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楽しい「介護食」を提供する3Dフードプリンター

=食料問題に挑む川上勝・山形大准教授=

2021年06月09日

地球環境

主任研究員
遊佐 昭紀

【編集部から】リコーグループは2021年6月を「リコーグローバルSDGsアクション月間」と定めました。
当研究所もSDGs関連のコラムを公開致しますので、御愛読のほどお願い申し上げます。


 技術革新によってわれわれの生活はより快適になるばかりか、有り様が一変することも少なくない。「食」の世界では今、まさにその変化が始まっている。

 山形大学有機材料システムフロンティアセンターの川上勝准教授は、「3Dフードプリンター」を使ってこうした技術革新を目指している。このプリンターは、食品をあたかも印刷するように造形する機器である。

 川上准教授らは介護食関連の企業と連携し、高齢者向け介護食の造形に取り組んでいる。介護食は通常、栄養素・カロリー情報・噛む力などを勘案しながら、要介護者の事情に応じて準備される。介護士や家族などの介護者が食事の都度、食材をミキサーで砕き、ゲル化剤を混ぜて硬さを調整する必要があるため、負担が非常に大きい。

 一方、3Dフードプリンターを使って介護食を造形すれば、要介護者の事情に合わせて必要な時に必要な分だけ安定した品質で作ることが可能。このため、介護者の負担を劇的に軽減できるのだ。加えて、硬いもの、軟らかいもの両方の食材の組み合わせができるため、食感・うまみを提供できるという。要介護者が「食」を楽しめる点が最大の特徴なのだ。

写真3Dフードプリンターで造形した寿司
(「マグロ」は硬く、「シャリ」は軟らかく)
(提供)山形大学

 現在、3Dフードプリンターで扱う食材はペースト状だが、川上准教授はさらなる可能性を追求する。つまり食材をペースト状にすることなく、「粉を粉のまま使う」という画期的な3Dフードプリンターの開発を目指しているのだ。

 一般的に、水分を含まない粉末状の食材であれば長期保存が可能。人工の動物性タンパク質を元にする「人工肉」も粉末状にすれば、介護食以外の分野へ応用が広がる可能性もある。このように、3Dフードプリンターは「未来の食」の提供を支援する夢の技術なのである。

 こうした食の技術革新は3Dフードプリンターにとどまらない。人工知能(AI)やモノのインターネット(IoT)を駆使することによって、食に関連するサプライチェーンのすべての領域で研究・開発が進んでいる。農業・畜産の効率化による生産性向上や、流通・配送の最適化による鮮度維持、代替食品の開発による供給の安定化などであり、これらは総称して「フードテック」と呼ばれる。

 日本で日々生活している限り、食に対する不安はあまり感じないかもしれない。しかし、世界的には地球温暖化がもたらす天候不順や、病害虫による大規模な飢饉、大気・水汚染に伴う食の安全崩壊など、さまざまな食料問題を抱えている。

 特に懸念されるのが、将来の食料不足だ。世界の食料需要は人口増加と相まって拡大している。農林水産省が2019年に公表した「2050年における世界の食料需給見通し」によると、2050年には2010年比で1.7倍(58.17億トン)の食料が必要になるという。

世界全体の品目別食料需要の見通し

図表(出所)農林水産省「2050年における世界の食料需給見通し」を基に筆者

 この予測には、世界的な気候変動による農地の増減も織り込まれている。例えば、地球上の平均気温が産業革命前と比べ2度程度上昇した場合、農地面積はオセアニアや中南米、アジアでは増加する一方で、北米やアフリカでは減少する見通し。その結果、世界全体では2050年の農地面積が2010年比でわずか4.7%増の16.11 億ヘクタールにとどまるという。画期的な技術革新が生まれなければ、世界的な食料危機が現実のものになるだろう。だからこそ、フードテックに期待が寄せられているのだ。今回紹介した3Dフードプリンターもその1つである。

 もっとも技術革新を待たずして、わたしたちが取り組めることもある。不注意による消費期限切れや食べ残しなどから発生する食品廃棄物(=フードロス)を減らすこともその1つだ。国連環境計画(UNEP)の報告書によると、家庭や外食産業などからの食品廃棄物が9億3100万トンに上ると推計される(2019年)。これは、世界の食料生産量全体の17%が食べられないまま廃棄されているに等しい。しかも、先進国に限った話ではなく、新興国でも起こっている。世界中の消費者が行動変容を求められるのだ。

世界の食品廃棄物量推計(2019年)

20210603_04A.png(出所)UNEP「FOOD WASTE INDEX REPORT 2021」を基に筆者

 実際、日本では食品廃棄物を減らすための取り組みが始まっている。2019年10月に施行した「食品ロスの削減の推進に関する法律(食品ロス削減推進法)」に基づき、国は地方自治体や事業者、消費者と連携しながら、人々の行動変容を促進する。中国はさらに強権的な措置を講じた。会食時には招かれた客が食べ残すまで料理を提供し続ける習慣があったが、2021年4月に反食品浪費法を施行。飲食店での大量の食べ残しを禁じたり、大食い動画の配信を規制したりするなど国を挙げて行動変容を促す。

 自分の生活に照らし合わせても、①外食時・テイクアウト時に必要以上のオーダーをしない②冷蔵庫をこまめにチェックし、消費期限切れの食品を無くす―など今すぐにでも取り組めることは沢山ありそうだ。フードテックの進化を待つのではなく、まずは消費者側の行動変容で地球環境への負荷をいかに抑えられるか。一人ひとりが自らに問いかけていきたい。

図表


【インタビュー】

3Dフードプリンターで要介護者に食べる喜びを
=川上勝・山形大学有機材料システムフロンティアセンター准教授=

 フードとテクノロジーを融合させた「フードテック」という最先端技術が注目を集めている。その1つである3Dフードプリンターの国内第一人者、山形大学有機材料システムフロンティアセンターの川上勝准教授にインタビューを行い、技術開発の現状と未来について聞いた。

写真

 川上 勝氏(かわかみ・まさる)
 山形大学有機材料システムフロンティアセンター准教授
 1999年神戸大学 自然科学研究科 物理科学専攻、理学(博士)。日本学術振興会特別研究員(PD)、英国リーズ大学天文・物理学研究科博士研究員、JSTさきがけ研究員、北陸先端科学技術大学院大学マテリアルサイエンス研究科講師などを経て2014年4月から現職。インタラクティブなタンパク質の分子模型「川上モデル」を発明、商品化。

 

 -3Dフードプリンターの研究に着手したきっかけは。

 元々、生物物理や構造生物学などを研究していました。タンパク質の研究にも取り組みましたが、分子模型の構造があまりに複雑で情報量も多かったのです。このため、3Dプリンターを活用する「川上モデル」※を独自に開発しました。2014年に山形大学に赴任し、ハイドロゲル※※研究の第一人者である、古川英光教授とともにハイドロゲルを使い、臓器モデルの開発などに取り組みました。軟らかいものから硬いものまで幅広く材料を扱う3Dプリンターの研究です。

※3Dプリント技術を応用し、骨格構造を「分子表面形状をかたどった透明なシリコーン樹脂」で覆った分子模型
※※ハイドロゲル:高分子が相互に架橋されて3次元の網目状構造を持ち、その隙間に溶媒である水が満たされた材料のことをハイドロゲルと呼ぶ。

 当時、3Dプリンターはそれほど普及しておらず、あくまで試作段階にとどまっていました。物珍しい形を作って世間の注目を浴びる程度で、社会実装には至っていませんでした。そんな中、介護食を扱う会社との共同研究が始まり、食品もハイドロゲルの1つだということで、3Dフードプリンターの研究を始めたのです。

 -現在研究開発している3Dフードプリンターの特徴は。

 一般的なものは注射器のようなシリンジにペースト状の食材を入れ、ポンプで押し出すものです。われわれは3Dプリンターに不可欠なノズル(射出口)のシリンジにスクリュー型を採用し、軟らかいものから硬い食材まで対応できるようにしました。

3Dフードプリンターのシリンジ

20210603_07A.png(出所)日本画像学会誌を基に筆者

 加えて、ノズルを2つにしたのも特徴です。介護食に必要な硬い食材と、軟らかめの食材を別々のノズルに充填し、それぞれを織り交ぜて作ることで「食感を出す」工夫をしています。

写真3Dフードプリンターでの食材を造形する様子
(提供)山形大学
動画: https://www.youtube.com/watch?v=h0wu33zQx2U

 -3Dフードプリンターで介護食を作るメリットは。

 介護現場では人手が足りないため、要介護者一人ひとりに合わせて食材を最適化するのが大変なのです。3Dフードプリンターであれば、好みの硬さなど個人データをあらかじめ入手しておくだけで、最適な介護食を作れます。外見もありがちなスープ状ではなく、例えばブロッコリーペーストであればブロッコリーに似た形にすれば見た目が華やかになり、食欲も増すでしょう。

 要介護者側にもメリットがあります。「今日はこんなにきれいですよ」と華やかな見た目を伝えながら、食事を口に運んであげれば、コミュニケーションが滑らかになります。ケアする方の心理的負担が減るという効果もあるのです。

 在宅医療で家族と違うものを食べる場合、見た目だけでも同じような食事を提供できれば、家族と一緒に食べているという喜びを要介護者に与えられると考えています。

3Dフードプリンターで造形したおにぎり(左)とカボチャ(右)

写真(提供)山形大学

 -3Dフードプリンターの課題は。

 軟らかい食材の粘性をいかに制御できるかです。軟らかいが故に作った後に自重で横に広がるとか、上から重ねると下がつぶれるなどの問題があります。普通の3Dプリンターの場合、例えばプラスチックはあっという間に室温で固まりますが、食材はそうはいきません。

 解決策としては、食材を高めの温度で準備して射出することが考えられます。そうすれば、造形後に冷える過程で粘性が高まるのです。その一方で、温度を上げたままにしておくと、食材の劣化や雑菌の繁殖による衛生面の問題への対処が課題になります。

 -今後どのようなシーンで活躍を期待しますか。

写真インタビューを受ける川上准教授
(写真)筆者

 一般の人は、人の手が入った温かみのある食べ物に価値を見いだします。このため、3Dフードプリンターで作る料理は日常の食事にはなりにくいのです。

 その一方、研究開発には非常に向いています。人はどういう食材の配置・造形を美味しいと感じるのかという条件や、その相関をデータ化する際に当面活躍すると考えます。試食用サンプルの提供などに適しているのです。

 -食品ロス解決にも貢献しますか。

 3Dプリンターで現状使う食材はペースト状ですが、それを粉末にできれば長期保存が可能になります。必要なときにだけ水と混ぜてペースト状に戻すようになると、食品ロスの1つの解決手段として活用できるかもしれません。このため、粉のまま使える3Dフードプリンターの研究も進めています。

 将来、昆虫食へも応用できるかもしれなません。いったん粉にしてしまえば、形からくる違和感はなくなるのでは。世界的な食料危機を解決するためには、食材の形を全く変えてしまうというやり方もあり得ると思います。

図表

遊佐 昭紀

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