2024年04月16日
中国・アジア
主任研究員
武重 直人
2024年1月に投開票された台湾の総統・立法委員選挙は、台湾政治の新局面を印象付けた。特に目立ったのは、民主進歩党(民進党)と中国国民党(国民党)の二大政党に割って入る形で、第3勢力の台湾民衆党(民衆党)が大きく台頭したことだ。これを契機として政党勢力図の地殻変動が大きく進む様相だ。「中台統一」攻勢を加速する中国共産党の動向と併せて、目が離せない。
総統選挙は接戦の末、与党民進党の頼清徳氏が勝利し、今年5月から同党が3期連続で政権を担う。一方、同時に行われた立法院(国会に相当)の選挙では民進党の議席が過半数を割り、ねじれ状態に陥った。
その中で注目すべきは、第3勢力として結党わずか4年の民衆党が存在感を増したことだ。台湾では長らく、民進党と国民党の二大政党が得票を分け合い、第3極は大きな影響力を持たなかった。
しかし今回の総統選では、民衆党の柯文哲氏が26%もの得票を勝ち取った。結果的に実現しなかったが、この民衆党と国民党は投開票の約2カ月前まで候補の統一を試みた。実現すれば与野党逆転が確実視されるところまで来ていた。
総統選の各党得票率の変化(2020年と24年)
また、立法委員選挙の結果、民衆党は国政のキャスティングボートを握った。二大政党の議席はいずれも過半数の57を割り、採決では民衆党の議席に頼らざるを得なくなった。民衆党は今後4年の振る舞い方次第で、次の総統選での勝利も視野に入ってきた。
立法院の各党議席数の変化(2020年と24年)
台湾の政治勢力図の現在と将来を見定めるうえで、背景となる台湾の歴史を振り返っておきたい。
台湾に対する外来勢力の支配
台湾は当初、フィリピンなどと同じオーストロネシア語族の複数の民族が先住民として住む島だった。17世紀に状況が変わり、外来勢力から支配を受け続ける。初の台湾生まれの総統となった李登輝氏が「台湾人に生まれた悲哀」と表現したものだ。そして、これこそが現在も民主化、独立を希求する力の源泉になっている。
1945年、日本がポツダム宣言を受諾すると間もなくして、国民党政府の台湾統治が始まる。49年には、大陸で中国共産党との内戦に敗れた蒋介石率いる国民党や軍の関係者約120万人の「外省人」が台湾に入ってくる。
国民党政府は「反攻大陸、統一中国」を掲げ、台湾を中国共産党に反転攻勢する拠点とした。そのため台湾住民の中国人意識を高め、台湾独立の動きを厳しく弾圧。こうして少数の外省人が台湾を統治する形が固定化した。
しかし、国際情勢の変化によって「反攻大陸」は現実味を失っていった。蒋経国総統時代(1978~88年)には民主化が始まり、1986年には国民党支配からの独立を掲げる民進党の結党が黙認される。
「中国人か、台湾人か」―。台湾の住民は自身をどう認識しているのか。当然考えられるのは、国民党とともに戦後台湾に入って来た「外省人」が中国人を自認することだ。
その外省人の人口比はわずか13%にすぎない。とはいえ、1990年代までの国民党政権の教育を受けてきた世代(現在の40代以上)にも中国人意識がそれなりに浸透した。
台湾の民族構成 (出所)言語社会與族群意識 (1993年)
しかし、1990年代に民主化が本格化すると、中国人意識は弱まり、台湾人意識が強まった。国立政治大学選挙研究中心の「重要政治態度」に関する調査は、自らのアイデンティティーを「中国人」「台湾人」「双方」のいずれと認識するか長期追跡している。
調査開始の1992年と直近2023年(6月まで)を比べると、「台湾人」と認識する人の割合は17.6%から62.8%へと大きく増加、逆に「中国人」は25.5%から2.5%に大きく減少した。両方(中国人でありかつ台湾人)と回答した割合は46.4%から30.5%に減少している。
台湾民衆の台湾人/中国人アイデンティティー趨勢分布(出所)国立政治大学選挙研究中心「重要政治態度分布趨勢図」を基に作成(直近値は2023年6月)
民進党は国民党統治からの脱却を目指して1986年に結党した。つまり基本的に台湾人意識をもつ人が支持基盤だ。前出の国立政治大学の二つの調査データを組み合わせ、「台湾人意識をもつ人の割合」と「民進党を支持する人の割合」の関連を見てみたい。二つの線にはギャップがあるものの、双方の上下変動に連動性が見られ、台湾人意識が民進党を支えていることが確認できる。
台湾人意識と民進党支持(出所)国立政治大学選挙研究中心「重要政治態度分布趨勢図」を基に作成(直近値は2023年6月)
無論、政党支持にはさまざまな要因が絡む。例えば2005年頃に民進党の支持が下降し、台湾人意識と乖離(かいり)した。これは民進党の陳水扁政権の周辺で不正スキャンダルが次々と明るみに出た時期にあたる。この影響で同党は08年に下野した。
しかし、台湾人意識と民進党支持は再び高まる。2014年3月、中国との接近を唱える国民党の馬英九政権が、性急な形で中国とのサービス貿易協定を推進しようとしたことに世論が反発。サービス市場の開放で、台湾経済が中国に飲み込まれるとの警戒感が広がったのである。
2014年の3月から4月にかけて、同協定の採決阻止を訴える学生300人あまりが立法院を占拠した。「ひまわり学生運動」と呼ばれるこの行動は国民的関心事となる。現地テレビ局「TVBS」の世論調査(3月24日時点)では68%がサービス貿易協定に反対した。この運動を支援した民進党の支持率は再上昇し、16年の総統選で蔡英文氏の民進党が政権を奪還する。
2019年以降、台湾人意識は一段と高まる。香港で大規模な民主化デモと当局の弾圧が数カ月にわたって繰り広げられた年だ。「一国二制度」を踏みにじる中国に西側各国が不信感を表明したが、この「一国二制度」とは元々、香港への適用に先立って1981年9月に台湾に提案されたものだった。
総統選挙の得票率推移(総統直接選挙導入後)(出所)各種報道を基に作成
「今日の香港は明日の台湾」と感じた人々は、中国と距離を置く民進党を支持し、蔡氏は翌2020年の総統選挙において高得票で再選を果たす。
このように台湾人意識が民進党を支える構図があり、これを背景に民進党が政権をとるケースが増えている。
2024年の総統選は、政権長期化や物価高騰など与党には不利な条件下だったが、それでも民進党が勝利したのは、こうした基本的な構図に下支えされていたためとみられる
国民党は中国大陸発祥であり、中国人意識が支持の基盤だ。中国人意識と国民党支持率の関係を調べると、中国人意識が年を追って低下する中、国民党の支持率も長期スパンで低下傾向にあることが確認できる。半世紀に及ぶ国民党一党独裁下の教育や宣伝が色あせ、国民党支持の地盤が徐々に沈下する様子が見える。
その国民党が訴えるのが、中国との関係構築を通じて経済的恩恵を得るというストーリーだ。中台関係の安定を求める中国ビジネス関係者や新たな機会を求める人々がその支持層になる。
改めて国民党の支持率の推移を見ると、2000年代半ばから2013年頃まで高い水準にある。2000年代半ばと言えば同党の馬英九氏が国政に登場し、中国との経済関係拡大を訴えた時期だ。
中国人意識と国民党の支持率(出所)国立政治大学選挙研究中心「重要政治態度分布趨勢図」を基に作成(直近値は2023年6月)
この時期は2008年の北京五輪、10年の上海万博を控え、中国の発展が明確にイメージできた。また、台湾からの輸出における対中比率が急速に上昇し、対中経済のさらなる拡大が期待される時期だった。
台湾の輸出先比率 (出所)CEICを基に作成
しかし、その中国経済カードの力には陰りが生じている。中国経済の成長は鈍化し、西側諸国が対中デリスキングを推進する流れにも逆行する。馬英九時代の再現は難しくなっている。
中国人意識が地盤沈下する中、国民党は新たな活路を模索しなければならない段階に入っている。
今回、著しく躍進した民衆党は、医師から転身して無所属で台北市長(2014~22年)に当選した柯文哲氏が、市長在任中の2019年に結党した。市長選の勝利は、同年に発生した「ひまわり学生運動」の支持者や民進党支持者の票を取り込むことで実現したとされる。
今回の総統選もまた、大政党から流出した票を巧みに取り込んだ。「藍(国民党)緑(民進党)どちらも爛(ダメ)」というフレーズで二大政党への批判を展開。自らが第3の選択肢であることをアピールし、浮動票を取り込んでいった。
民衆党は全島的組織を持たないためSNSを巧みに活用し既成政党との結びつきが希薄な若年層の取り込みに成功。20~30歳代の票の4割を獲得したという。
その一方で政策は曖昧だ。主な争点となった中国との距離感についても、民進党と国民党の中間的な態度を示すにとどまった。ある台湾人は筆者に対して、民衆党は「消去法的に選ばれているにすぎない」と語っている。
物価が高騰して台北市の家賃相場も急な上昇カーブを描いている。民衆党はこうした現実を巧みに捉えて支持を広げた。
台北市の平均家賃/坪 (出所)信義企業集団、CEICを基に作成
台湾の政治状況を中国共産党はどうみているのだろうか。総統選直後、中国国務院台湾事務弁公室は「民進党は島内の主な民意を代表できない」「(中台)統一の大勢を妨げることはできない」という声明を発した。
習近平政権にとって台湾統一は特別な意味をもつ。習氏は自らの「思想」を党規約や憲法に書き込むなど、形としては先代指導者たちを超える地位を得たが、鄧小平の「改革開放」に匹敵する功績は作れていない。
独自の功績として台湾統一は格好の材料となる。習氏は台湾対岸の福建省や浙江省で長年勤務し、台湾問題のエキスパートと目されている。中国共産党の慣例を破る党総書記の任期撤廃が認められたのは、台湾統一をコミットしたためとの見方もある。
そして習氏は2022年10月、5年ごとに開催される中国共産党大会の演説で「祖国の完全な統一は必ず実現しなくてはならず、必ず実現できる」と語り、事実上の公約にした。ある意味で、先代たちが棚上げにしてきた台湾統一に期限を区切る形となった。同演説では「決して武力行使の放棄を約束しない」とも語った。
その習政権は民進党の頼清徳氏を「台湾独立の活動家」「トラブルメーカー」として警戒する。実は「中台統一か、台湾独立か」の議論について言うと、台湾の民意は「現状維持」である。蔡英文政権で掲げた「現状維持」路線の継承を頼氏も表明している。
それでも習政権が民進党に警戒感をあらわにするのは、同党が米国との関係強化を志向するためだ。今回、民進党が立法院で過半数を割って自由度を下げたことは、中国共産党にとっては、米国介入阻止の観点から好ましい結果だ。
ちなみに、長期スパンでみると台湾で中台統一への支持は大きく低下し、独立寄りが上昇している。統一推進の環境は悪化が進み、中国共産党は何らかの措置をとらなければならない状況にある。
台湾民衆の統一/独立の立場 (出所)国立政治大学選挙研究中心「重要政治態度分布趨勢図」を基に作成(直近値は2023年6月)
最後に、今後の台湾政治の動向を観察するうえで注目すべき三つの潮流を示したい。
一つ目は、民衆党が民進党の支持層を切り崩して行く動きだ。民進党はこれまで、台湾人意識の高まりが支持を底上げする構造上の恩恵を享受してきた。しかし次の状況から、この恩恵が民衆党に流れていく可能性が高い。
・年代別の支持政党比率を見ると、民衆党の主要支持層(20~30代)は民進党との重なりが大きい。
・政党支持は、民衆党の支持率が上がるのに歩調を合わせて民進党が支持率を下げている。
二つ目は、台湾野党と中国共産党の関係が強化、多様化する動きだ。これまで共産党による民進党へのけん制は、主に国民党との連携で行われてきた。
しかし、今回の選挙では、国民党よりもむしろ民衆党が民進党を切り崩した。共産党は今後、民衆党への支援を強化し、新たな連携の形を編み出していく可能性がある。
三つ目は、野党連合の進展だ。国民党は支持基盤が弱まり、かつ中国経済カードの効力も低下する二重苦に悩む。
総統選挙期間における各党の年代別支持率(出所)美麗島電子報「美麗島民調:2024年大選追蹤民調」第101波(23年12月27~29日調査)の結果を基に作成
一方で今回の総統選では、野党候補の一本化が成立寸前まで進み、与野党逆転が現実味を帯びた。これまでは、影響力を持つ第3勢力の出現はまれだったが、民衆党の躍進が状況を変えた。国民党と民衆党の連合戦略が浮上してくる。
政党支持率 (出所)国立政治大学選挙研究中心「重要政治態度分布趨勢図」を基に作成(直近値は2023年6月)
台湾政党の勢力バランスは激動期に入ろうとしている。
武重 直人