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中国は大気汚染を克服したのか

=手放しで評価は時期尚早=

2021年05月18日

地球環境

主席研究員
米谷 仁

 中国は2021年3月5日、全国人民代表大会(全人代、国会に相当)を開き、李克強首相が例年通りに政府活動報告を行った。筆者は、その中で大気汚染がどのように取り上げられるのかに注目した。

 中国の環境問題は「公害のデパート」ともいわれるが、大気汚染はその中でも特に深刻なイメージがある。首都北京では2013~2015年ごろ、秋~冬にかけて街中がスモッグで真っ白になり、近くにあるビルさえ見えなくなった。人々が口を覆って歩いている映像をテレビで見た人も多いだろう。あれから数年経って、中国の大気汚染は改善したのだろうか。


写真スモッグで霞む街(2014年2月26日午後2時)
(提供)染野憲治氏

「政府活動報告」で記述が急減した大気汚染

 政府活動報告を読むと、かつては主要課題として単独でとり上げられていた大気汚染についての記述が、急速に減っていた。さらに今回は「青い空、澄んだ水、きれいな土を守る戦いを継続するという表現にとどまり、さまざまな環境問題の1つとしての扱いになった。

政府活動報告における大気汚染関連の記20210511_01B.png

(出所)中国・政府活動報告(2019~2021年)を基に筆者

 中国生態環境部(=日本の環境省に相当)の傘下にある政府系メディア「中国環境報」も、「第13次5カ年計画期間中、中国の深刻な汚染日数の割合は大幅に減少し、主要地域の改善はより顕著であった」と報じている。その理由としては、①専門家が秋冬の大気汚染の原因を明らかにし、自治体へ指導した②重点地区でクリーンな暖房と石炭の管理を推進した③排出削減対策の業績評価をし、これを基にした管理を推進した―ことなどを挙げた。

 政府活動報告と同時期に公表された「第14次5カ年計画と2035年遠景目標の概要(草案)」でも、二酸化炭素(CO2)排出削減などについて詳しく触れる半面、大気汚染については「主要な汚染物質の排出総量を引き続き減少させる」と素っ気なく一言で済ませている。

中国でも重要性が増す気候変動問題

 こうした変化は、中国が深刻な大気汚染を克服した結果だと考えてよいのだろうか。

 「大気汚染は今も重要課題です」―。15年以上にわたり中国の環境問題をウオッチしてきた、国際協力機構(JICA)専門家の染野憲治氏はこう指摘する。染野氏はJICAの「環境にやさしい社会構築プロジェクトチーム」のチーフアドバイザーで現在も北京市在住。その見立てでは、気候変動など他の問題への対応が重要になったため、相対的に言及される機会が減った面が大きいという(インタビューは本稿末に掲載)。

 例えば中国では、水質や土壌、廃棄物、化学物質など大気以外の公害問題が次々に浮上している。農村部など対策が遅れたエリアの環境問題にも、目配りが必要になってきた。

 さらに重要性を増しているのが気候変動だ。習近平主席は2020年9月、2030年までにCO2排出量をピークアウトさせ、2060年までにカーボンニュートラルを実現する「3060目標」を公表。また、先に米国が主催した気候変動サミット(首脳会議)でも、世界の半分を占める中国の石炭消費量について「2026~30年にかけて徐々に減らしていく」と宣言した。

 気候変動は国際的な関心が高く、対立が深まる米国と共闘できる数少ない分野の1つ。このようにより重要な問題が浮上してきたため、大気汚染に関する言及が相対的に低下したと考えられるのだ。

「PM2.5」平均濃度は低下したが...

 もちろん、大気汚染が改善しているのは事実だ。北京における微小粒子状物質「PM2.5」の平均濃度は2013年の89μg/m3から2019年には42μg/m3まで低下した。2013年1月に発生した大規模な大気汚染を受け、政府が大気汚染防止法を改正し、査察を強化したことなどが奏功した形だ。染野氏が北京で生活してきた体感でも、大気の状態は改善している。例えば2010年代前半まではモノが燃焼する時の焦げ臭い匂いを感じたが、最近はそうした日が減ったという。

北京市におけるPM2.5の年平均濃度の推移図表(出所)中国環境状況公報、中国生態環境状況公報を基に筆者

 ただ、大気汚染問題が解消したと手放しで評価するのは時期尚早だろう。冬季には視界が悪い日が続いており、数値的にも日本であればニュースになるレベル(日本ではPM2.5の暫定指針値である1日平均値70μg/m3以上に達すると予測される場合、自治体より注意喚起情報が発せられる)の日が少なくない。

 そもそも、大気汚染の解消はここからが難しい。日本の公害対策の経験からいえば、企業に対する規制は手段としては比較的容易だ。中国でも工場が脱硫装置を取り付けるなどの対策が進んだことが、大気汚染の緩和につながっている。一方、家庭用の石炭ストーブや旧型の自動車の利用など、一般市民の行動を変えるには時間がかかる。日本のPM2.5濃度には一定程度の大陸からの影響もあり、日本としても今後の推移を引き続き見守る必要があるだろう。


インタビュー

 JICA「環境にやさしい社会構築プロジェクトチーム」の染野憲治チーフアドバイザーにメールによるインタビューを行った。一問一答は次の通り。

 ―中国の大気汚染は改善され、もはや問題ではなくなったのでしょうか。

 今も重要課題です。一定の改善をみたことに加え、他の環境問題への対応が重要になったため、相対的に突出していた印象が薄れたと考えています。

 中国で大気汚染が喫緊の課題になったのは2013年。1月に京津冀エリア(=北京、天津、河北省)を中心に広範囲にわたり、PM2.5による大気汚染が発生した事件がきっかけです。政府は大気十条(=2013年6月に国務院常務会議が決定した大気汚染防止のための10の措置)の制定のほか、環境保護法や大気汚染防止法の改正と矢継ぎ早に対策を打ち出しました。環境査察による企業などへの監視強化もあり、例えば北京におけるPM2.5の年平均濃度は2013年の89μg/m3から2019年には42μg/m3へと低下しました。

 特に、硫黄酸化物(SOx)による大気汚染は相当程度、改善されています。中国におけるエネルギー消費総量は増加しているものの、一次エネルギー消費量に占める石炭の比率が1990年の76.2%から2018年の58.0%へと下がったことが大きな要因です。工場などでは脱硫設備の普及も進みました。

 しかし、窒素酸化物(NOx)についてはまだ不十分です。NOxは主にモノの燃焼によって発生するため、SOxに比べて対策が困難なのです。政府は脱硝設備の普及や排ガス規制などを進めていますが、排出総量は2007~2017年にかけて横ばい。大気中の濃度もSOxほど改善していません。

 ―政府活動報告などでは、今でもPM2.5やオゾン(O3)、その発生原因となるVOCs(揮発性有機化合物)について問題が指摘されています。

 今後はPM2.5とO3をいかに減らしていくかが課題となります。PM2.5については改善したものの、日本(=2018年度で平均12.0μg/m3)の3倍以上の水準です。特に冬季には、現在も気象条件によって300μg/m3以上の状況が数日間、続くこともあります。PM2.5の元となるNOxや、(塗料や石油製品などに含まれる)VOCsへの対策は引き続き必要でしょう。

 また、O3の濃度が上昇し、高止まりする傾向も見られます。VOCsの濃度が変わらない状況でNOxの濃度のみが下がると、O3の濃度がかえって上がってしまう「VOCs律速」という現象があります。PM2.5改善のためのNOx対策が、場合によってはO3の発生を促すこともあるのです。

 PM2.5やO3を減らすには、まずは、長期間の正確な観測データの収集や、排出インベントリ(物質別、発生源別の汚染物質排出量の一覧)の精緻化、シミュレーションモデルの高度化など調査研究を進める必要があるでしょう。

 このような結果を踏まえて具体的な対策を進めることが効率的ですが、現実には調査研究と並行して、排ガス規制の強化や電気自動車(EV)など新エネルギー車の普及などのNOx対策、ガソリンなど燃料の蒸発を抑制したり、揮発性ではない水性塗料を普及させたりするなどのVOCs対策を推進していくことが想定されます。

 ―中国の環境対策の中心は、廃棄物や気候変動に移っていくのでしょうか。

 当面は、米中対立など政治的背景から気候変動に注目が集まると思われます。ただし、中国はそれ以外にも多くの課題を抱えています。例えば「第14次5カ年計画」では、大気や水質、廃棄物などの分野に加え、内分泌攪乱科学物質(EDCs)、フッ素系化合物(PFOS、PFOA)、医薬日用品物質(PPCPs)、マイクロプラスチックなどを「新汚染物」に指定しました。

 今後は、地球規模の問題である気候変動と、地域レベルの大気汚染の両方に効果がある「コベネフィット対策」が重要視されるでしょう。近年の大気汚染対策は、石炭比率の減少や燃焼効率の改善をもたらし、副次的に気候変動対策にもつながっていたと考えられるからです。気候変動に関心が集まることで、副次的に大気汚染の改善や資源効率の向上(=廃棄物対策)が進む可能性もあるのです。


米谷 仁

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