁の問題でも、排水中の汚染物質がやがては海に流れて拡散することを考えると、中国で対策が進むことは日本も歓迎すべきなのである。また、二酸化炭素(CO2)排出問題に関しても、今や世界最大の排出国である中国が有効な対策を講じれば、日中両国のみならず全人類にとっても大きな意味を持つ。
環境分野では当時、市民レベルでの協力も盛んに展開されていた。夏になると多くの日本の団体が植林活動で訪中。いくつかの団体に同行すると、半日程度の植林作業を中国側の団体とともに行い、終わると皆で歌っていた。これには私の上司だった駐中国大使も「なぜ日本人はこんなに中国に木を植えに来たがるのかねえ」と首をかしげていたが...
そんな中で、筆者はカウンターパートである中国国家環境保護総局(現生態環境部)の担当者との間で、お互いの子育ての苦労の話などもしながら、「これからも日中の間では波が高くなる時もあるだろう。それでも、わたしたち環境関係者はずっとつながっていよう。そして本当に深刻な対立になった時に、わたしたちのつながりが両国の平和や友好を支えられるといいね」と話していたものだ。
あれから20年―。環境問題は人類全体の生存を脅かす課題だとの危機感が高まり、先進7カ国(G7)などでも主要議題の1つとして挙がるようになった。
難しいのは、環境問題がシリアスになればなるほど、「地球の温暖化や生物多様性の減少を食い止めなければならない」という総論で一致しても、各国がどのような責任を負うかという各論に入るとなかなかまとまらないことだ。自然や社会、歴史的条件が異なる中で、責任分担の公平性をめぐって利害が対立するからだ。実際、国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)では議論が紛糾し、当初の会期を延長して取りまとめを行うことが通例となっている。
ではこうした違いを乗り越えて、各論でも一致をみるにはどうしたらよいか。筆者は先述のような市民レベルあるいは草の根での協力に基づく、意見交換や提案がカギを握ると考える。特に、民主主義国家においては、国の意思決定の根拠は「国民の意思」に沿い、それを体現することにある。ICT(情報通信技術)の普及によって、国境を越えた交流が身近になった。市民や民間団体はリアルタイムでつながり、国益の対立を超えた合意案を見出した上でそれぞれの政府に働きかけていく―。そんな構図が期待できないだろうか。
「そうは言っても中国は共産党の一党独裁体制だ。市民が意見を自由に発信することもできないじゃないか」という声も、内外から聞こえてくる。しかし、一人ひとりの市民に直に接すると、同じようなことに悩み、喜び、そして同じような願いを持っていることはすぐに分かる。先に紹介した中国当局のカウンターパートとの交流を思い返してみても、政治体制が異なろうとも人間としての悩みは似たり寄ったりだ。
人類共通の課題に対し、草の根レベルの連帯が進化しながら、国益を乗り越えて一致にたどり着く。環境問題への対応を端緒として、そのような取り組みがこの21世紀に展開されることを切に願う。
米谷 仁