2023年06月27日
地球環境
研究員
中澤 聡
日本の夏は年々暑くなっている。地球温暖化により各地で気温が過去最高を更新し、熱中症で緊急搬送される人が増加。その一方で冬は降雪量が減ってスキー場が苦境に陥るケースも出ている。
そうした中、ロシアによるウクライナ侵攻などもあってエネルギー価格が高騰。電気・ガス料金が家計を直撃し、断熱性の高い住宅の必要性が高まっている。日本の住宅は断熱性が低く、先進国で最低レベルとも言われている。近年、日本でも住宅の断熱や省エネが注目され、政府は2025年から省エネ基準を義務化する予定。住宅をめぐる日本の省エネ政策が転換期を迎えている。
なぜ、日本の断熱性が先進国で最低レベルと言われているのか。その理由には「住宅に係るエネルギーの使用の合理化に関する基準(次世代省エネルギー基準)」が関係している。次世代省エネルギー基準は1980年に制定された「エネルギーの使用の合理化に関する法律(省エネ法)」に基づいており、たびたび改定されている。住宅におけるエネルギー消費を減らして二酸化炭素の排出量を削減し、地球温暖化の抑制につなげるのが狙いだ。省エネルギー基準が最後に改正されたのは1992年。従来の基準より10~30%程度の省エネ効率向上を目標とし、断熱性、遮蔽性、気密性、通風・換気、暖房について基準が設定されている。しかし、こうした基準は日本で義務となっていない。
多くの先進国は温暖化対策の一環で省エネや脱炭素に優れた住宅の建設を推進しており、新築住宅などの高断熱化を義務化している。ところが、日本だけが先進7カ国(G7)で住宅の断熱性能が義務化されておらず、一部の建売住宅はコストを抑えるため断熱性能を無視するケースさえある。義務化が見送られている背景としては、省エネ基準に対応できない事業者も多く、業界混乱への懸念が挙げられている。
断熱だけでなく、設備などを含めた省エネ性能という点でも日本は遅れている。ドイツの省エネ基準を見てみると、1977年から新築や住宅の改築時には、最低限達成しなければならない省エネ性能が「断熱政令」として整備された。その後も改正を重ね、2002年には設備効率や利用エネルギーの種類も含んだ「省エネ政令」に変更。これも年ごとに基準を強化している。
日本の現行基準をドイツの省エネ政令にあてはめ、床面積1平方メートル当たりのエネルギー使用量を算出すると年間150~200 キロワットで20年以上前のドイツと同レベル。ドイツと比べ日本は相当に遅れている上、義務化もされていない。
住宅の年間1次エネルギー消費量でみたドイツの省エネ基準強化の推移 (出所)一般社団法人日本エネルギーパス協会
近年、日本でも住宅の断熱を通じた省エネに注目した動きが出ている。その理由の一端は、気候変動による地球温暖化と電気・ガス料金の高騰にある。国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書によると、世界の平均気温は2011~20年で1.09度上昇した。
この影響により日本の夏は猛暑が増える一方、冬は降雪量が減って雪まつりなどのイベント中止、スキー場の閉鎖や休業も起きている。天然ガスや石油価格の高騰、円安の影響もあって電気・ガス料金が上昇する中、エネルギーの利用効率が高い断熱化された住宅が求められている。
電気・ガス料金の推移 (出所)総務省
ドイツの住宅政策を見てみよう。新築に加えて既存住宅に関しても法整備を進め、財政支援などを積極的に実施。新築の住宅は「環境建築」とも呼ばれている。環境建築の定義は①省エネルギー②長寿命③環境負荷の少ない建材の選択―。既存の建築物も同様で、例えば建築物のエネルギー効率が低下する外壁の改修は禁止されている。
欧州の多くの国は冬の寒さが厳しいが、ドイツの賃貸住宅の場合、午前6時~午後11時は室温20度、これ以外の時間でも18度以上に保てなければ、借主からの一方的な契約解除、または賃料引き下げの請求が可能。厳しく室温が管理され、断熱に関する意識も高い。
日本でも寒冷地の一部では断熱住宅が普及し始めているが、国土交通省の調査によると多くの都道府県(北海道、新潟、神奈川、千葉を除く)で冬の室温が18度を下回っており、断熱が軽視されがちだ。
ドイツ環境建築の定義 (出所)建築物エネルギー法(ドイツ建築物の法律)
またドイツは自然エネルギー利用に加え、建築物のエネルギー消費効率を高めるため、財政支援策を強化している。2006〜20年末までに政府の財政支援を受けた新設・改修が600万戸に上る。21年度の支援額は160億ユーロ(約2.4兆円)で支援額は新築1戸あたり12万ユーロ (1700万円) 。高効率な建築ほど支援率が高くなる。建築物の冷暖房の少なくとも55%が自然エネルギー由来の場合、1戸あたり最大15万ユーロ(2200万円)支援している。
既存住宅の改修の場合は①建築物外皮(外壁・屋根・天井・床面の断熱、窓・外扉の交換、夏季対応の断熱)②設備技術(換気システムの設置・交換・最適化)③暖房設備(ヒートポンプ・バイオマス・太陽熱設備)―などを対象とした支援があり、支援額の上限は住宅1戸あたり6万ユーロ(900万円)となっている。
日本でも2050年のカーボンニュートラル実現に向けて住宅の省エネ支援を強化している。22年度補正予算に①住宅の断熱性能向上のための先進的設備導入(1000億円) ②高効率給湯器導入(300億円) ③子育て世帯・若者夫婦世帯を対象とするこどもエコすまい支援(1500億円=新築住宅に係る分を含む)―といった補助を計上した。今後も同様の省エネ・断熱住宅施策を推進する見通しだが、ドイツと比較すると大きく見劣りする。
ドイツのエネルギー効率の高い建築物に対する支援額 (出所)Statista (2022)
日本が省エネ住宅の推進に向けて政策転換に踏み出したのは2021年。住宅は省エネ基準適合義務の対象外となっているが、新築については25年から対象に含めることを決めた。ドイツにあてはめると20年前の省エネレベルだが、半歩前進。また、30年度以降は新築の住宅・建築物については「ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス(ZEH、省エネ基準から20%以上エネルギー消費量を削減した家)」「ネット・ゼロ・エネルギー・ビル(ZEB、省エネ基準から50%以上エネルギー消費量を削減したビル)」の基準を満たしたレベルの省エネルギー性能の確保を義務付ける。
さらに、50年には中古を含めた住宅・建築販売物件についてZEH・ZEB基準レベルの確保を目指すとしている。ZEH住宅の実績は、16年が約3.5万戸、20年度が約6.3万戸と着実に増加している。しかし、ドイツとは桁違いの戸数だ。
ZEH、ZEBの1次エネルギー消費量 (出所)国土交通省
省エネ住宅基準が義務化されるのと合わせて、その柱である断熱性能も2025年以降に建てられた全ての建物について義務化される。断熱性能は「壁」や「屋根」「床」「窓」など家の外皮1平方メートル当たり平均して何ワットの熱が逃げていくかを示した数値「UA値」により分類され、UA値が小さいほど断熱性が高い(熱が外に逃げない)。
現在のUA値に基づく断熱等級は4で1992年までの等級3と比較すると基準値が東京の場合2分の1。かつての2倍の断熱性能が求められているが、推奨基準で義務ではない。しかし、2025年以降は断熱等級4が最低基準の義務となり、30年にはZEH水準である断熱等級5が最低限となる予定だ。
断熱等級の基準 (出所)国土交通省
断熱性能を上げると冷暖房が効きやすくなり、暑い夏も効率的に快適な生活ができる。東京の120平方メートルの家屋で計算した場合、断熱等級2(1980年以降の推奨基準)と等級4(現在の推奨基準)を比較すると光熱費が年間6万9000円削減され、大きな効果がある。
2030年に断熱等級が5まで上がると、さらに年間1万3800円の光熱費削減になる。断熱性能の引き上げを通じた省エネ効果は小さくないが、今後は冷暖房設備の更新や自然エネルギーの有効活用などが不可欠。環境にも家計にも優しい省エネの推進を考えると断熱性能だけでは道半ばと言える。
住宅性能(イメージ)(出所)stock.adobe.com
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中澤 聡