2024年05月15日
中国・アジア
主任研究員
武重 直人
今年3月に開催された中国の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)は、経済面の評価が総じて低かった。政治優先の印象が強く、経済政策の具体性が乏しかったためだ。しかし、全人代の閉幕後、具体性と規模を伴う需要喚起策や対外開放策のガイドラインが公表された。これを基に地方政府が個別政策に落とし込んでいく。経済テコ入れに向けて外資誘致を打ち出した形だが、中国政府の意図が日本企業などにも広く浸透するかどうか...。
今年の全人代は政治優先を強く印象付けた。本来、経済政策を取り仕切る首相と政府国務院が全人代の主役だ。しかし今回は、首相の「政府活動報告」の時間が半減したほか、開幕直前には首相記者会見の恒久的中止が発表された。加えて、今回の法改正で国務院が「中国共産党の指導を堅持する」と規定されるなど政治(党)優先の動きが目立ち、経済は軽視されていると受け取られた。
2024年の実質GDP(国内総生産)成長率目標「5%前後」の達成は容易ではない。ゼロコロナ政策で落ち込んだ前年の反動で成長した23年と異なり、24年はスタート地点が高い。全人代で示された経済政策では物足りない、というのが大方の評価だった。
それは株式市場に表れた。「政府活動報告」には新政策もあり、超長期国債(10年超)を2024年に1兆元発行し、国家戦略分野や国家安全に充てるとした。しかし、危機にひんする不動産市場や低迷が続いている消費を刺激する具体策が乏しく、失望感が勝った。3月5日の同報告後、株式市場はネガティブに反応した。
2024年全人代開催時期の株価推移
(出所)Investing.com、中国国家統計局を基に作成
しかし、全人代が閉幕した後に政策のガイドラインが明らかにされた。その一つが内需喚起を狙う「大規模設備更新と消費財買い替え推進の行動案」(3月13日公表)である。目標として、2027年までに設備投資額を23年比で25%以上増やすことなどを掲げている。
・ 工業、農業、建築、交通、教育、文化・観光、医療の設備投資規模を23年比で25%以上増 ・ 主要なエネルギー消費設備の効率を基本的に「省エネ級」にし、「環境性能A級」の割合を大幅増 ・ 工業企業のデジタル研究開発・設計ツール普及率90%超、コア工程の数値制御(NC)化率75%超 ・ 廃棄自動車の回収量を23年比2倍増、中古車取引量を23年比45%増 ・ 廃棄家電の回収量を23年比30%増、資源供給に占めるリサイクル材の割合を増加 |
「大規模設備更新と消費財買替え推進の行動案」で示された「2027年までの数値目標」
(出所)国务院关于印发《推动大规模设备更新和消费品以旧换新行动方案》的通知 国发〔2024〕7号を基に作成
この行動案の概要として、①設備更新=主要産業の設備、建設・都市インフラなど更新対象②消費財買い替え=自動車や家電など消費財の買替え促進や住宅の内装改修③リサイクル=リサイクルの仕組み構築と中古市場の整備④標準更新=エネルギー関連の基準整備加速、重点分野の国内・国際規格の連携強化⑤政策支援=財政、税収、金融などによる政策支援の増強・改善など―を示した(末尾資料1の概要一覧表参照)。
この政策への期待値は高い。中国銀行研究院は実質GDP成長率への影響を、設備投資の拡大によって0.4ポイント、自動車や家電の消費拡大では0.16~0.5ポイント引き上げると試算する。
類似政策としてリーマンショック後の2009~11年に実施された大規模な家電買い替え促進策を引き合いに出す分析記事もみられる。需要の先食いは生じるものの、停滞する内需の喚起と、企業の生産性引き上げを同時に狙うものだ。
この政策が公表されると、株式相場は跳ね上がった(前掲「2024年全人代開催時期と株価推移」参照)。北京社会科学院は、同政策の波及効果が大きい産業として、設備製造業、部品・サービス業(メンテナンス、技術サポート)、物流・運輸業、環境保護・回収業、金融・保険業の五つを挙げている。
全人代後に詳細が明らかになったもう一つの政策は、外資の取り込みを狙う「ハイレベルな対外開放の着実な推進と外資の誘致・利用の促進に関する行動案」(3月19日公表)である。背景には、西側諸国にデリスキングの機運が広がり、中国の対内直接投資が激減したことがある。昨年7-9月は、1998年の統計開始以来、四半期ベースで初めてマイナス(流出超)に落ち込んだ。
中国の対内直接投資額(四半期ベースのフロー)
(出所)中国国家外国為替管理局を基に作成
外資導入策の柱として打ち出されたのは、①外資の中国市場アクセス可能分野の拡大②投資の魅力を高める政策強化③公平な競争環境の整備と外資向け行政サービスの改善④イノベーション要素(人材やデータなど)の流動化促進⑤国内規制の整備と国際ルールとの整合―と言った5分野24項目(末尾資料2の概要一覧表参照)。
これらは必ずしも目新しいものでない。これまで改善には時間を要しているが、外国投資が停滞する中で中央・地方政府による環境改善の必要性が従来以上に高まっている。
内容を子細に見ると、新規投資だけでなく既に中国で事業を展開する企業にとってのメリットも多い。例えば、政府購買における外資排除の是正や入札制度の改善、知的財産権保護の強化などだ。
しかし近年、駐在員がスパイ容疑で拘束されるといった事案が起きており、デリスキングの動きも相まって中国への投資に慎重になっている企業は多いとされる。投資誘致策が思惑通りに奏功するかどうか、不透明な面は否めないだろう。それでも、中国は世界の巨大生産拠点であるとともに、無視が許されない大市場。日米欧を筆頭に各国経済と深く結びついている。今後の国内消費刺激策、外資誘致策の動向から目を離すことはできない。
資料1
設備更新 | 1 | 主要産業の設備更新・改造を促進(省エネ化・DXなど) |
2 | 建設・都市インフラの設備更新を加速(上下水道更新など) | |
3 | 輸送機器、農業機械の更新支援(新エネ化など) | |
4 | 教育、文化、観光、医療設備の水準向上 | |
消費財買替え | 5 | 自動車買替え促進(廃車義務基準の厳格実施など) |
6 | 家電買替え促進(支援補助など) | |
7 | 住宅内装改修(政府支援など) | |
リサイクル | 8 | 廃棄物および設備のリサイクルネットワーク構築 |
9 | 中古商品流通取引を支援 | |
10 | 再製造と階層利用を促進 | |
11 | 高度な資源再生利用を推進 | |
標準更新 | 12 | エネルギー消費、排出、技術基準の整備を加速 |
13 | 製品の技術水準の向上を強化 | |
14 | 資源リサイクル基準を提供 | |
15 | 重点分野の国内規格と国際規格の連携強化 | |
政策支援 | 16 | 財政政策支援を増強 |
17 | 税収支援政策を改善 | |
18 | 金融支援を最適化 | |
19 | 要素(土地やエネルギー)提供保証を強化 | |
20 | イノベーション支援を強化 |
「大規模設備更新と消費財買替え推進の行動計画」概要一覧
(出所)国务院关于印发《推动大规模设备更新和消费品以旧换新行动方案》的通知 国发〔2024〕7号を基に作成
資料2
市場アクセス拡大、 外資自由化 |
1 | 外国投資のネガティブリスト削減(製造業は全面撤廃、電気通信、医療を開放) |
2 | 科学技術イノベーション分野の外資アクセスを緩和(自由貿易実験区の開放支援) | |
3 | 銀行・保険分野の外資アクセスを拡大(銀行カード清算業務、中国の保険機関への投資支援など) | |
4 | 国内債券市場に参加する外国金融機関の業務範囲を拡大(関連手続き最適化など) | |
5 | 外国パートナーによる国内投資のパイロットプロジェクト実施(登録資本金要件の標準化など) | |
外国投資の魅力を 高める政策強化 |
6 | 外国投資を奨励する産業とプロジェクトを拡大 |
7 | 税制支援策を実施(自家用機器の関税免除、中国金融市場への投資に税優遇など) | |
8 | 財政支援を増大(人民元債券発行を支援、外国為替業務の利便性向上) | |
9 | エネルギー利用の保証を強化(外資企業のグリーン電力取引の促進など) | |
10 | 中部、西部、北東部地域への移転支援 | |
公正な競争環境の構築 外資に充実した サービスを提供 |
11 | 不正な競争や政策を一掃(政府調達、補助金における外資企業への差別是正など) |
12 | 入札制度を改善(入札参加を制限する不当な制限の撤廃など) | |
13 | 基準の策定・改定への公正な参加(外資企業の標準化専門委員会参加など) | |
14 | 行政法執行の科学的レベル向上(不規則な行政法執行行為の是正など) | |
15 | 「中国投資」ブランド強化(誘致活動展開など) | |
16 | 外資企業へのサービス強化(外資企業の苦情に対する調整メカニズム改善など) | |
イノベーション要素の 流動を促し 内外企業間の協力を促進 |
17 | 外資企業と本社間のデータフロー支援(越境データのセキュリティ管理の標準化など) |
18 | 国際ビジネスパーソンの往来促進(ビザ有効期間緩和、国際線フライト数の回復など) | |
19 | 外国人の労働/滞在許可管理を最適化(許可証申請のワンストップ化など) | |
20 | 国内外の機関の協力/革新を支援(外資の国内重点研究開発計画/プロジェクト参加など) | |
国内規制の整備、 国際的経済・ 貿易ルールとの整合 |
21 | 知的財産の保護を強化(知的財産保護規制、侵害事件の捜査・処理の強化など) |
22 | 越境データフローのルール改善(デジタル貿易ルール確立、パートナー国との協力メカニズム確立など) | |
23 | ハイレベルな経済貿易協定の交渉と実施を推進(CPTPPの加盟推進など) | |
24 | 国際的な経済・貿易ルール適合への試験的取り組み(国家総合実証区のサービス産業開放など) |
「ハイレベルな対外開放の着実な推進と外資の誘致・利用の促進に関する行動案」概要一覧
(出所)国务院办公厅关于印发《扎实推进高水平对外开放更大力度吸引和利用外资行动方案》的通知 国办发〔2024〕9号を基に作成
武重 直人