2021年02月24日
地球環境
研究員
大塚 哲雄
冬は雪害、夏は台風や豪雨。そして季節を問わず、常に地震の脅威にさらされる災害大国・日本―。2021年2月13日深夜には、宮城、福島両県を中心に最大震度6強の地震に見舞われ、10年前の東日本大震災を思い起こされた方も少なくないだろう。新型コロナウイルスの猛威が続く中、被災地の皆様の心労を考えると胸が締め付けられる。心からお見舞いを申し上げたい。
今季の雪害といえば、2020年12月に関越自動車道、2021年1月には北陸自動車道・国道8号において、大雪のため多数のクルマが立ち往生したことが記憶に新しい。
北陸自動車道を管理する中日本高速道路(NEXCO中日本)は復旧後、今回の事態を招いた原因を分析した報告書を公表。それによると、タイムリーな情報収集や関連組織との情報共有、地域住民・関連企業への情報提供などがいずれも適切に行われていなかった。例えば、悪天候でヘリコプターやドローンが活用できない、朝夕の定例会議以外に情報共有がされない、広報活動の内容・頻度が十分ではない...。「ないない」尽くしの問題点が率直に列挙されている。
クルマが立ち往生した原因
(出所)NEXCO中日本「福井県集中降雪を踏まえた対応について」に基づき筆者
こうした問題点を解決するにはどうすればよいのか。筆者は①情報収集・共有・発信といった主にIT活用で対応可能な事項②「予測が外れても構わない」という覚悟の上での迅速な判断など、有事における運用面での改善―が求められると考える。
しかし、事はそう単純ではないようだ。実は、北陸自動車道や国道8号では2018年にも同じ地域で同様の雪害が発生し、国土交通省が今後の対策に関する報告書をまとめている。その中には、関係機関との連携強化や情報収集・提供の工夫、新技術の積極的な活用、除雪体制の強化、予防的な通行規制などが明記されているのだ。
こうした対策は、NEXCO中日本が今回挙げた原因とほぼ同じのように読み取れる。わずか3年前の教訓を活かせなかったわけだ。予算や組織の「壁」が阻むのか、災害対策の改善には時間がかかるのが常だ。
被害の甚大化を招く要因はそれだけでない。自然災害発生時の人間の行動を研究する日本防火・危機管理促進協会の野上達也・主任研究員に取材すると、「雪害のみならず水害、地震などの災害に直面すると、人間には『楽観主義バイアス』という心理が働き、自分に限って大丈夫だと思い込んで行動する傾向がある」と指摘した。楽観主義バイアスとは、警報や注意報が出ても「自分だけは災害に合わない、大丈夫だろう」という認識が勝って行動する心理を指す。
楽観主義バイアス(イメージ図)
(出所)南海トラフ地震予測対応勉強会「情報をどのように伝えるか」(邑本俊亮、2018)を参考に筆者
次に、国道8号沿いに位置する福井県坂井市の北川直規まちづくり推進課長に話を聴いた。事前に大雪が予報されていたにもかかわらず、(現存天守閣では最古の建築様式を持つ)丸岡城観光を強行したため、「車が雪の中でスタックしてしまった」と話す救出者がいたという。大雪でも予想以上に通行量が減らなかったのは、「自分だけは大丈夫」という楽観主義バイアスが働いたからではないか。
大雪で多数の車が立ち往生した国道8号線(福井県坂井市)
(提供)坂井市
前出の野上氏は「大雪や大雨の注意報や警報が発令された際には、楽観主義バイアスが働くことを人々が意識する必要がある。日ごろから防災訓練時にこのバイアスについて行政が繰り返し説明し、まずは多くの人に認識してもらうことが重要だ」と強調する。
北川課長も、楽観主義バイアスが想像以上の被害をもたらすと指摘する。「大雪による立ち往生で交通や物流がマヒすれば、物資は途絶える。特に高齢者などの弱者は買い物にも行けなくなり、食料の確保も困難になる。人工透析にも行けない。今回、坂井市内の小学校は5日間休みにした。休園できなかった保育園も数日は給食を提供できず、保護者のお弁当で対応していただいた」という。
今回の大雪による災害に限らず、2018年の西日本豪雨、2019年の台風19号による千曲川や多摩川での水害など、「数十年に一度」のはずの天災が毎年のように日本列島を襲う。その対策の1つとして、IT技術やSNSなどを活用した災害情報が大量に発信される。だが、それを受けてどう行動するかは、われわれ一人ひとりの判断に懸かる。
例えば、楽観主義バイアスを修正するためには、まず自分の行動がもたらす影響に思いを馳せるように心掛けたい。それだけでも、人間の心理はリスクテイクを自重する方向に傾くと思う。そして欠かせないのが、過去の教訓から謙虚に学ぶ姿勢だと思う。「天災は忘れたころにやって来る」ではなく、「天災は忘れる前にやって来る」を肝に銘じたい。
大塚 哲雄