2022年11月29日
健康・スポーツ
研究員
河内 康高
ドカッ。ガシッ―。多摩川河川敷からほど近い住宅街の一角から、にぶい音が響く。リコー砧グラウンド(東京都世田谷区)を本拠地とするラグビーチーム「リコーブラックラムズ東京」の屈強な選手たちが、トップスピードでぶつかり合っているのだ。激しい練習で、徐々に疲労が溜まっていく。それでも「パフォーマンスを落とすまい」という気迫が一人ひとりから伝わってくる―。
筆者が取材のためにリコーブラックラムズ東京を訪ねると、12月17日に開幕する国内ラグビーリーグ「NTTジャパンラグビー・リーグワン2022-23」(以下リーグワン)に向けて、猛練習が繰り広げられていた。
練習中の選手たち
(提供)リコーブラックラムズ東京
リーグワンという名称を聞き慣れない読者のために、簡単に説明しておきたい。2020年まで続いた「ジャパンラグビー・トップリーグ」に代わり、昨シーズンから始まった。DIVISION(ディビジョン)1~3(以下D1~3)の3部制で、最上位グループのD1が12チーム、D2が6チーム、D3が5チームの計23チームが参加する。
さらにD1では、12チームを6チームずつ2組に分ける「カンファレンス制」を採用。同じカンファレンス内で総当たり2回戦を実施し(1チーム当たり10試合)、別カンファレンスのチームとも交流戦が1試合ずつ行われる(1チーム当たり6試合)。
1チーム当たり合計16試合行い、勝ち点の合計(勝ち=4点、引き分け=2点、負け=0点、3トライ差以上の勝ち=ボーナス1点、7点差以内の負け=ボーナス1点)でレギュラーシーズンの順位を決定。その後、上位4チームがトーナメント方式のプレーオフへ進出し、優勝から4位までが決まる。
入替戦も実施される。D1下位チーム(10~12位)はD2上位チーム(1~3位)と、D2下位チーム(4~6位)はD3上位チーム(1~3位)と、それぞれ残留・昇格をかけて争う。
3部制で構成されるリーグワン
(出所)リーグワンを基に筆者
リコーブラックラムズ東京はリーグワンの最上位グループD1に所属。しかし昨シーズンは12チーム中9位と、入替戦一歩手前まで追い詰められた。
リーグワン2022年シーズンのD1順位
(出所)リーグワン
キャプテンとしてチームを率いる武井日向(敬称略、以下同)は昨シーズンを振り返り、「もっと『ブラックラムズらしさ』が出せてれば...」と悔しさを滲ませる。「実力のある選手が揃っていて、本来の力はもっと上。それを引き出せるようにチームを引っ張っていきたい」と今シーズンへの意気込みを語る。
リコーブラックラムズ東京の試合を観戦してきた筆者も、チームの総合力は上位チームにも引けを取らないと感じている。昨シーズンは開幕スタートダッシュを成功させ、一時は1位に躍り出た。また、ランキング上位の強豪チームとも互角に渡り合い、そのポテンシャルの高さを見せつけた。シーズン後半、新型コロナウイルス拡大や主力選手のケガなどで失速してしまったが、上位に食い込む実力は十分あるだろう。
チーム飛躍のカギを握るのが、フォーメーション中央のSH(スクラムハーフ)でプレーする髙橋敏也(29)。2022年10月、日本代表の候補メンバーに招集された。残念ながら最終選考で代表には残れなかったが、その実力は折り紙付きだ。
期待のSH髙橋敏也選手
(出所)リコーブラックラムズ東京、stock.adobe.comを基に筆者
髙橋は物心ついた時から目の前にラグビーボールがあった。父が日本体育大学でラグビーをしていたのだ。自然とラグビーの道へと進み、小学生時代は横浜ラグビースクールに所属。毎日、近くの公園で走り込みをし、練習がない日も家の前で父とパスやキックの練習をした。
ラグビー漬けの生活は徹底している。小学校にいる間も貴重なトレーニング時間と考え、両足に1キロのウエイトを装着して過ごしていたという。「今思うと効果があったのかは分からないですが...」と苦笑いするが、こうしたラグビーへの真摯な姿勢が今の髙橋を築いた。
インタビューに応じる髙橋敏也選手
(撮影)筆者
中学・高校でも「目一杯ラグビーをしたい」という思いから、ラグビー部のある名門・国学院久我山に進学。ここで当時の恩師にSHのポジションを勧められたことが髙橋の転機となる。「(SHというポジションが)一切頭の中になかったので、最初は戸惑いました。でも今は、その時に変わって良かったと思います」―。SHはプレーの最初にボールを触ることが多いポジション。左右どちらにパスを出すのか、それともキックするのかといった戦略を自分で判断しチームを引っ張っていく楽しさに魅了されていった。
大学は早くから声を掛けてくれた青山学院へ進学。「僕は他のチームメイトのような輝かしい実績はありません。大学4年間は悔しい思いの連続だった」と振り返る。一方で「逆境の中でもやるべきことをやりきる」ことを学んだのも大学だった。顔には出さないが、人一倍「負けず嫌い」な髙橋は大学でも一心不乱にラグビーに打ち込んだ。
髙橋の強みは、身長182センチ、体重85キロというSHとしては大柄な体格。小柄な160~170センチ前半の選手が多いSHの中では異彩を放つ。そうした他のSHとのプレースタイルの違いを見込まれて2016年にリコーに入社、ブラックラムズの門をたたく。
夢に見たトップリーグの舞台だったが、チームメイトは実績があり有名な選手ばかり。最初は自分の実力との「差」に愕然としたという。ポジション争いも激しく、なかなか試合に出場できない日が続いた。
しかし、逆境でこそ真価を発揮するのが髙橋だ。パスやキックのスキルアップに加え、体格を生かしたディフェンスやジャッカル(タックルで倒れた選手からボールを奪う)を武器に、徐々に出場機会を増やした。昨シーズンは6試合に出場し2トライを決めるなど、リコーブラックラムズ東京に無くてはならない存在へと成長した。
「こつこつとやるべきことをやる。そしてチームメイトや他チームの同じポジションの選手に勝てるようにする。そうすればそのうち日本代表が見えてくると思う」―。今年は日本代表メンバー一歩手前まで迫った。彼の飽くなき向上心に終わりはない。「努力の人」髙橋敏也の活躍とさらなる成長に注目したい。
試合で活躍する髙橋敏也選手
(提供)リコーブラックラムズ東京
河内 康高