2021年04月05日
地球環境
研究員
亀田 裕子
「わが国は2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」―。2020年10月、菅義偉首相は所信表明演説で「カーボンニュートラル」を高らかに宣言した。しかし、日本は世界第5位の二酸化炭素(CO2)排出国。果たして実現可能なのだろうか。CO2を全く出さない「ゼロエミッション火力発電」を研究開発する、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)を取材しながら、その可能性を探った。
毎日のニュースでは、電気自動車(EV)の普及などに注目が集まるが、カーボンニュートラル成否のカギを握るのは発電部門の脱炭素化だ。国立環境研究所によると、2019年度の国内CO2排出量のうち、発電所などのエネルギー転換部門が4割を占める。仮に自動車などを電化しても、車載用電池の充電に使う電気の脱炭素化が進まなければ、目標達成はおぼつかない。
国内CO2排出量の部門別シェア(2019年度)
(注)シェアは他部門へ電気・熱を配分する前
(出所)国立環境研究所を基に筆者
現状、日本は電力の7割以上を火力で賄う。火力発電は石油や液化天然ガス(LNG)、石炭などの化石燃料を燃やすため、大量のCO2を排出する。この現状を打破しない限り、2050年カーボンニュートラルは到底実現できない。
脱炭素に向け、一時は原子力発電の拡大が模索された。しかし、2011年の東日本大震災・東京電力福島第一原発の事故をきっかけに、原発の稼働率は低下を余儀なくされた。太陽光や風力など再生可能エネルギーの利用も増えてはいるが、高コストなどの問題でその拡大には限界がある。
日本の電源構成比(2019年度)
(出所)環境省を基に筆者
こうした中で期待が高まるのが、火力発電でもCO2排出ゼロを実現する「ゼロエミッション火力発電」。さまざまなタイプがある中、注目を集めるのが水素を燃料にして発電を行う「水素火力発電」だ。水素は多様な方法で製造可能な上、燃やしても水しか出さないのが大きなメリットになる。
「水素を使った発電」と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、燃料電池だろう。トヨタ自動車の燃料電池車「MIRAI」や、ガス会社の家庭用電熱供給機「エネファーム」などでおなじみのように、既に実用化済みの製品も少なくない。これらと水素火力発電はどう違うのだろうか。
まず燃料電池は、その内部で水素と酸素を化学反応させることにより、電気を取り出す。中学校の理科で、水に電気を流して水素と酸素を発生させる「電気分解」の実験をした人も多いだろう。簡単に言えば、その反応を逆にしたのが燃料電池による発電。つまり、水素と酸素を化合させて水を作るわけだ。
燃料電池の仕組み
(出所)資源エネルギー庁を基に筆者
これに対し、水素火力発電は水素自体を「燃やす」ことでエネルギーを取り出す。理科では、電気分解で発生させた水素を試験管に移し、火を近づける実験がある。「ポン!」という音とともに、水素が燃えた光景を覚えている人もいるだろう。この反応を利用するのだ。
具体的には、水素を燃焼器で燃やすことで高温の燃焼ガスを発生させ、それによってガスタービンを回す。この回転を発電機に伝え、電気を生み出すのだ。基本的にはLNG火力発電などと同じ仕組みであり、燃料が水素に置き換わっただけ。燃やす際には、水素が空気中の酸素と結合して水になる。化石燃料と違って水素は炭素を含まないため、燃やしてもCO2が出ない。
水素火力発電の仕組み
(出所)資源エネルギー庁を基に筆者
この水素火力発電の技術開発に取り組むのが、NEDOである。2014年から「水素社会構築技術開発事業」を進めており、その一環として2017年12月、神戸ポートアイランド(神戸市)に実証プラントを完成させた。
翌2018年4月、世界で初めて「水素燃料100%の発電」による市街地への熱電供給を実現。この施設だけで1時間当たり約2200世帯分の電力需要を賄えるという(NEDO試算)。
NEDOの実証プラント(神戸ポートアイランド)
(提供)川崎重工業
この発電の仕組みはこうだ。燃料には液化水素(マイナス253度)を使う。それを気化させて燃焼器で燃やし、発生した燃焼ガスをガスタービンに送って発電する。
神戸ポートアイランドの実証プラント(イメージ図)
(注)2018年4月時点
(出所)「水素・燃料電池プロジェクト評価・課題共有ウィーク」(経済産業省・NEDO共催)
また、その排熱もボイラーに送られて蒸気を発生させ、近隣の病院やスポーツセンターの暖房・給湯などに使われる。発生する電気と熱の両方を利用することで、エネルギー効率を引き上げる「コジェネレーション」システム(CGS)である。
水素ガスタービンCGSシステムの仕組み
(提供)川崎重工業
このシステムの最大の利点は、一般の火力発電施設をほぼそのまま利用できること。NEDO次世代電池・水素部の横本克巳・主任研究員は「水素供給設備は必要ですが、既存発電設備のうち、燃焼器を水素用に代えるだけです」という。新たな施設を建設するのに比べ、コストを大幅に削減できるのだ。
CGSの試験運転では、①水素のみを燃料とする「専焼」②水素と天然ガスを一緒に燃やす「混焼」―のいずれにおいても、燃焼の安定を確認できた。
横本さんは「現状では水素は調達・大量生産に課題があり、専焼型の普及には時間がかかるでしょう。そこで、天然ガスを混ぜて使える混焼の技術から、開発に着手することにしました」と語る。
NEDO次世代電池・水素部の横本克巳・主任研究員
(提供)NEDO
川崎重工業が天然ガス用燃焼器を改良し、水素と天然ガスの混合比率をコントールする。横本さんは「日本発の専焼・混焼技術を世界にアピールしていきたい」と意気込む。
「水素専焼」時の運転状態を示す制御画面
(出所)NEDOニュースリリース
着々と水素火力の開発を進めてきたNEDOだが、その途中では2つの技術課題に直面し、苦心の末にそれを乗り越えたという。
まず、水素は燃焼速度が速いため、燃焼器の火口から出る炎が反対方向に戻ってしまう、いわゆる「逆火」が起きやすい。この現象を防ぐため、燃料ノズルの改良に取り組んで成功を収めた。
もう一つの課題が、燃焼器の温度管理。水素を燃焼させると非常に高温になるため、空気中の窒素と酸素が結びついて窒素酸化物(NOx)が多く発生してしまう。NOxは地球温暖化だけでなく、大気汚染を引き起こす厄介な物質。その発生を避けるには、燃焼器の温度を下げる必要がある。
2018年の実証実験では、燃焼器に水を噴射して燃焼温度をコントロールする「水噴射方式」を採用した。翌年には、水を使わずに温度をコントロールできる「ドライ燃焼方式」の水素専焼燃焼器の開発がスタート。翌2020年、世界初の「ドライ低NOx水素専焼ガスタービン」が誕生した。この方式ならば、高い発電効率とNOx排出量低減の両立が可能になる。
このように、水素火力発電は実用化に向けて着実に前進している。しかし、水素エネルギー開発に長年取り組んできた横本さんは「水素専焼の発電設備が市場に導入されるまでには、時間がかかると想定しています」という。なぜなら、現時点では大量の水素を安く手軽に利用できる状況にはないからだ。
例えば、水素の生産過程でCO2が出てしまうと、水素火力発電を増やしても意味がない。このため、再生可能エネルギーを使って水を電気分解するなど、さまざまな水素の生産方式が検討されているが、生産コストが天然ガスなどに比べて割高なのが現状だ。
しかし、米国や欧州連合(EU)、中国などが「脱炭素」を打ち出したことで、水素供給網への投資が加速する見通しが強まってきた。NEDOのシステムは混焼が可能なため、水素供給網の整備状況やコストをにらみながら、燃料に混ぜる水素の割合を徐々に引き上げ、最終的に専焼を目指すこともできる。
一方、政府が目標とする2050年カーボンニュートラル時の「脱炭素電源構成」において、CO2フリー燃料の水素・アンモニアによる電力が10%を占める。この点からも、水素火力発電の拡大に向けて議論が進んでいくのは確実だろう。
発電部門では火力が主体の日本にとって、水素によるゼロエミッション火発は切り札、いや救世主のようにも思える。30年後、水素火力発電がけん引する形で、カーボンニュートラル社会が到来するよう期待したい。
亀田 裕子