2020年04月28日
健康・スポーツ
研究員
西脇 祐介
2019年はワールドカップ(W杯)初開催により、ラグビー人気が沸騰した日本列島。その熱気は年明けに開幕したトップリーグ2020にも受け継がれ、スタンドには「にわかファン」を含めて多くの観客が詰め掛ける。こうした中、今季のリコーブラックラムズには大東文化大学を卒業したトンガ出身の新人が加入、「日本代表も狙える素材」と聞いて取材に向かった(注=3月23日、トップリーグ2020はシーズン途中で中止発表)。
例年並みの寒さとなった2020年2月の早朝、都内某所。ブラックラムズの練習場では、身長2メートル近い2人の大男が俊敏に走り回っていた。実は双子の兄弟である。兄のタラウ・ファカタヴァは当たりの強さが自慢でボールを前へ前へと運ぶ。トップリーグではフォワード(FW)第2列のロック(LO)や第3列のフランカー(FL)を担う。弟のアマトはチームで1、2を争うスピードスター。バックス(BK)のウイング(WTB)として、切れ味鋭く後方から一気に攻撃参加する。ともに既にトップリーグでトライを決め、チーム内で存在感と信頼感を急速に高めている。
ロッカールームの弟アマト(左)と兄タラウ(右)
2人の祖国トンガは南太平洋の島しょ国で人口10万人余。英連邦の一員ということもあり、ラグビーを国技とする。5人兄弟の長男、二男として生まれ、物心がついた頃には楕円のボールで遊んでいた。地元少年ラグビー界で名前が知られると、2人はラグビーを生活の糧として意識し始めた。トンガの1人当たりの名目GDPは日本の8分の1程度。海外に出て稼ぐ「ラグビードリーム」を夢見るようになったのだ。2人は「いつか家族に恩返しをしたい」という思いを心に秘めてトンガを離れ、ニュージーランドのラグビー名門高校に留学する。
守備の動きを確認する弟アマト
ニュージーランド留学中、大東文化大学のスカウトの目に留まり、2人は一緒に来日したのだ。8000キロ離れた日本の生活環境は、祖国とは全く異質なものだった。ラグビー部からは上下関係の大切さをたたき込まれ、食事も初めてのものばかり。「特に納豆にはびっくりしたよね」と2人は同時に笑う。
兄弟は未知の国に飛び込んだ。寂しさと悩みを抱えながら、常に励まし合い、ピンチを乗り越えてきた。「ずっと一緒にいたから、ともにプレーできるチームを選んだのは当たり前だった」と弟のアマトが振り返ると、寡黙な兄のタラウも「Same(同じ意見)」―
2人の加入後、大東文化大ラグビー部はメキメキ強くなり、3年生の時に関東大学リーグ戦1部で優勝を果たし、全国大学選手権ではベスト4まで進出。4年生になると、ともに関東学生代表に選出された。
その活躍が日本のトップリーグから注目され、複数の有力チームからオファーが舞い込んできた。その中でブラックラムズを選んだのはなぜか。「色々悩んだが、最後はエモシのアドバイスだった」―。ブラックラムズでは2007~2018年、2人にとって大東文化大ラグビー部の先輩に当たる、カウヘンガ・桜・エモシというトンガ出身者が活躍していた。トンガ代表としてW杯の出場経験もある名選手だ。
ブラックラムズのスタッフは「エモシは後輩の面倒見がよく、トンガ人選手の間では兄貴のような存在だった」と振り返る。そのエモシから、海外出身選手に対するチームの配慮や練習環境の良さを説明されるうち、2人はブラックラムズ入団を決断したのだった。
タックル練習中の兄タラウ
トップクラスのラグビーチームは外国人選手を数多く抱え、国籍を問わない異文化共生の小さなコミュニティを形成する。ブラックラムズにもニュージーランドやオーストラリア、韓国、フィジー、インド、米国、英国、そしてトンガと8カ国23人の外国出身選手・スタッフが在籍する。
ともすればバラバラになりがちな多様性をいかに束ねるか。それは指導者の腕の見せどころだ。ゼネラルマネージャー兼監督の神鳥裕之氏は「出身国が違っても、チームとして試合に勝つという目標への共通理解はできている」と強調する。
その上で、神鳥氏は次のように外国出身選手の掌握術を教えてくれた。「文化の違いは存在するのでそこは尊重する。例えば日本人は正月に休むが、クリスマスを家族と過ごすことを何より大切にする国もある。ラグビーに真剣に打ち込めるよう、プライベートで選手が何を大事にしているかを把握するよう努めてきた」―
ニュージーランドの選手は自分の意見を積極的に周囲にぶつけるので心配ないが、トンガ出身者にはタラウとアマトのようにシャイな選手が多いという。そして、「父親の言うことは絶対」という文化の中で成長したため、神鳥氏は「『日本の父親』と思ってもらえるよう、厳しく接しつつも信頼感を与えながら、2人が自分の考えを言えるような雰囲気づくりを心掛けている」と話す。
弟アマトはスピード突破が武器
2人とは大東文化大ラグビー部の同級生で今もチームメイトの湯川順平(FL)に聴くと、「ブラックラムズのミーティングではノートを持ってきてメモをとるのが決まりだが、それを守っているのにはびっくりした」という。なぜなら大学時代の2人は「スーパースター」(湯川)になり、規律に対して緩くなっていた部分もあったからだ。ところがトップリーグ入りすると、才能に胡坐(あぐら)をかくのではなく、さらなる努力を惜しまないようになったという。
アマトは「トップリーグは大学とはレベルが違うし、チーム内でのポジション争いも想像以上に激しい」と明かす。決して口数の多くない2人だが、取材中の表情からは自信がにじみ出ていた。実際、1年目にしてスタメンを狙えるにまで成長している。2人がグランドで縦横無尽に暴れ回るたび、ブラックラムズは白星を重ねていくことだろう。
(写真)筆者 PENTAX K-50
西脇 祐介