2021年09月27日
地球環境
主任研究員
遊佐 昭紀
エアコンや冷蔵庫などはわれわれが快適に生活するための必需品。冷蔵庫は低温によって食品を長期保存してくれ、エアコンは酷暑の日本で熱中症予防に欠かせない。
こうした機器には、冷媒(=熱を温度の低い所から高い所へ移動させるために使用される流体の総称)が使われる。通常、利用する機器の中に密閉されているが、いったん自然環境に漏れると、皮肉なことに地球温暖化の原因となってしまうのだ。
われわれが社会生活を営む中で排出する温室効果ガスは、地球温暖化の主因である。その大半は、化石燃料を燃焼させた際に発生する二酸化炭素(CO2)。2015年に採択された地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」を受け、各国の温暖化対策はCO2削減に集中している。
しかし、温室効果ガスはCO2だけではない。農畜産業から発生するメタンや一酸化二窒素(N2O)のほか、先述の冷蔵庫・エアコンの冷媒などで利用されるフロン類なども含まれる。2021年8月9日、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が公表したレポートでも、CO2だけでなく、「他の温室効果ガスも大幅に削減する必要がある」と改めて指摘された。
このうちフロン類については、以前利用されていた「特定フロン」(CFC=クロロフルオロカーボン、HCFC=ハイドロクロロフルオロカーボン)が、成層圏のオゾンを破壊するとして1970年代半ばから削減に向けて国際的な議論が活発に繰り広げられた。その結果、1985年のウィーン条約及び1987年のモントリオール議定書が採択され、国際的に強い規制が課せられたことで先進国では2020年までにほぼ全廃された。
ではなぜ今、温室効果ガスとしてフロン類が挙げられるのか。それは、上記規制後に「代替フロン」が登場したからだ。例えば、現在販売されている家庭用エアコンの冷媒は、オゾン層を全く破壊しない代替フロン類の1つである、HFC(ハイドロフルオロカーボン)が多く利用されている。問題は、このHFCの地球温暖化係数(=CO2を1として、他の温室効果ガスにどれだけの温暖化能力があるか表した数値)が、数百~約4千倍と非常に高いガスであるということだ。
「パリ協定」で取り扱う温室効果ガス
(出所)温暖化係数はIPCC第5次報告書(2014年)などを基に筆者
HFCの排出量は代替フロンとして世界的に急増中。とりわけ日本では、温室効果ガスの中で唯一増加傾向にある。さらに厄介なことには、不燃性で有害ではないものの、無色無臭なために機器からの漏洩に気づきにくい。
日本のCO2以外の温室効果ガス排出量推移(CO2換算排出量)
(出所)「温室効果インベントリ」(環境省)を基に筆者
もちろん、こうした状況を国際社会が黙って見ているわけではない。2016年10月にルワンダ・キガリで開かれた「モントリオール議定書第28回締約国会合(MOP28)」において、先進国と開発途上国の双方がHFCの生産・消費を段階的に削減するモントリオール議定書改正(キガリ改正)を採択。2019年1月に発効した。HFCの段階的な削減や規制強化は既に各国で始まっているのだ。
キガリ改正によるHFCの段階的削減目標
(注)途上国第2グループには、印、パキスタン、イラン、イラク、湾岸諸国が含まれており、
それ以外の発展途上国が途上国第1グループ
(出所)筆者
日本もオゾン層保護法を改正し、2019年にHFCを規制対象に追加。さらに2020年4月には、フロン排出抑制法を改正し、フロン類の廃棄時回収率向上を後押しする政策も強化している。
このため今後、HFCの利用が制限されるのは避けられない。そこで不可欠となるのは代わりの冷媒の開発だ。2018年度から5年間にわたり、国立研究開発法人新エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)がプロジェクトを実施中。産学官連携でHFCに置き換わる「グリーン冷媒」の研究開発を推進している。
このプロジェクトでは、地球温暖化係数が150程度に抑えられる冷媒の実用化を図り、2029年度には最大で572万トン(CO2換算)の温室効果ガスの削減効果を狙う(詳細は後掲「インタビュー」参照)。
このように新たなグリーン冷媒の開発が進む。一方で、当面われわれが徹底すべきことは、エアコンなどの機器に使われるHFCなどの代替フロンをいかに大気中に漏洩させないかだ。
日常の生活では、こうした機器を廃棄する際には通常、業者に引き取ってもらう。そして、業者が適切にフロン類の破壊(=無効化)処理を行うことで、自然界への漏洩を防ぐことができる。
しかし、一部の悪質な業者による機器の不法投棄が、後を絶たないのも事実。機器が腐食すれば、充填されている代替フロンの漏洩は避けられない。つまり不法投棄は、その土地の環境を破壊するだけでなく、地球温暖化にも悪影響を及ぼす「二重公害」を引き起こすのである。
日本における廃家電不法投棄
(注)家電リサイクル法に基づく廃家電4品目(エアコン、テレビ=ブラウン管式及び液晶・プラズマ式、
電気冷蔵庫・電気冷凍庫、電気洗濯機・衣類乾燥機)
(出所)環境省「令和元年度 廃家電の不法投棄等の状況について」を基に筆者
2021年10月には、国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)が英グラスゴーで開かれる。世界中で地球温暖化問題がクローズアップされ、さまざまな啓蒙活動が一段と活発化するはずだ。CO2には多くの削減手段があるものの、代替フロン類についてはわれわれができることは限られている。だからこそできることを確実に行い、大気中に漏らさずに排出量抑制に繋げていきたい。
不法投棄取り締まり警告板
(写真)筆者
代替フロンと置き換わる「グリーン冷媒」を開発中
=NEDO 環境部・佐野亨氏、田村光祐氏=
2019年のキガリ改正を受け、既に代替フロンであるHFCの利用が制限され始めた。そこで、代替フロンと置き換わる「グリーン冷媒」の開発が不可欠になる。日本でのグリーン冷媒の開発状況について、国立研究開発法人新エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)環境部の「省エネ化・低温室効果を達成できる次世代冷媒・冷凍空調技術及び評価手法の開発」プロジェクトに関わる、佐野亨、田村光祐両氏にオンラインでインタビューを行った。
NEDO環境部の佐野亨氏
(提供)NEDO
-このプロジェクトの概要は
産学官連携で推進しており、さまざまな冷媒を利用する機器のうち、まだ有力な代替候補が明らかになっていない、家庭用・業務用空調など向けの冷媒の探索を進めている。これら機器の冷媒候補について、①基本特性評価②安全性・リスク評価③冷媒・機器開発を行っている。
主な冷媒利用機器の代替冷媒の検討状況
(出所)NEDO資料を参考に筆者
研究で注目しているのが、HFO(ハイドロフルオロオレフィン)というものだ。いろいろ調べていくと、1つの分子式(=純物質)のものよりは、2,3種類のものを混ぜて混合冷媒として使い、温暖化係数が低くてフロンの性質(=無色無臭で人体に悪影響がなく、燃えにくい)を保てるものを見つけようというのが、世界の主流となっている。当面は温暖化係数150程度のグリーン冷媒が目標だ。
-他の機器で利用している冷媒をそのまま流用できないか
例えば、家庭用冷蔵庫の冷媒はノンフロンのイソブタンへの移行が進んでいる。冷蔵庫の場合、機器に冷媒が充填されて工場から出荷後、家庭でコンセントを差し込んで利用する。廃棄する際には、業者が引き取り適正に処理されれば、基本的には機器から冷媒が漏洩しないため、可燃性のイソブタンでも安全性を確保できる。
しかし空調の場合は、室内機と室外機を設置する施工時の処理の不備や、繋いでいるドレンホースの経年劣化などにより、気付かぬうちに漏洩することも考えられる。このため、冷媒に不燃性が求められるなど、機器の利用シーンも考慮した冷媒選定が必要になるという難しさがある。
家庭用エアコン室外機の接続例
(写真)筆者
-海外でのグリーン冷媒の研究動向は
先日、開かれた国際会議では、各国は日本とは違うものを混合し、研究を進めているように見受けられた。なぜなら日本には四季があるが、欧州では夏もそれほど暑くないため、冬の暖房のほうに主眼を置く機器を作りたい。一方、東南アジアのように年中暑い国で使う冷媒はどうかなど、環境によって求める冷媒に性質が違ってくる可能性も。また、もちろん特許などの問題もある。
-現状、「上流」である素材の研究段階だが、今後、利用設置・廃棄時に求められる対策の研究も行うのか
このプロジェクトは5年間なので、そういう対策までは盛り込まれていない。ただ、無事完了した後、次の新しいプロジェクトを立ち上げたいと思っており、その中にはそういう要素も入れられないかと構想している。
遊佐 昭紀