2023年12月05日
地球環境
研究員
斎藤 俊
気候変動問題は先送りできない地球規模の課題だ。気候変動の主な要因は二酸化炭素(CO2)をはじめとした温室効果ガス(GHG)の排出。排出するCO2に価格を付け、企業など排出者の行動変容を促す「カーボンプライシング(CP)」は排出量削減の切り札となるか。日本では東京都がカーボンプライシングの一つである排出量取引に2010年度から取り組み、目標を上回って推移している。東京都における脱炭素化の進捗(しんちょく)状況と効果を検証し、今後を展望する。
気候変動問題に関するパリ協定は温室効果ガスの削減目標を定め、加盟する各国は平均気温の上昇を1.5℃以下に抑えることを目指している。しかし、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第6次統合報告書は、各国が現行の削減目標を達成するだけでは、世界の総CO2排出量は減少に転ずることすらできないとしている。パリ協定の目標達成は極めて困難だと言わざるを得ない。
日本の脱炭素化の状況はどうだろうか。2050年カーボンニュートラルを目指し、30年度に温室効果ガス排出量を46%削減(2013年度比)することが当面の目標だ。直近の排出量は13年をピークに減少傾向をたどっているものの、近年は減少ペースが鈍り、このままでは50年までの目標はおろか、30年度の目標も達成できないと見込まれる。
日本の脱炭素化の状況(出所)The Energy Instituteを基に作成
経済成長を続けながら脱炭素化を進める手段として「カーボンプライシング」が注目されている。カーボンプライシングとは、企業や団体などが排出するCO2に価格を付けることで排出量を抑える行動を促す手法。その代表的なものが「炭素税」と「排出量取引」だ。
炭素税はCO2排出量に応じて排出者に対して課税する。課税負担を軽減するため企業は排出量削減に努めるようになる、というわけだ。
一方、排出量取引は「排出枠」を売買するシステム。企業などが取り決めの上限を上回るCO2を排出した場合、超過分の「排出枠」を市場から購入しなければならない。排出枠購入のコストを負わせて排出削減努力を促すとともに、上限そのものを段階的に引き下げ、排出量を減らしていく。
カーボンプライシングの種類
脱炭素化に先進的に取り組む欧州連合(EU)では「欧州域内排出量取引制度(EU-ETS)」が導入されている。EU委員会によれば、2020年の削減率は05年比で約43%減(対象外の分野は同16%減)という。
制度導入以降、EU域内では実質GDP(国内総生産)のプラス成長を維持しつつ、CO2排出量は減少傾向をたどっている。経済成長と脱炭素化の両立が実現していると見ていいだろう。
EU-ETS導入後のCO2排出量と実質GDPの推移
(出所)The Energy InstituteおよびWorld Bankを基に作成
東京都は13年前の2010年度、全国の自治体で初めて独自に温室効果ガス排出総量削減義務と排出量取引制度を導入した。対象は年間のエネルギー使用量(原油換算値)が1500kL以上の大規模事業所だ。オフィスビルや工場など対象事業所のCO2排出量だけで東京都の業務・産業部門の排出量の約4割を占める。
対象事業所にはCO2の排出削減が義務付けられている。自助努力によるCO2削減のほか、削減不足分は排出量取引によって義務を履行しなければならない。未達成の場合は罰則や事業所名の公表制度がある。
その一方で、先駆けて脱炭素化を進めている事業所は「トップレベル事業所」の認定を受けることができ、対外的にアピールできる。こうした「アメとムチ」を組み合わせた制度となっているのも特徴だ。
制度により対象事業所はCO2排出量の上限値が設定されている。上限値は2002年度から07年度までのいずれか連続する3年度分の排出量の平均値を基準に第1期が8%削減、第2期17%削減、第3期27%削減と5年ごとに厳しくなっている。制度導入から現行の第3期まで、東京都の脱炭素化は目標を上回って進捗している。
東京都のCO2排出量削減実績(出所)東京都環境局Webサイトより作成
東京都によると、導入当初は業界からの反対意見も多かった。だが、近年は制度の存在を前提に、制度の在り方や追加の支援策など、CO2排出量の削減を達成する具体策に関する意見や要望が増えているという。脱炭素化に向けた国際的な潮流も後押しとなり、官民一体となって削減していくことへの理解が広まってきているという。
2025年度から第4期が始まり、削減義務率は現行の第3期から引き上げられる。東京都は脱炭素化社会に向けて独自に「2030年カーボンハーフ」、つまり2000年比50%減という高い目標を掲げている。この目標達成のために、対象事業者には50%の削減義務率が課される予定だ。
温室効果ガス排出総量削減義務と排出量取引制度によるCO2削減義務率イメージ
(出所)東京都環境局 Webサイトおよび取材に基づき作成
前出のIPCC第6次統合報告書では、2035年のGHG排出量は19年比で60%削減、CO2としては65%削減を必ず達成するとの方針が示された。これは日本政府が掲げる目標推移を上回るペースの削減を求めるものだ。
日本のCO2排出量削減ペースとIPCCによる削減目標ペース
(出所)The Energy Institute およびIPCC第6次統合報告書より作成
先進7カ国(G7)札幌気候・エネルギー・環境大臣会合で採択した共同声明は、世界の温室効果ガス排出量を「2035年までに(2019年比で)60%削減することの緊急性が高まっていることを強調する」と明記した。日本が国際社会に約束する国家目標である「国が決定する貢献(NDC)」の次回改定に際して削減率の目標上乗せは必須となるだろう。
クリーンエネルギー化を図るグリーントランスフォーメーション(GX)の機運が世界的に高まる中、日本でもGXに官民が一体となって取り組むGXリーグが始動している。GXリーグの枠組みの下、経済産業省が主導して今年度から排出量取引制度が試行的にスタートした。
2026年の本格稼働を弾みに脱炭素化を加速させ、現在の自主的制度を義務化させることも視野に入っているようだ。
11月30日に第28回気候変動枠組条約締約国会議(COP28)が始まった。気候変動に関する議論では、先進国と開発途上国の間にさまざまな意見の対立が生まれると想定される。主張の隔たりは大きいが、カーボンプライシングのように排出者に行動変容を促す手法は双方の溝を埋める一つの手段となり得るのではないか。
カーボンプライシングは脱炭素化の有効な手段として、今後さらに発展していくと期待される。むろん、脱炭素化へのハードルは高い。企業はカーボンプライシングをはじめ、さまざまな手法を活用しながら脱炭素化と持続可能な事業推進の同時実現を目指さねばならない。
さらなる効率化はもとより、自らの事業領域の見直しを含め、脱炭素時代に適応する方策を真剣に検討する必要がある。
東京都の空
斎藤 俊