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生物多様性を保全、田んぼやビル屋上を「ミニ自然保護区」に

=民間が申請・管理するOECM制度、100カ所目指す環境省=

2022年04月05日

地球環境

主席研究員
米谷 仁

 環境問題の中で、「生物多様性」の保全は重要なテーマだ。しかし、異常気象などで身近な脅威を感じる気候変動に比べ、自分の生活に関わる問題として捉えにくい。例えば「イタセンパラが絶滅の危機に瀕している」と聞いても、実感が湧く人は少ないだろう(注=イタセンパラはコイ科の絶滅危惧種で濃尾平野などに生息)。

写真絶滅危惧種「イタセンパラ」
(提供)環境省

 特に都市部に住んでいる人にとって、自然は国立公園や世界自然遺産などに出掛けないと触れられない「遠い存在」かもしれない。そんな状況を変える可能性を秘めた取り組みが、日本でも始まろうとしている。民間が自然保護サイトの申請・管理を行う「OECM」制度の導入である。

 OECMは「Other effective area-based conservation measures(その他の効果的な地域をベースとする保全手段)」の略。「Other=その他」とは、政府が指定・管理する国立公園や鳥獣保護区域などではなく、NPO(非営利組織)や企業など民間が主体になる、いわば民間版「ミニ自然保護区」も含まれるという意味である。

「民間の取組等によって生物多様性の保全が図られている区域」の例として検討されている区域

 企業の森、ナショナルトラスト、バードサンクチュアリ、ビオトープ、自然観察の森、里地里山、森林施業地、水源の森、社寺林、文化的・歴史的な価値を有する地域、企業敷地内の緑地、屋敷林、緑道、都市内の緑地、風致保全の樹林、都市内の公園、ゴルフ場、スキー場、研究機関の森林、環境教育に活用されている森林、防災・減災目的の森林、遊水池、河川敷、水源涵養や炭素固定・吸収目的の森林、屋上の建物、試験・訓練のための草原... といったエリアのうち、企業、団体・個人、自治体による様々な取り組みによって、本来目的に関わらず生物多様性の保全が図られている区域を想定

(出所)環境省「民間取組等と連携した自然環境保全の在り方に関する検討会」

 その特徴は、既に他の目的で利用しているサイトでも、結果として生物多様性の保全に貢献していれば認定されることだ。例えば農村部の田んぼのほか、都市部でも企業敷地内の緑地や緑化されたビルの屋上、住宅地の並木道などが対象になる。

写真田んぼもOECMの対象に(イメージ)
(提供)環境省

 この制度は環境省が検討を進めており、土地の所有者や管理者などから申請を受け、環境省の審査委員会が認定する形になりそうだ。同省によると、2022年度に試行した上で23年度末までに国内100地域の認定を目指すという。

 認定に当たっては、①境界によってサイトが明確で名称が付されていること②管理者が存在し、管理がなされていること③何らかの生物多様性の価値があること④管理の内容が適切であること―を想定している。

 このうち③には、「昆虫や動植物が多い」「渡り鳥の休息地になっている」といった幅広い価値が含まれる。④についても、「生物多様性の保全にマイナスの影響を与えていない」などとされ、従来の保護区に比べると認定のハードルはずっと低くなるという。

 実は、OECMの認定は既に海外では始まっている。国連環境計画(UNEP)と国際自然保護連合(IUCN)が2019年に国際的なデータベースを立ち上げており、9カ国671エリアが登録されている(2022年3月8日現在)。例えばカナダは100を超えるサイトを登録しており、その中には面積がわずか0.05平方キロのスーク川地域もある。英国もガーンジー島の一部サイトを登録済みだ。

 OECMの背景にあるのは、国が設ける保護区だけでは生物多様性を守れないという危機感だ。2021年6月に英コーンウォールで開催されたG7(先進7カ国)首脳会議では、共同声明の付属文書に「30 by 30目標」が盛り込まれた。

 具体的には、「この10年間に必要とされる(生物多様性の)保全と回復の努力のための重要な基礎として、2030年までに世界の陸地と海洋のそれぞれ少なくとも30%を保全または保護するための新たな世界目標を支持する」と記されている。しかし、従来型の保護区だけでこの目標は達成できない。そこで、これを補う形でOECMの認定が進められているのだ。

 それでは、日本でもOECMは根付くのだろうか。普及のカギを握るのは、民間にどれだけ関心をもってもらえるかだ。

 現在、多くの企業が持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けて取り組んでいる。例えば、所有する緑地や研究林を適切に管理しOECMの認定を受ければ、SDGsの14番「海の豊かさを守ろう」や、15番「陸の豊かさも守ろう」に貢献しているとアピールできるだろう。

 また、学校は生態系の学習教材として作ったビオトープ(=生き物の暮らす場所)を申請したらどうだろう。子どもたちは自然について学びながら、世界共通の目標にも貢献していると実感できるはずだ。さらに、「鎮守の森」などの共同管理を通じて地域コミュニティが活性化すれば、地方創生につながるかもしれない。

 環境省は、認定されたサイトや貢献内容を簡単に確認できるシステムなど普及促進策を検討しているという。それに加え、生物多様性の保護を「身近な取り組み」と実感してもらうには、OECMに覚えやすい名称を付けたり、親しみやすいロゴマークを考えたりすることも必要だ。

 また、この身近で小さな活動が地球規模での生物多様性の保全という課題にどうつながっているのか、それも分かりやすく知らせてほしい。工夫次第で生物多様性の保全のあり方を大きく変える起爆剤になるのではないだろうか。

米谷 仁

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