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風力発電、高所作業の人材が足りない!

 再エネ拡大へ期待大だが…。

2024年01月19日

地球環境

編集長
舟橋 良治

 風力発電に対する期待が高まっている。欧州や中国、米国などで風力発電が急拡大している中で、日本は総発電量に占める割合が極めて低い。ここに来て政府肝いりで施設の建設を急ぐ計画が打ち出されたが、落とし穴はないのか。建設した風車を維持するには100~200メートルの高所での日常的なメンテナンス作業が不可欠。風力発電の"先進国"である欧州などはメンテナンス(運用・保守)人材の育成が進んでいるものの、日本は高齢化の進展に伴う人手不足もあって、お寒い状況。足元をしっかり固めないと、地球温暖化対策の柱である再生可能エネルギーの基盤が崩れかねない。

デンマークは総発電の5割超

 世界的には再エネで大きなウエートを占める風力発電。火力や原子力を含めた全世界の総発電量の約10%は風力で賄われている。特に導入が進む欧州では、風力が総発電量の55%を占めるデンマークを筆頭に7カ国が電力の25%以上を賄っている。

1.png欧州各国の年間発電量に占める風力の比率
(出所)欧州風力協会に基づく日本風力発電協会資料を基に作成

 日本風力発電協会によると、世界全体の風力発電能力は2022年末で9億621万キロワット。このうち中国が3億6544万キロワット、米国が1億4422万キロワット、英国が2849万キロワット。これに対し、日本は480万キロワットしかない。

2.png世界の風力発電導入量(出所)世界風力会議「Global Wind Report 2023」を基に作成

 中国や米国は広大な国土、英国など欧州各国は遠浅の海域も利用して風力発電を拡大してきた。対して日本は、自然景観の保持や騒音、生物多様性維持の観点などもあって、陸上での風力発電は立地条件に恵まれた北海道稚内市など約400カ所にとどまっている。洋上風力もさまざまな地理的、経済社会的な制約が壁になってきた。

少ない遠浅の海岸

 北海道の北端に位置する稚内市は年間平均風速が7メートル、風速10メートル以上の日が90日を超す。風車を建設する際の制約が少ない広大な牧草地という自然・経済条件を生かして、同市によると97基(発電能力19万キロワット)の風車が建設された。

pu.png宗谷岬の牧草地に林立する発電用風車
【北海道稚内市=ユーラスエナジーホールディングス提供】

 風力発電の絶対量が多いわけではないが、市内電力需要の2倍以上に達する。日本の陸上では珍しいケースだ。

 洋上風力はどうか。欧州では風が安定的に吹く遠浅の海域に基礎を設置した着床式の風車を建設してきた。昨年、秋田市などで大規模な着床式の洋上風力発電が稼働したが、日本は水深60メートル以上の海がほとんどで遠浅の海岸が限られている。

浮体式に新フロンティア

 こうした着床式や陸上の風力発電に関して日本のメーカーは事実上撤退し、現在は中国や欧米のメーカーの牙城。しかし、海底に基礎を設置できない深い海での風力発電には、風車を海洋に浮かべる施設が不可欠で、この浮体式の洋上風力発電には日本が培った造船技術が生かせる。

 浮体式風力発電は福島県沖で実証運転が行われ、欧州も力を入れつつある。「浮体式の実用化に向けた競争は『よーいドン』の状態」(資源エネルギー庁幹部)で、新たな電力産業のフロンティアとして期待されている。

 実用化に向けては、造船技術に基づく浮体施設の本格的な技術開発や実証実験、着床式と同様に漁業者の不安払しょくや利害調整など課題もあるが、脱炭素の切り札の一つとして政府が強く推進している。

東京都庁と同じ高さ

 洋上風力発電に関して後戻りは考えにくく、日本風力発電協会によると、日本の領海と排他的経済水域を活用すれば着床式1億2800万キロワットに加えて浮体式4億2400万キロワット、計5億5200万キロワットのポテンシャルがあるとされる。さらに、東南アジア諸国などへの展開も可能となるだけに、深い海でも発電できる浮体式風車の実用化が急がれている。

 そうした風車は年々大きく、高くなっている。洋上となれば陸上のような運搬の制約がなく、高さは羽根の最上部が東京都庁(243メートル)とほぼ同じものまであり、欧州ではフランスのエッフェル塔に匹敵する高さ300メートルも計画されている。では、風車はどうして年々高く、大きくなっているのか。

3.png欧州の洋上風力発電施設(出所)stock.adobe.com

 大型の風車は平均風速が6メートル以上、洋上の場合は7メートル以上ないと採算が取れないとされる。風車から得られるエネルギーは風速の3乗に比例して増え、例えば風速が10メートルから20メートルに2倍になればエネルギー量は8倍になる。さらに、エネルギー量はプロペラが風を受ける面積の2乗に比例するため風車の大型化が急速に進んだ。

原発30~45基に相当

 強い風は高いところで吹くのが常。このため、受風面積が広い大型の風車を高い位置に設置すれば効率的にエネルギーが得られる。大型の風車が競うように建設されているのはこうした背景があるためだ。

 政府は今後の再生可能エネルギーの主力に洋上風力発電を据え、2040年までに発電容量を3000万キロ~4500万キロワットに拡大する方針を打ち出している。原発30~45基分に相当する規模で新たな産業としての期待も大きい。日本風力発電協会は2050年に向けた中長期の導入目標として洋上だけで1億キロワット、陸上で4000万キロワットを提案している。

高所ではロープが頼り

 日本の発電用風車は2022年末で2622基、発電容量は約480万キロワット。今後、発電容量を急ピッチで増やす計画だ。ただ、風力発電施設は火力や原子力などと異なりローター(プロペラ)に加えてタービンなども常に風雨にさらされており、台風や落雷など自然災害も受ける。

 自然エネルギーの代表である太陽光発電は日常的な保守に手間がかからない。これに対して風力発電は風車の大型化に伴い、高所でロープにぶら下がって作業することも多く、危険と隣り合わせのメンテナンス作業が不可欠。作業者には、国際非営利組織「グローバル・ウインド・オーガニゼーション(GWO、本部コペンハーゲン)」の認証施設で訓練を受けることが求められている。

日本は5施設のみ

 GWOは欧米を中心としたほぼすべての風車メーカーが参加して、事故事例の収集・研究を通じて風車の運用・保守に不可欠な基礎技術を定めている。こうした技術を身に付けなければ、国際的に風車メンテナンスができない仕組みになっている。

 世界には欧州を中心にGWOトレーニングセンターが約540あるが、日本には昨年12月時点で5施設のみ。その一つ、福島市にある一般社団法人「ふくしま風力O&Mアソシエーション(FOMアカデミー)」に足を運び、風力発電の今後を見据えた人材育成の現状や将来性などを聞いた。

4.pngFOMアカデミー【2023年11月、福島市】

 当たり前ではあるが、発電用の風車は山中、洋上での建設が主流になっている。このため必要とされるベーシックな技術もこうした立地に即した項目が多数含まれている。

救急車、消防車が来ない

 高所にロープでぶら下がりながら作業する技術は当然必要。同様に重要なのが、けが人が出た際の緊急・応急の処置対応だ。

 救急車が到着するまでには時間がかかるケースがある。風車の施設内にGWOの訓練を受けていない救急隊員は原則的に入れないため、初期の応急措置を作業者が身に着けておくことが求められている。さらに、場合によっては待機する救急車までけが人を高所から安全に降ろす必要がある。このため、けが人と共にロープにぶら下がりながら降りる救助技術の習得も必須だ。

5.pngFOMアカデミーでトレーニングする訓練生

自力で脱出、救助

 同様に火災が発生しても消防車がすぐに来てくれる場所でない場合が多いため、風車における火災の特徴を熟知し、煙の検出や消火、緊急時における脱出手順などを身につけなくてはいけない。

 こうしたベーシックなトレーニングに加え、FOMアカデミーはより高度な技術の教育も手掛ける。受講者の勤務先や勤務地を問わず、誰でも受け入れており、海外からを含めて常に6~12人が受講している。

 GWO技術認証の多くは有効期間が2年。更新が不可欠で新たな技術や知識を常に学ぶ必要があるため、「講習はほぼ毎日行われている」(菅野辰典FOMアカデミー事務局長)。ベテラン技術者は訓練後、「風車がきちんと回っている姿を見ると気持ちがいい」と話しながら、今後の日本の電力を支える仕事のやりがいを強調していた。

洋上風力だけで4万8500人

 FOMアカデミーの試算では、2030年までの陸上と洋上を合わせた風力発電の導入量は、3000キロワットの風車換算で約8000基に達する。定期点検にトラブル対応の人員を加えると計約4500人の作業員が必要になり、高齢化や転職による離職を考慮すると30年までに4500~6750人、現在の約10倍に上る人材育成が必要になると推計している。

6.png洋上風力に必要とされる人材数の推計(出所)日本風力発電協会

 日本風力発電協会は、今後主力になると見込まれる洋上風力だけで2050年には発電容量が1億キロワットに増えると推計。この時点で運用・保守人員が1万9000人、製造や組立・設置・撤去などを含めると総計4万8500人が必要になるとみている。

新たに5施設

 いずれにしても、GWOの認証を受けた作業員の育成の拡大が不可欠。現在の5施設に加え、洋上の作業訓練を含む施設だけで新たに5カ所計画されている。その一つが本格的な洋上風力発電を日本で最初に手掛けたウィンド・パワー・グループ(茨城県神栖市)の訓練施設。4月にオープンする予定だ。

7.png洋上作業を想定したウィンド・パワー・トレーニングセンターの訓練用プール
【2023年11月、茨城県神栖市】

 同社は現在、1基2000キロワットの洋上風力発電施設15基で1万5000世帯分の電力を賄っており、2025年には新たに1基8000キロワットの洋上風力発電施設を19基稼働させる計画を進めている。

8.pngウィンド・パワーかみす第1洋上風力発電所【2023年11月、茨城県神栖市】

 「メンテナンスは自社で行う」(小松崎忍専務)との基本方針に基づき、これまでは遠隔地のGWO施設でメンテナンス作業の訓練を受けて認証の更新などを行ってきた。

 二十数人で自社施設のほか、他社の施設約20基の保守も手掛けている。事業拡大を見据えて自社でGWO 施設を運営することにしたものの、世界的にはメンテナンスは風車メーカーが行うのが主流になっている。

風力の収益構造

 その理由は風力発電の収益構造にある。「公開された資料によれば、欧州における風力発電サプライチェーンのコストは風車製造が約24%、設置費用が約16%などとなっているが、最も大きいのは運用・保守で36%を占めている。メンテナンスの比重が大きくなっている」(菅野辰典FOMアカデミー事務局長)。

 また近年は、「価格競争の結果、欧米メーカーは風車の製造、建設では赤字のケースも。メンテナンスでもうけるしかないのが現状」(同)。こうした側面もあって、風車メーカーは納入先の電力会社に発電量を保証してメンテナンスも担い、この領域で収益を得ているという。

世界的な人材争奪戦

 このため作業者はメーカーが雇用しているケースがほとんどで世界的に人材の不足が起きている。「責任者レベルの技術者は年収9万ドル(千数百万円)」(同)という。

 日本に技術者がいなければ、海外から人材を受け入れることになる。その場合、宿泊施設、さらには遠い作業現場まで送迎するための専用運転手が必要になり費用がかさむため、国内での人材育成が急がれている。

自治体が育成支援

 GWOの認証を必要とするのは、稼働後の運用・保守技術者だけではない。設置や建設を担う作業員も認証なしでは現場に入れない。また、風力発電にかける保険をめぐっても、保険会社社員が風車施設内に入るためにGWO訓練を受講している。

 そうした状況を踏まえて福島県は「人材の育成は不可欠。地域経済を活性化し、雇用も生む」(商工労働部次世代産業課)として再エネ人材の育成補助に3300万円の予算を計上して支援。風力発電に力を入れる秋田県なども人材育成を支援、補助している。

「1.5度以内」に向けて待ったなし

 世界気象機関(WMO)は2023年の世界平均気温が記録のある1850年以降で過去最高になったとの見解を示している。昨年10月末までのデータで平均気温は産業革命前よりも約1.4度上昇しており、「1.5度以内」に抑える国際目標の達成に向けて脱炭素の強化は避けて通れない。

 脱炭素の柱の一つが風力発電だが、日本は欧米や中国に大きく遅れを取っている。ここにきて政府は造船技術を生かした浮体式の風力発電施設の開発に力を入れ、巻き返しを図っている。しかし、この風力発電は時に200メートル以上の高所でのメンテナンス作業が不可欠。そうした人材は不足しているのが現実で、「大型化に伴い建設に数千億~兆円単位の費用がかかる場合もある風力プロジェクト」(電力関係者)が"空回り"する事態を避けるため、待ったなしの風力発電強化に加えて高所で作業するメンテナンス人材の育成も待ったなしだ。

舟橋 良治

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※この記事は、2024年1月4日発行のHeadLineに掲載されました。

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