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頼政権、野党攻勢も支持率アップ―台湾

 「ねじれ国会」で漂い始めた新たな世論

2024年11月01日

中国・アジア

主任研究員
武重 直人

 中国と距離を置く、台湾・民主進歩党(民進党)の頼清徳政権が今年5月20日発足した。しかし、立法院(国会に相当)は親中の中国国民党(国民党)と台湾民衆党(民衆党)の野党連合が過半数を占めており、ねじれ状態にある。両党は連合して、自らが有利となる法改正を推し進め、頼政権と激しく対立した。民進党は窮地に追い込まれた形だったが、逆に支持率を高め、攻勢をかけたはずの野党の支持が落ちている。中国との接近や野党の強引な国会運営がマイナスに働いた形だ。

立法院の権限拡大

 政権与党の民進党は、蔡英文前政権下で立法院議席の過半数を占めていたが、同党の経済運営に対する不満の高まりなどで、1月に行われた立法委員選挙で第2党(51議席)に後退した。総議席数113のうち、国民党が最多の52議席を獲得し、第3党の民衆党8議席と合わせると過半数の57議席を超える。このねじれ状態は2000~08年の民進党・陳水扁政権以来で、今後も政権運営の足かせとなりそうだ。

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2024年立法院議席(出所)台湾民意基金会を基に作成

 国民党と民衆党の野党連合は新総統の就任とほぼ同時に、「改革」と称して立法委員の権限を拡大し、総統の力を相対的に弱める動きに出た。具体的には立法院職権行使法と関連刑法の改正によって、総統に対して立法院への情勢報告や質疑応答の義務化を目指した。憲法は、総統が立法院で「報告してよい」と定めているものの、情勢報告も質疑応答も義務ではない。これを義務にして総統を批判の矢面に立たせ、イメージを下げるのが狙いとみられている。

異例な形で議事進行

 この改正案は、政府機関や法人、個人に対して参考人招致や関連書類の提出を求める権限も立法委員に付与。書類提出の拒否や、誤った答弁をした場合は罰金などを科すことができる。当然、こうした大きな権限付与には懸念が示された。もし立法委員が中国などの意をくんで権限を行使すると、重要機密が流出しかねない。また、答弁強制は人権保護の視点からも疑問視されている。

 国民党と民衆党が共同提出したこの改正案は、頼氏の総統就任を3日後に控えた5月17日に審議入りしたが、議会は紛糾。議席数を背景に、野党連合は通常なら行われる専門部会審議をカットするなど実質的な議論をしないまま、異例な形で議事を進行した。議長は親中派として名高い国民党の韓国瑜氏である。

議場で乱闘、負傷者

 この改正案を阻止したい民進党は立法院議場で実力行使に出て激しい乱闘となり、負傷者6人が病院に搬送される事態となる。乱闘の終息後も両陣営は垂れ幕やプラカード、怒号によって主張をぶつけ合い、混乱は収まらなかった。

 これと並行して立法院周辺では、民進党支持者を中心とする市民が連日デモを展開。議会運営を糾弾するデモ参加者は10万人規模に膨らんだ(注1)。デモ参加者への報道インタビューから分かるのは、「親中派議員が中国共産党と結託し、台湾の民主制度を破壊するのではないか」という危機感だ。

擴權法案 不是改革: 権力拡大の法案は改革にあらず

沒有討論 不是民主: 討論無くして、民主にあらず

黑箱國會 民主殺手: ブラックボックス国会が民主を殺す

デモ参加者が掲げた代表的な文言

再審議の請求却下

 今回のデモに漂う空気は、2014年に国民党・馬英九政権が中国に急接近したことで危機感が広まり、学生と市民が立法院占拠とデモを展開した「ひまわり運動」と重なるものがある。この運動は、国民党が推進していた中国とのサービス貿易協定を撤回に追い込み、国民党の支持率が低下した(注2)。

 しかし今回は「ひまわり運動」のケースとは異なり、激しい抵抗が展開される中で改正法が5月28日に強行採決された。これに対して行政院(内閣)は、改正法が憲法上の問題をはらんでおり、実行も不可能と判断し、立法院に再審議を請求した。しかし、野党が過半数の議席をバックに請求を却下、6月26日の同法施行が正式決定した。

憲法法廷に訴える

 すると与党はすぐに次の手を打った。民進党議員団と行政院(内閣)、総統、監察院はそれぞれ、改正法施行直後の6月27日、司法院大法官会議(憲法法廷)に改正法一時停止の仮処分と違憲審査を申請。総力を挙げて、この改正法に関して憲法が定める権力分立や人権を侵害すると訴えたのだ。

 憲法法廷は7月19日、改正法一時停止の仮処分決定を下した。この仮処分は違憲審査が行われるまでのもので、効力は最長6カ月。この間も与野党の攻防が続く。

中国から圧力、融和策も

 5月に発足した頼政権の船出は野党の攻勢で試練に満ちたものとなった。頼政権は立法院での野党攻勢だけでなく、中国からの圧力も激しい。例えば、頼総統が演説で「台湾と中国は互いに隷属しない」と発言すると中国が反発、人民解放軍が5月に続いて10 月にも台湾を取り囲む形で大規模軍事演習を展開している。また5月には台湾に兵器を納入する米国企業幹部、独立を支持する台湾人コメンテーターに対して入国禁止などの制裁を科している。このほか、6月には台湾からの輸入品に対する関税優遇を停止した。

 その一方で、中国共産党と国民党が連携し、融和策を演出している。実際、訪中した国民党関係者の要請を受けて台湾産かんきつ類の輸入を9月に再開。国民党の功績という形で台湾への制裁を緩めた。

非民主化への警戒感

 民進党は野党からさまざまな攻勢を受けているものの、支持率は上がっている。新政権の発足が決まった1月と議会攻防後の6月を比較すると、民進党の支持率は上昇。その一方、議会で攻勢をかけた側の国民党と民衆党の支持が顕著に落ちている(注3)。

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各政党支持率の変化(国会攻防の前後)
(出所)財団法人台湾民意基金会を基に作成

 与野党支持率をめぐる明暗の理由は何だったのか。中国接近と非民主化への警戒感という、10年前に流れた「ひまわり運動」の空気が再び漂い始めているのかもしれない。民進党政権の今後は、国会で過半数を持つ野党の国民党、民衆党との攻防、そして中国共産党の動きにも左右されるだろう。

5月 5/17 野党連合「立法院職権行使法」等改正法案を提出
5/19 民衆党が民進党本部前で与党批判デモ8000人
5/20 民進党・頼清徳氏が総統に就任
5/24 10万人デモ、野党連合の「立法院権限の不当な拡大」を糾弾
5/28 改正法案が可決
5/29 卓栄泰・行政院長(首相)、再審議請求の意向示す
6月 6/11 行政院が立法院に再議を請求
6/19 立法院が再議の審査を開始
6/21 立法院が再議案を否決、改正法の施行が確定
6/26 改正「立法院職務行使法」が施行
6/27 民進党団、憲法法廷に違憲審査と一時停止の仮処分を申し立て
6/28 行政院、憲法法廷に違憲審査と一時停止の仮処分を申し立て
7月 7/6 民進党・鄭文燦氏(前行政副院長)賄賂疑惑で逮捕
7/10 憲法法廷が準備手続き法廷を召集
7/19 憲法法廷が一時停止の仮処分を決定
8月 8/6 憲法法廷が口頭弁論
9月 9/20 立法院で国民党・民衆党が来年度予算案の審議見送り

頼政権と野党の攻防(出所)各種報道を基に作成



注1:立法院周辺で行われたデモは大規模なものだけで2024年5月17日、21日、24日、28日。徐々に規模が拡大し24日には10万人に。28日には全島15カ所に拡大した。当初は立法院近くの青島東路という通りで行われていたことから、デモの隠語として青島を青鳥に変えて「青鳥行動」と呼ばれるようになった。BBC News 中文https://www.bbc.com/zhongwen/trad/chinese-news-69073343 自由時報 https://news.ltn.com.tw/news/Taipei/breakingnews/4683618 いずれも(2024年8月1日閲覧)
注2:ひまわり運動の経緯は次の通り。国民党馬英九政権は中国との経済関係を深めるため「海峡両岸サービス貿易協定」を推進。市民の間に、中国の資本や労働者が大量に流入し、台湾の地場産業や雇用、メディアの自立、安全保障が脅かされることへの懸念が高まった。2014年3月17日、同協定の批准審議を行う立法院内政委員会において与党国民党は審議を終えずに第一審を強行可決させた。これに憤慨した学生らが立法院に突入し、世論の支持を背景に本会議場を24日間にわたって占拠 。この間、学生らは協定交渉を監督する規定を先に法制化し、それに基づいて協定を審査することを要求。立法院長がこれに同意したことで占拠は解除された。占拠中の議場の動画が外部配信されていたが、議場に飾られたひまわりが映し出されたことから、支援者から議場を占拠中の学生にひまわりが贈られ、この呼称で呼ばれるようになった。
注3:民衆党は党首の柯文哲氏が汚職の疑いで2024年8月31日に逮捕された(同9月2日保釈)。同党の支持率は6月の14.3%からさらに落ち、9月には12.0%になった。財団法人台湾民意基金会 https://www.tpof.org/ 

武重 直人

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