DX時代、問われるのは「創造性」
リコー経済社会研究所の田中美絵主席研究員は5月、東京ビッグサイトで開かれた「デジタル化・DX推進展」で、「はたらく人の創造性を高めるには―DXを成功に導くために―」をテーマに講演した。田中氏は日米で実施したアンケート結果などを踏まえた研究に基づき、「小さな気づきが創造性の出発点」と指摘。誰もが持っている創造性を生かしていく必要性を強調した。
このDX推進展は、業務効率化や組織強化を目指す企業、行政サービス向上を図る自治体が最新ソリューションを比較検討、パートナーの発掘を目的に開かれた。その一環で行われた田中氏の講演には98人が参加。「創造性」に対する関心の高さが示された。

講演する田中美絵主席研究員
「人にしかできないこと」
田中氏は講演で、「DX」と創造性の関係について、「単なるIT導入や業務自動化ではない」とした上で、「本当に価値を生んでいる仕事は何か」「デジタルに任せられる部分はどこか」を問い直し、仕事そのものを再設計する取り組みがDXであると指摘。そして「課題を捉え直し、新しいやり方を生み出す力が必要になる。ここで問われるのが創造性だ」と述べた。
その上で、世界のリーダーが集まる「世界経済フォーラム」が2025年に発行したレポートでも「創造的思考」は今後重要性が増すスキルの上位に位置づけられていると紹介。DXが進むほど、「人にしかできないこと」が問われる時代になっていくとした。
日本企業の課題
創造性思考の重要性が高まる中、リコーが事務局を務める「はたらく人の創造性コンソーシアム」は今年、創造性に関する日米アンケート調査を実施。田中氏はその結果を紹介した。
調査結果によると、「私の職場はデジタルツールの活用によって業務の効率化ができている」という問いに対し、日本で「そう思う」と回答した人は32%にとどまる一方、米国は75%を超えていた。なぜこのような違いが生まれるのか。背景には、創造性に対する意識の差や創造性を発揮しやすい組織環境の違いが影響している可能性がある。
同コンソーシアムが2023年に行った調査では、創造性が重要だと思う人の割合は、日本が6割強であるのに対し、米国では9割を超えていた。さらに「会社が創造性を発揮することを奨励・支援していると思いますか」という問いに対して日本は45%にとどまり、「創造性は重要」と思う人の割合を下回った。
ここには約16ポイントの差がある。田中氏は「働く人自身は創造性の必要性を感じていても、職場の側が十分な支援を提供できていない(あるいはそう受け止められている)ことを示唆している」との分析を紹介した。
DXは単にツールを導入すれば進むものではない。創造性を発揮しながら組織の課題を特定し、業務を再設計していく取り組みである。だからこそ、創造性を発揮できる組織文化や奨励・支援の有無がDX推進にも影響しているのではないだろうか。田中氏はDX時代にこそ、創造性が求められていると訴えた。

「創造性が重要だと思う人」の日米比較
(出所)はたらく人の創造性コンソーシアム「創造性アンケート調査2023」
「特別なもの」ではない
田中氏は創造性を身近なものとして捉え直す視点も示した。創造性と聞くと、芸術家や発明家のような「特別な才能」を連想する人が多い。しかし、同コンソーシアムは創造性を「ある分野において新しく、役に立つアイデアを生み出すこと」と定義している。
さらに創造性には「mini-c」「little-c」「Pro-c」「Big-C」という四つの段階があり、歴史に残る発明だけが創造性ではない。「もっと良いやり方があるのでは?」と感じる小さな気づき「mini-c」も創造性の出発点であると語った。
| mini-c=気づき 本人にとって意味のある解釈(気づき) 「この会議資料、毎月同じような作業をしているな」 「社内からの問い合わせ、実は同じパターンが多いかも?」 |
| little-c=日常の中で生まれる創造性 「エクセルの集計に関数を使って楽にしよう」 「テンプレートを使って問い合わせ対応を早くしよう」 |
| Pro-c=専門家レベルの創造性 人事データと働き方データを組み合わせ、組織課題を発見する 生成AIを組み込んだ業務フローを設計し、部門全体の生産性を高める |
| Big-C=歴史に残る創造性 スマートフォンの開発(情報アクセスの方法変革) クラウドサービスの導入(必要に応じた利用) |
創造性をめぐる四つの段階
(出所)Kaufman, J. C., & Beghetto, R. A. (2009). Beyond big and little: The four c model of creativity. Review of general psychology, 13(1), 1-12.を基に作成
創造性の出発点である小さな気づきについて田中氏は、①会議前に資料を共有し、議論の時間を増やす②問い合わせ対応を整理し、業務を効率化する③日々の仕事の進め方を少し改善する--といった事例を紹介。日常業務の中での工夫もすべて創造性の発揮であるとした。
「日常の工夫はDX推進の現場においてはむしろ本質的だ。なぜなら、現場の小さな違和感や工夫の積み重ねが業務再設計の素材になるからである」とした上で、田中氏は創造性を決して一部の人だけのものではなく、「自分事」として捉えるよう訴えた。
発散と収束のサイクル
では、創造性はどのように高められるのだろうか。アイデア創出に向けたプロセスを「発散」「収束」の二つのフェーズに分けた上で、「個人」と「チーム」に対する支援をそれぞれ考えると具体策が見えやすくなるとの研究成果を紹介した。
個人のアイデア発散フェーズでは、「一人ひとりの知識の多様性を高める」よう支援し、チームは「知識の流通量を増やす」形での支援が発散に有効としている。これに対して収束フェーズで個人は「一人ひとりの知識の質を高める」、チームとしては収束に向けて「個人の知識を結合して目指す方向性についての焦点を合わせる」ことが有効だと語った。

アイデア創出に向けた「発散」と「収束」(イメージ)
(出所)はたらく人創造性コンソーシアム講演資料
具体的に考えてみたい。一人ひとりの創造性の基礎となる個人の「発散」フェーズでは、専門以外の経験をすることで知識の多様性を高めるよう支援し、発想が広がる土壌をつくることが重要となる。
有名な例として挙げたのが、アップルを創業したスティーブ・ジョブズの学生時代の経験。ジョブズは学んだカリグラフィー(書道など装飾文字)が製品パソコンのシリーズ名「Mac」の美しいフォント設計につながったと後に語っている。一見、今の仕事と関係がないと思われる経験でも後からアイデアの源泉になることがある。こうした知識は質を高めるなどして個人としての収束が求められる。
チームの創造性を高める
次に取り上げたのがチームとしての「発散」。カギとなるのが「異なる知識や視点が自然に交わる状態」を醸成すること。そのためには「時間・リソースに余裕があり、試すことが許される環境」や「心理的安全性があり、小さなアイデアも共有できる雰囲気」「新しい挑戦を歓迎し、評価・称賛する文化」などが求められる。これにより、知識の流通を円滑化し、増やすのが可能になるとした。
では、チームとして知識を「収束」させ、実績を出すにはどうすればよいか。具体例として田中氏は、申請事務のデジタル化を挙げた。申請システムの整備部門は「必要情報は最初からすべて入力してもらう方が効率的」と考えてさまざまなアイデアを出しがち。一方、実際に申請する人は「入力項目が多すぎると申請自体が後回しになる」と感じ、柔軟な仕組みを求める。こうした異なる視点を分かち合い、考慮した設計を模索することで質の向上につながる。田中氏は「これも創造性の成果と言える」と語った。
小さな一歩につながれば...
創造性とは何か。講演の最後に田中氏は①日々の仕事の中で「もっと良くできないか」と気づく②小さな工夫を試してみる③異なる人の視点を取り入れて仕事の進め方を見直す―ことなどの積み重ねがDXを前に進める力になると強調した。
「あ、もしかしたら自分も結構、創造性を発揮していたかも」と思う方がいたら、より高い創造性がこれから発揮されるかもしれない。創造性は一部の特別な人だけのものではない。「今日の話が皆さんの職場での小さな一歩につながればうれしく思う」と語り講演を締めくくると、ほぼ満席の会場から大きな拍手。少なからぬ人が首を縦に何度も動かしていた。

ほぼ満席の講演会場
《おさらい》
Q DX時代に「創造性」が重要と言われるのはなぜ?
A 業務の自動化がDX化で進むほど、「人にしかできないことは何か」が問われるようになる。課題を捉え直し、新しいやり方を生み出すには、創造性が必要。
Q 特別な才能が創造性に必要なのか。
A いいえ。創造性は「新しく役に立つアイデアを生み出すこと」であり、誰もが発揮できる可能性を持つ。身近なところでは、「本人にとって意味のある解釈(気づき)」や「日常業務の中の小さな工夫」も立派な創造性の一つである。
Q 創造性を高めるために何をすれば良いか。
A 「発散」と「収束」のサイクルが重要。発散では多様なアイデアを出し、収束で価値ある形に磨いていく。個人は幅広い知見を学びつつ質を高め、チームは異なる知識や視点が自然に交わる環境をつくり、方向性を一致させてアイデアの有用性を高める。
タグから似た記事を探す
記事タイトルとURLをコピーしました!
河内 康高