2022年09月07日
所長の眼
所長
早﨑 保浩
ロシアによるウクライナ侵略後、エネルギーをめぐる国際情勢は大きく変化した。再生可能エネルギーか原子力か、日本のエネルギー政策も選択を迫られる。そうした中で日本経済の成長や再生をどう実現していけば良いのか。資源・エネルギー政策や産業政策を長年主導してきた安藤久佳・前経済産業事務次官に行ったインタビューを、2回にわたり掲載する(2022年7月25日実施)。
(提供)日本生命保険
安藤 久佳氏(あんどう ひさよし) |
早﨑保浩:ロシアのウクライナ侵攻後、エネルギーをめぐる環境が激変している。日本のエネルギー政策はどうあるべきだと考えるか。
安藤久佳氏:経済産業省でエネルギー政策に関わっていた者として、自己反省も含めて答えたい。「万能のエネルギーはない」というのが私の実感だ。
エネルギーについて、よく「S+3E」と言われる。SはSafety(安全性)、EはEnergy security(安定供給)、Efficiency(コストの低さ)、Environment(環境面の配慮)を表す。個人的には、これを「強い」「弱い」、「安い」「高い」、「きれい」「きたない」と話すこともある。
当然ながら、強くて安くてきれいなエネルギーが良い。かつて、原子力はそうした理想的なエネルギーと見なされ、推進された。それに鉄槌が下ったのが、福島第1原子力発電所の事故だ。この事故以降、どのエネルギーが強く安くきれいか問われている。しかし、答えは出ていない。
例えば、再生可能エネルギー促進を主張する人が、突然「もっと安く」とか「安定供給が肝」と変わることがある。S+3Eの同時達成は理想的だが、実際はお互いにトレードオフの関係があり、ぶつかり合ってしまう。
早﨑:優先順位を決めることはできないのか。
安藤:優先順位は国民が決めることだ。国民的な議論をしっかりと経た上で、コンセンサスをとっていく必要がある。しかし、その判断は大変難しい。価値観の対立を生むことすらある。今まさに、「エネルギー問題は一筋縄ではいかない」「万能のエネルギーはない」ということを強く意識せざるを得ない事態が起きている。平時においては素通りされがちな問題を考えるいい機会だと思っている。
具体的には、化石燃料も原子力もやめた上で、安い電力を安定的に供給できるのか。カーボンニュートラルを掲げ化石燃料をやめるのであれば、原子力を選択肢として残し続けないといけない。原子力を残さないのであれば、カーボンニュートラルの旗を後退させるか、電力の安定供給を断念するしかない。この難しい問題を政治が受け取め、しっかり議論し、国民が決めるプロセスが必要だ。
早﨑:菅義偉前総理がカーボンニュートラルを宣言した際に、優先順位付けが行われた訳ではないのか。
安藤:世界の趨勢(すうせい)でもあるカーボンニュートラルの実現という大きなピン留めをした上で、その達成には何が必要か、それがとても難しいとしたらそのピン留めを断念するのか、こうしたことを本気で考えていくための宣言だったと思う。
世界を見渡すと、欧州連合(EU)や米国-党派に関わらず-、そして中国が、経済安全保障面も含めて、国の競争力強化の一環としてグリーンを掲げている。地球温暖化の議論は30年前のリオサミットから始まった。この潮流が衰えたことはない、いわば必然的な流れだ。この達成に向けた国際競争が起きている。
国際競争は、各国の国力をどう維持・発展させていくのかの争い。そこに、世界中の膨大な資金とルールメイキングがついてくる。こうした必然のものに対しては、先延ばしよりも、少しでも早く世界の潮流のメインプレイヤーになることが大事だ。こうした意味でも宣言が必要だった。
早﨑:宣言後、エネルギー政策の議論は進んだのか。
安藤:カーボンニュートラルを表明した際、2050年の電源構成比率の参考値として再生可能エネルギーについては約5~6割という数字を出した。それと併せて、CCUS(分離・貯蔵したCO₂の利用)と組み合わせた化石燃料と原子力の合計で約3~4割という数字も示した。これは政権としての目標値というよりも、この参考値に対するチャレンジを含め、具体的で本格的な議論の発射台という位置付けだった。
しかし、残念ながら菅内閣はコロナ対応に追われ、必ずしも十分な議論が行われなかった。当時、経産事務次官だった私としては、非力さを反省する。
原子力については、繰り返しになるが国民全体でのコンセンサスが必ずしもあるとは言えない。福島第1原発事故の後、54基あった原発を全て稼働停止する一方、強力な節電や計画停電も行いながら事態を切り抜けた。原発が無くても社会が回るとの経験が、国民の心に残っている。
カーボンニュートラル達成に向けて...(イメージ)
(出所)stock.adobe.com
早﨑:ウクライナ侵攻が起き、ロシアからの天然ガス調達の安定性にも懸念が生じる中で、今であれば、5~6割の参考値をもっと高くすべきだと思うか。
安藤:地政学リスクは国際情勢により大きく変わる。これまでのエネルギー政策において、もっとも深刻な事態はオイルショック。中東から原油が来ない中で、省エネルギーや新エネルギー、原油備蓄、そして脱中東化を進めた。その解がロシアからの調達だった。
同様に深刻な事態は東日本大震災でも起きた。原油備蓄があっても精製ができないし、ガソリンなどの石油製品の輸送もできない。東北地方全体が兵糧攻めにあった格好だ。オイルショック後の対応が役立たなかった。さまざまなリスクや危機に応じた手当ての難しさを実感した。
そうした中、今回ロシアがウクライナに侵攻した。今、脱中東の切り札だったロシアへの依存が問題となっている。欧州の天然ガスのロシア依存は、日本より深刻かもしれない。ロシアへの依存度を低めるためには、自前でエネルギーを作るしかない。具体的には、再生可能エネルギーをさらに増やすか、原子力に回帰するしかない。欧州は恐らく再生可能エネルギー比率を上げていくだろう。
日本にこの欧州の対応がストレートに当てはまるか、よく考えた方がいい。日本が直面する危機の1つは地震や台風などの自然災害。この点は、例えば損傷リスクの高い風力発電に対する障害となる。再生可能エネルギーへの依存度が高まると、「きれいだが弱い」となりかねない。
再生可能エネルギーについて決して否定的ではない。しかし、2022年3月16日の福島沖での地震を受け、電力需給逼迫警報が出された。原因の1つは火力発電所の停止。その時、太陽光発電は悪天候のため1割程度しか稼働しておらず、カバーできなかった。
日本も他の国もさまざまなリスクを抱えている。万能なエネルギーがない中で、リスクの可能性とリスク発生時の重大性を加味しながら、何を優先していくのか早急に議論を進めなくてはならない。
早﨑:日本の場合、何か1つ絞ることはできず、国民のコンセンサスを得ながらも、多様なエネルギー源を持っておかなければいけないということか。
安藤:八方美人のように聞こえるかもしれないが、これをシンプルで分かりやすく引き直した上で提示し、国民的な議論を行わないといけない。これまでできてこなかったことを自己反省している。カーボンニュートラルやウクライナ侵攻を受けた今こそが、その良い機会と考えている。
エネルギー問題には国民的議論を(イメージ)
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