2022年06月17日
地球環境
主任研究員
田中 美絵
【編集部から】リコーグループは2022年6月を「リコーグローバルSDGsアクション月間」と定めました。
当研究所もSDGs関連のコラムを公開致しますので、御愛読のほどお願い申し上げます。
先日、コーヒー豆の販売店に豆を買いに行ったら、「仕入れ価格が2倍になったので販売をやめている豆がある」という話を聞いた。その豆以外にも総じて値上がりしているという。価格高騰の原因は、コロナ後に世界的な需要回復が予想されているためといわれているが、それ以上に大きな影響を与えているのが、2021年夏にブラジルを襲った記録的寒波だ。これによってコーヒーの主産地で深刻な霜害が発生、世界のコーヒー生産高の40%を占めるブラジルでの不作が価格上昇に直結しているのだ。霜害によって一度苗木が枯れてしまうと、栽培開始から豆の収穫まで3~5年の期間を要するため、今後も影響は続く可能性がある。
ICO複合指標価格
(出所)International Coffee Organization
ブラジルの寒波をはじめとした気候変動によって、コーヒーの安定的な生産に暗雲が垂れ込めている。赤道を挟んで北緯25度から南緯25度までの通称「コーヒーベルト」と呼ばれる生産に適した栽培地の気候が変わりつつある。このため将来的には、世界的にコーヒーの栽培地が大幅に減って収穫量が減少、品質の低下なども懸念されているのだ。「コーヒーの2050年問題」と呼ばれ、その頃にはおいしいコーヒーが現在の価格帯では飲めなくなるといわれている。
こよなくコーヒーを愛する筆者には看過できない問題だ。ただ、コーヒーベルトの緯度から外れる日本では、コーヒー栽培はほとんど行われていない。実にコーヒー豆の99%を海外からの輸入に頼っているという。しかし、そんな日本でも、調べてみたら「持続可能な開発目標」(SDGs)でゴールの1つとして掲げる、気候変動の影響を軽減するための対策を講じる動きがあることを知った。北緯34度の岡山県で温室ハウスによるコーヒー栽培を実現させた「やまこうファーム」がそれだ。代表の山本耕祐氏に話をうかがった。
やまこうファームの皆さん。左から4番目が代表の山本耕祐氏
(提供)やまこうファーム
同社は自社農園でコーヒーの苗木を栽培。2022年2月から、企業を対象に苗の販売と栽培ノウハウの提供を始めた。既に予想を上回る注文があり、農家や商社のほか、産業廃棄物処理の熱を利用してコーヒー栽培を開始した企業もあるという。その多くは西日本の企業だが、中には東北地方の企業もある。寒い地方でもハウスの中の温度が維持できる環境であれば、どこでも栽培可能なのだ。
コーヒーを栽培している温室ハウス
(提供)やまこうファーム
もともと稲作やブドウ作りを営んでいた山本氏。12年前、熱帯植物の研究をしていた岡山県出身の研究者と出会い、バナナやパパイヤ、コーヒーの栽培に乗り出した。山本氏はコーヒー栽培について当初は「ひょろひょろの苗だったり、実がつかなかったり、失敗の連続だった」と振り返る。試行錯誤を繰り返した末に、豆を凍らせて氷河期のような環境におき、その中でも発芽する「強い苗」だけを選りすぐる方法を見つけた。これによって、豆本来の能力を最大限引き出すことができるという。さらに土の作り方や、直射日光を避けてハウスの温度管理を行うなどの工夫を重ねてきた。その結果、「これならお客様に美味しく飲んでもらえる」という品質にたどり着いた。
真っ赤な色をしたコーヒーの実
(提供)やまこうファーム
12年も挑戦を続けられた理由は、「先にバナナとパパイヤが成功したという実績があったから、コーヒーもきっと成功すると信じることができた」(山本氏)。一方で、コーヒーの豆や苗を販売するようになり、バナナやパパイヤとは大きく違うことがあると感じている。それは、「栽培まで携わりたい」という人が多いことだ。コーヒーの愛飲家の中には、「木の生育を見守りたい、収穫体験をしたい」という声が強いという。
こうした声を受けて、同社は苗を喫茶店のオーナーなど個人向けにも販売することにした。個人宅でも寒い時期は室内であれば栽培可能という。苗木1本当たり1~2キロの豆が収穫でき、100~200杯のコーヒーを楽しむことができる。自分で栽培が難しい人には、コーヒーの木のオーナーになることができるプランも用意されている。オーナーになると、収穫したコーヒーを配送してもらえるほか、ライブカメラで生育状況を確認したり、毎月1回生育状況を知らせるレターを受け取ったりすることができる。
コーヒーの苗の生育状況を確認
(提供)やまこうファーム
実は、「このようなサービスは岡山ではなかなか思いつかなかったが、都市部に住むコーヒー好きにとっては貴重な経験になると気づいた。コーヒーは空間や体験を作り出す強力なコンテンツ。このコンテンツの魅力を届けたい」と東京の拠点を中心に活動する経営企画・広報の担当者が語ってくれた。山本氏も、コーヒーを栽培するだけではなく、営業や広報といった活動も重要だと感じている。特に、コーヒーを取り巻くカフェ文化を愛好する人は首都圏に多い。東京に拠点を開設したのもそのためだ。
やまこうファームで栽培するのはアラビカ種ティピカという品種。この品種の銘柄としてはブルーマウンテンやコナが有名で、マイルドな酸味とフルーティーな香りが特徴とされる。筆者の取材時には、同社の豆はすべて売り切れて味わうことがかなわなかったが、収穫したてのコーヒーは、苦みえぐみがなく香りが強いそうだ。輸入に頼る日本では、こうしたコーヒーを飲める機会はほとんどない上に、輸入時に必要な農薬も添加されていない。「自給率を高めたい。無農薬の美味しいコーヒーを飲んでほしい」という山本氏の言葉から強い想いを感じた。
コーヒーの味は豆の種類が同じでも、栽培される土地によって味が変わるという。山本さんのコーヒーの苗木が全国で育って「ご当地コーヒー」が生まれたら、コーヒータイムの話題も増えそうだ。さらに同社ではカカオの苗の生育にも成功し、販売間近だという。国産のコーヒーに国産のカカオで作るチョコレート―。気候変動に負けない農業から生み出される新たな体験が、豊かな時間をもたらしてくれればいいなと期待が膨らむばかりだ。
国産の香り高いコーヒーで寛ぐ(イメージ)
(出所)stock.adobe.com
田中 美絵