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微細な孔(あな)がCO2を吸収

=「無用の用」を信じてPCPを開発―北川・京大特別教授=

2022年02月17日

地球環境

研究員
亀田 裕子

 地球温暖化の主因とされる二酸化炭素(CO2)。その対策としては、排出抑制と回収・貯蔵・利用のCCUS(=Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)が両輪となる。後者では、CO2を吸着する多孔性配位高分子(PCP=Porous Coordination Polymer)に注目が集まる。温室効果をもたらす気体を吸着できるなら、脱炭素社会実現のカギになるかもしれない。

 このように大きな可能性を秘めるPCPは、多数の小さな孔(あな)が開いた結晶。これを開発した京都大学アイセムス(高等研究院 物質-細胞統合システム拠点)拠点長の北川進特別教授に話を聞いた(2022年1月19日リモート取材)。

 北川氏が開発した「多孔性配位高分子(PCP)」は、金属イオンと有機分子の結合によって出来る金属錯体の一つ。その中には、微細かつ均一サイズの孔が規則性をもって無数に空いている。この孔に気体を吸着させるのだ。

写真ジャングルジムのような多孔性配位高分子の構造
(提供)北川進氏

 新たに作られた多孔性材料が有機物で作られているため、孔の空いた構造は壊れやすいと信じられていた。これに対して北川氏は、構造が安定している上に、選択した気体だけを吸収するPCPの開発で成功を収めた。不安定性などの多孔性材料のこれまでの常識を一気に覆したのだ。以下、北川氏へのインタビュー内容(要旨)を記す。


インタビュー

写真(提供)京都大学 物質-細胞統合システム拠点

北川 進(きたがわ・すすむ)氏
 京都大学アイセムス(高等研究院 物質-細胞統合システム拠点)拠点長/京都大学特別教授。
 京都大学大学院工学研究科博士課程を修了。近畿大学理工学部助教授、東京都立大学理学部教授などを経て、1998年京都大学大学院工学研究科教授。2007年京都大学アイセムス(高等研究院 物質-細胞統合システム拠点)副拠点長・教授、2013年から拠点長。2017年同大学院工学研究科を定年退職、京都大学特別教授。

 少年時代、身の回りの不思議や理科に興味を持つ。中学でバレーボール、高校では物理・化学の勉強と読書に打ち込む。さまざまな文学作品にも触れる中で、荘子の「無用の用」に出会う。「人のやらないことをやりなさい」「役に立たないものも、役に立つ」を信念とし、大学院卒業後は錯体化学の研究に取り組む。ある日、結晶構造のデータ解析を待つ間に、偶然、蜂の巣構造の孔を見つけた。それまで密な構造ばかりを研究してきたが、「空間(孔)を利用する化学」を発見したわけだ。だが、それは偶然ではなく、「無用の用」に導かれた必然だったという。それが後のPCP開発へとつながる。


 ―多孔性配位高分子(PCP)が出来上がる仕組みや、構造について教えてください。

 金属イオンを含んだ溶液と、有機配位子(=金属イオンと結びつく有機分子)を含んだ溶液を混ぜるだけで、自動的にPCPの構造が出来上がります。

 例えば、何百人もの幼稚園児を2つのグループに分け、一方には「赤い手の人とだけつなぎなさい」という情報を、他方には「青い手の人とだけつなぎなさい」という情報を与えます。そして運動場で一斉に走らせます。すると、園児たちは与えられた情報に従い、迷うことなく手をつないでいきますね。

 分子の世界も同じです。有機分子に対し、「相手になる金属とだけ手をつなぎなさい」という情報を与えます。結果、そのように結合します。

 金属イオンには、2方向(直線形)、4方向(正方形、正四面体形)、6方向(正八面体形)でそれぞれ結合するものがあります。組み立てたい構造によってその中から選び、有機配位子と混ぜると、その情報通りに結合します。

写真情報を与えた有機分子と情報を持った金属イオンとが結合
(提供)北川進氏

 元素の周期表の8割が金属(金属イオン)です。だから、原理的にはそれを全部PCPに使えるということになります。色々な構造があり、現時点で7万~9万種も合成されています。結合に使う金属はリサイクル後のものでも構いません。

 ―気体を選択して吸着する仕組みを教えてください。

 基本的には、孔のサイズと形によって、吸着する気体が決まります。つまりフレームワーク、まずは骨格設計が大事です。ただし、それだけでは吸着させる気体を選ぶことはできません。例えば、ジャングルジムをイメージしてください。もしジムを組む棒を長くしておけば、園児じゃなくて中学生でも自由に出入りできますよね。

 すなわち先にフレームワークを設計した後、この気体を吸着させるためには、どれぐらいのサイズで、どんな形の孔が必要なのかを決めます。それによって有機配位子と金属の組み合わせが決まり、それから合成させてPCPを作るというイメージになります。

写真吸着させる気体に合わせ、孔のサイズ・形を決定
(提供)北川進氏

 ―合成する時、熱を与えるのですか。

 一番簡単な方法では、室温で混ぜ合わせるだけ。金属溶液と有機分子が入っている液を混ぜたら終わりです。中には、混合後に密閉して熱をかけるケースや、溶かさず固体のまま混合するだけのケースもあります。設計によって有機配位子と金属の組み合わせが決まり、それによって合成の仕方が変わってくるということです。

 ―溶液の中に出来上がったPCPを、どのように利用するのでしょうか。

 合成したPCPを沈殿として析出します。これを濾過し、粉末にしてペレットにします。これを容器に詰め、ガスを通すと気体がPCPの孔に入っていくのです。CO2やメタンの分子にちょうど合う孔のPCPを作っておくと、空気に触れさせるだけで入っていきます。

写真PCPのペレット
(提供)北川進氏

 ―PCP実用化のイメージを教えてください。

 ダイレクトエアキャプチャー(DAC)では、無限に存在する大気からCO2を直接吸収します。しかしPCPの場合には、確実にCO2が排出される場所で、孔に吸着させるというイメージです。

 CO2が排出されるシチュエーションはさまざまです。例えばアルコール製造から排出されるガスにはCO2のほか、アルコールも含まれます。また製鉄所では石炭を使うので、温度が高くて大量のCO2が排出されます。だから、CO2吸着に対して「これ1つで万能」ということではなく、使用するシチュエーションに合わせて設計することが重要になります。

 ―PCPを実用化していく上で、課題・障壁となっていることを教えてください。

 吸着させるものに合わせ、一つひとつ設計しながらPCPを作ると、どうしても材料コストが高くなります。さらに使用するPCPに応じて適切な設備も必要です。

 そして現状では企業がPCPのような新しい技術を導入し、さらにその先をイメージするのが難しいと感じています。既存の多孔性材料では実現できない機能や性能を、PCPならできるという事実をどんどん創出することにより、取り入れる側が事業をイメージする、イメージできるという流れができ、社会全体に広がっていくことが大切だと感じています。

写真オンライン取材を受ける北川進特別教授
(写真)筆者

亀田 裕子

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