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脱炭素化を促すカーボンプライシング

=加速する国際潮流に日本企業も備えを=

2021年03月15日

地球環境

主任研究員
遊佐 昭紀

 コロナ禍に見舞われた2020年、経済復興への期待も込めて、世界の主要国は積極的な気候変動対策を打ち出した。日本政府も昨秋、二酸化炭素(CO2)など温暖化ガスの排出量を「2050年に実質ゼロ」とする方針を公表し、従来目標(=2050年に2013年比80%削減)の前倒しに動き出す。その実現に向けた政策の1つとして注目を集めるのが「カーボンプライシング」だ。

 カーボンプライシングとは、CO2排出量に価格を付け、電力会社に代表される排出主体のほか、製造業や家庭などの消費主体に経済的な負担を求める政策だ。経済活動で生じたCO2は地球温暖化の主因とされ、長期間にわたる蓄積によって気候変動が深刻化している。

 その結果、熱波・旱魃(かんばつ)による農作物への被害や、洪水・海面上昇による財産への損害といったリスクが増大し、社会全体で多大なコスト負担が生じる。そこでCO2の排出主体と消費主体に対し、社会コストの一部を直接転嫁することで排出量削減を促し、脱炭素化を進めようというのがカーボンプライシングの考え方だ。

 下図で示すように、カーボンプライシングには民間主導のものもある。まずは政府部門の政策により、CO2に含まれる炭素の排出量に価格を付ける「明示的なカーボンプライシング」について説明する。具体的には「炭素税」と「排出枠取引制度」の2種類がある(下図参照)。

カーボンプライシングの種類

図表(出所)環境省や経済産業省などを基に筆者

 炭素税とは、CO2排出量1トン当たりに課税するもので、政府が税率(カーボンプライス=炭素価格)を設定する。一方、排出枠取引制度は、政府が国内・域内全体の排出削減量を設定した上で、排出主体と消費主体に排出枠を割り当てる。その排出枠を超過した主体と逆に余らせた主体が、排出枠を市場で取り引きする仕組みだ。

 世界を見渡せば、炭素税は欧州諸国やカナダ、南アフリカ、コロンビアなどで導入済み。加えて欧州各国は、域内独自の「EU排出量取引制度(EU-ETS)」も確立し、気候変動政策の実効性を強める。その結果、一般的には逆相関にある環境対策と経済成長において、「デカップリング(分離)」を実現したと指摘されており、国内総生産(GDP)が拡大しつつもCO2排出量を着実に減少させる社会の到来を視野に入れる。

欧州・日本のGDPと温室効果ガス(GHG)排出量(1990年基準)

図表(注)GHGにはCO2のほか、メタン (CH4)、亜酸化窒素(N2O、=一酸化二窒素)、ハイドロフルオロカーボン類 (HFCs)、パーフルオロカーボン類 (PFCs)、六フッ化硫黄 (SF6)を含む
(出所)国連、経済協力開発機構(OECD)を基に筆者

 これに対し、日本は後れをとっている感を否めない。実際、日本は「地球温暖化推進税」という名の炭素税を導入済みだが、カーボンプライスは289円。EU-ETSカーボンプライスの2020年平均値は約3100円であり、炭素税の実効性には大きな差がある。

 今後は日本でも欧州並みのカーボンプライスが必要になるとの見方もあるが、負担公平性の確保が難題だ。日本の産業構造を見ると、CO2排出量のうち製造業が占める割合は約35%(2019年度)に上る(国立環境研究所温室効果ガスインベントリ「日本の温室効果ガス排出量データ(1990~2019年度)速報値」)。

 さらにその内訳を分析すると、鉄鋼業などエネルギー集約産業の排出が目立つ。仮にカーボンプライスが引き上げられると、こうした産業の負担はより重くなる。それによって例えば、中国、インドに続き世界第3位(2019年)の粗鋼生産量を誇る、国内鉄鋼業のコスト競争力が失われる事態も危惧される。雇用などへの配慮も必要になるだろう。

国内製造業の業種別CO2排出量・割合

図表(注)単位kt -CO2
(出所)国立環境研究所「温室効果ガスインベントリ」を参考に筆者

 さらに、既存税制との整理も必要だ。日本では先述の地球温暖化推進税とは別に、化石燃料には石油・石炭税やガソリン税などの石油関連税が消費量に応じて課税される。冒頭の表の「暗示的なカーボンプライシング」に含まれる政策だ。これらの税金は燃料価格に転嫁され、消費者も負担する。このため、節制を促し、結果的にCO2の排出抑制につながるという見方もある。

 その半面、CO2排出量に応じた課税ではないため、気候変動対策としては実効性に疑問符が付く。しかも歳出目的が定まっていない「一般財源」として活用されるなど、炭素税の本来の趣旨とは異なる。カーボンプライスが日本で「市民権」を得るためには、炭素税とその政策目的の関係を明確にする必要があるのではないか。

CO2排出量1トン当たりの日本の燃料価格構成例

図表(出所)環境省「我が国の環境関連税制」を基に筆者

 さらに、日本が取り組むべき炭素税をめぐる新たな課題が浮上してきた。EUを中心に検討されている「炭素国境調整措置」がそれである。これは、気候変動対策が不十分な国からの輸入品に対し、輸入域内のカーボンプライスに見合う炭素税を水際で課すものだ。

 グローバルな経済活動において、ある業種のカーボンプライスが国ごとに異なると、企業の国際競争力に不公平感が生じる。そこでこの影響を軽減するため、EUではカーボンプライスがゼロ、あるいは極端に低い域外国からの輸入品に対し、課税する炭素国境調整措置が検討されているのだ。制度案は2021年前半に公表予定だ。

 この炭素国境調整措置の導入検討はEUにとどまらない。先に就任したバイデン米大統領も選挙公約で「炭素排出抑制の国内政策の導入を前提に、炭素国境調整措置を併用する」とうたっており、米欧主導で国際的なルール作りが進む可能性がある。そうなれば、日本のグローバル企業への影響も決して無視できない。

炭素国境調整措置の仕組み(イメージ図)

図表(出所)環境省や経済産業省などを基に筆者

 では、このような国際的な潮流を受け、企業はどう備えておくべきなのか。企業が脱炭素化を図るには、さらなる取り組み強化や新たなイノベーションの創出などが必要だ。まずは社内に疑似的なカーボンプライシングである「インターナルカーボンプライシング」を導入すべきだという声が高まっている。冒頭の表中の「民間による自主的なカーボンプライシング」に含まれる施策だ。

 インターナルカーボンプライシングは、企業内で仮想の炭素価格を設定した上で、脱炭素化を促すものだ。例えば、排出枠以上にCO2を排出した部門から、その超過分に相当する金額を徴収する。当該部門の脱炭素化を促すばかりか、徴収した資金を企業全体の脱炭素化投資に活用できる。

 これによって企業は、具体的にどの部門でどんな施策を講じれば、脱炭素化が促進できるのかを可視化できる。脱炭素社会への対応を迫られる、企業の構造変革にも資するはずだ。

 企業にとって、気候変動対策は将来を見据えた新たな大きな投資だ。しかし、将来の脱炭素化社会のイメージを確立できなければ、具体的なアクションをとりにくい。そういったイメージを創り出す指標の1つとして、インターナルカーボンプライシングは有効でないだろうか。


インタビュー

カーボンプライシングの効果と内外動向
=有村俊秀・早稲田大学政治経済学術院教授=

 本稿執筆に当たり、カーボンプライシング研究に長年携わり、政府の各種委員会委員なども務める早稲田大学政治経済学術院の有村俊秀教授・環境経済経営研究所所長にインタビューを行った。期待される効果や内外動向などについて、専門家の視点から解説していただいた。

 ―カーボンプライシングに期待される脱炭素化の効果は。

 まずは、省エネ系の技術への投資が進むことが期待される。企業にとっては新たな需要創出にもつながり、経済全体にとってプラスになるのではないか。また、新たなイノベーションなどによって、想定よりも費用をかけずにCO2の排出削減を実現できるのではないか。

 もう1つはエネルギー燃料の転換だ。英国ではEU排出量取引制度(EU-ETS)の対象である発電事業者に対し(EU-ETSの排出枠価格が政府の想定より低迷し安価であったため)、排出枠(の市場取引)価格が政府の定める下限価格を下回った場合、その差額を発電事業者に(追加で)課す仕組み(=カーボンプライス・フロア)を2018年に導入した。これによって発電部門の低炭素化を促し、石炭のシェアが急激に下がった。(筆者注)英国は、EU離脱後の2021年から英国独自の排出量取引制度(UK-ETS)へ移行。

写真インタビューを受ける有村教授
(写真)筆者

 ―日本の現状は。

 日本では現在、石油・石炭税のうち地球温暖化対策税として、CO2排出量1トン当たり289円が一律に課されている。しかし石油・石炭税(本則)では、原油・石油製品に比べてLPG・LNGや石炭の税率が低い。これらにガソリンや軽油並みの課税が実現すれば、化石燃料からのエネルギー転換を促すことが考えられる。

 ―「炭素国境調整措置」を取り巻く状況をどう見るか。

 EUの炭素国境調整措置の話が、ここまで具体化したのは初めて。2008〜2009年ごろ、米国で同様の法案が検討された際には、相手国の排出状況をどう把握するか明確な指標がなかった。しかし今のEUは、いくつかのエネルギー集約的な産業に関し、排出枠取引で蓄積したデータがある。このため、欧州基準で税を課すことの実現可能性が非常に高くなっている。これまでとは大きく異なる。

 また、この措置を世界的に受け入れられる環境が以前より整ってきた。10年前は、「世界貿易機関(WTO)が唱える世界を実現し、みんなで豊かになろう」という雰囲気だった。しかし、米国のトランプ前政権下で米中の関税合戦などがあり、炭素国境調整措置を導入しやすい土壌が出来つつある。

 加えてバイデン政権は、気候変動問題が単なる環境問題ではなく、安全保障問題上のリスクと捉えるべき課題だと位置付ける。したがってWTOとしても安全保障の視点から、例外的に(炭素国境調整措置を)認めるというロジックが出てくるかもしれない。

 ―日本への影響はどうか。

 (CO2排出量に直接課税しない)暗示的カーボンプライシングが、国際的にカーボンプライシングとして認められるかという議論がある。日本は従来、省エネ法への対策や自主行動計画などによる削減努力を評価されてきた。しかし、これが国際的に通用するかというと難しい。国際的なワークショップなどでも、日本の炭素税である地球温暖化対策税は「炭素価格の設定が非常に低い」と見られている。

 また日本では、運輸部門に対する暗示的なカーボンプライシングが高い。一方で、製造業はそれほどでもない。今後、製造業のそれをどの水準に設定していくべきか、それを適正かどう証明するのかが必要になる。(欧州による炭素国境調整措置の導入時に)日本は地球温暖化対策税に加え、暗示的なカーボンプライシングであるエネルギー課税までカウントしてもらえるか。今後の政府の働きかけ次第だろう。

 ―日本企業は「インターナルカーボンプライシング」をどのように活用すべきか。

 カーボンプライシングが効果的・効率的にCO2排出を削減するという、経済学的な前提に基づけば、企業が自社内で積極的に推進することが必要だと考えている。将来、政府によってカーボンプライシングが政策導入される事態に備え、自社がどういう影響を受けるかをシミュレーションすることが有効だからだ。

 その場合、企業内の部門ごとに「課税」する形が望ましい。ただし、初期段階では難しいと思う。まずはCO2排出の「見える化」という観点から、どの部門のどの業務にどれぐらいのカーボンプライスが付くのか。それを検討するとよいのではないか。

 これは、(科学的知見と整合したCO2削減目標を設定する)SBTi(Science Based Targets initiative )を実現するためにも有効だ。SBTiで目指す自社の姿は、「カーボンプライシングがいくらであれば事業を存続させる意味があるか」を考えることにもなり、経営にとって大変有意義だと思う。

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 有村 俊秀氏(ありむら・としひで)
 早稲田大学政治経済学術院教授・環境経済経営研究所所長
 1992年東京大学教養学部卒業、筑波大学環境科学研究科修士課程修了、ミネソタ大学博士(経済学)。上智大学経済学部教授などを経て2012年4月から現職。未来資源研究所(米ワシントン)及びジョージメーソン大学の客員研究員、 環境省中央環境審議会委員、東京都環境審議会委員、内閣府経済社会総合研究所客員研究員、文部科学省学術調査官などを歴任。

遊佐 昭紀

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