2016年10月18日
中国・アジア
主席研究員 金田一 弘雄
研究員 武重 直人
今日、中国経済は急速に変化している。例えば、電子商取引(eコマース)の利用率が日米などに比べて急ピッチで上昇している。こうした状況の中で、中国市場をターゲットとする日本企業においては、急速に変わるビジネス環境を考慮した上で、これまで以上に丁寧な市場分析と、その結果を踏まえたリスク管理体制の整備が必要となっている。今回は中国の小売におけるeコマースの状況についてレポートする。
中国共産党は2020年の国内総生産(GDP)および1人当たり所得を2010年から倍増させる目標を打ち出しており、各地域の法定最低賃金を毎年10%以上引き上げるなどの措置をとっている。それに伴って、中国の社会消費総額(小売総額)も増加している。
その中に見られる顕著な特徴の一つは、eコマースによる小売額が伸びていることである。2011年に社会消費総額の4.4%を占めるに過ぎなかったeコマースの割合は、2015年には12.8%に達している(図表1)。
(図表1)社会消費総額(小売額)とeコマースを通じた小売額の推移
(出所)中国国家統計局、中国電子商務研究中心『2015年(上)中国電子商務市場数据監測報告』2015年9月21日、その他の報道を基に作成
店舗販売は、総額として減少しているわけではないが、大型店舗の小売販売は減少傾向が顕著になり始めた。2015年の全国の実店舗小売の上位87社の総売上高は前年比3.2%減。さらに、2016年1~3月の全国店舗小売上位50社の売上金額は前年同期比で5.2%減となった(注1) 。実店舗販売が苦戦する実態は、現地でも頻繁に報道されている(具体例はBOX1参照)。
北京では百盛百貨や華堂商場が、上海では瑞興や美美、先施、OPA商場などが閉店に追い込まれた。広州では好又多や新供銷などの大型スーパーが撤退。湖南省の長沙では世紀華聯やウォルマート、成都ではNOVOや百貨天府、人人楽、瀋陽では伊勢丹や雅仕など、大手の小売店が相次いで撤退している。
中国チェーン経営協会の斐亮(はい・りょう)氏は「実店舗経営の現状を観察すると、売上額や利益率など、かつて経験したことのない事態に直面している。すぐにも有効な手段を講じなければ、店舗経営は泥沼にはまる」と語る。
主な原因は3つある。1つめは顧客体験への対応力不足だ。実店舗には商品の品揃えや品質だけでなく、心地よい環境やサービス、すなわち映画や外食などの提供も求められているが、消費者ニーズの向上に対応できなくなった。
2つめはeコマースの台頭だ。eコマースの扱う商品や利便性は拡大し、実店舗販売への包囲網が出来上がり、店舗はもはやeコマースのための「試着室」になり下がっている。「ネット通販がこんなに便利になると、店に足を運ぶ人が減るのは当然」と上海の百貨店店員はスマホでTモールのサイトを眺めながら語る。
3つめは実店舗運営コストの上昇だ。店舗の家賃、人件費、電気水道のコスト上昇は店舗経営を圧迫する。かつてはコスト上昇分を商品価格に転嫁できたが、今はネット上で価格が透明になったことで、それができなくなった。
(出所)「電商と店商、オンラインとオフラインの境界は消滅する」(原題 从电商到店商,业绩通消融线上线下零售边界)『捜狐』2016年3月1日ほか。
実店舗の経営を圧迫している要因の一つは、コストの上昇である(前掲BOX1)。このうち労働コストを見ると、商業サービス人員の2015年の平均賃金は2008年と比較して2.2倍の水準に達している(図表2)。
(図表2)商業サービス人員の平均賃金と商業用地価格の推移
(注) 平均賃金は私営企業の商業サービス人員。
(出所)CEICデータ(中国国家統計局)を基に作成
また、中国の小売に占めるeコマースの比率は、他の諸国と比較してすでに高水準にあるが、他国との差は今後さらに拡大していくと予測されており、中国市場を特徴付ける重要な要素になると見られる(図表3)。
(図表3)各国の小売総額に占めるeコマースの比率
(注) 2014年以降は推測値。
(出所)eMarketer "Retail Sales Worldwide Will Top $22 Trillion This Year", Dec. 23, 2014を基に作成
中国におけるeコマースは、各企業が独自のサイトを通じて行われるものもあるが、多くは大手モールを通じて行われている。取引額のシェアは、アリババ(Tモール)と京東商城(JDドットコム)の上位2社で全体の8割超を占め(図表4)、対照的なビジネスモデルで競い合っている(BOX2)。
(図表4)2015年上期のB2C型eコマースサイトの小売額シェア
(出所)中国電子商務研究中心『2015年(上)中国電子商務市場数据監測報告』2015年9月21日を基に作成
アリババのTモールは中国最大のシェアを有するものの、これはアリババ自身の売買取引額を示すものではない。同社は、出店者(商品供給者)にTモールというプラットフォームを提供し、広告費や手数料を得る業務を中心としている。
これに対して京東商城は、自身が商品の仕入れを行い、自身で売る業務を中心としている。京東商城は低価格で一括大量の仕入れを行うため、メーカーなどの商品供給元の利幅が小さく、また小売価格も低くなる傾向がある。
(出所)「京東とアリババの戦い、京東は今後5年で黒字化は困難」(原題 京东阿里财报大战 京东未来五年仍难盈利)『和訊股票』2016年3月10日。
中国のeコマースを通じた販売は従来もアパレルが高い比率を占めてきた。しかし、eコマースの利用は時を追うごとに多様化し、デジタル製品や雑貨などの商品に広がりつつある(図表5)。アパレル以外の商品を扱う企業も、eコマースの活用を考慮する必要性が高まっている。
(図表5)ネット購買の対象商品
(注) 複数回答。データがない商品カテゴリー/年はグラフ上記載なし。
(出所)CNNIC(中国互聯網絡信息中心)による各年の報告を基に作成
中国のeコマースのもう一つの特徴は、購買者のモバイル端末の利用率が高いことである。モバイル端末の利用はグローバルベース(中国を除く)で35%であるのに対し、アリババ利用者の場合、2015年の第1四半期に51%、第3四半期には62%に上昇、2020年には74%に達すると予測されている (注2)。
eコマースによる販売が大きく伸びている背景には、厳しい価格競争の下での薄利多売がある。このため、eコマース運営会社の赤字決算や倒産、合併が頻発している(BOX3、4)。こうした中、商品供給元にとってはいずれのeコマースを活用するかという選択が重要な課題となる。また、低価格路線のモールの影響力が増していくと、eコマース活用の有無にかかわらず業界全体が値下げ競争に巻き込まれる可能性もあり、各メーカーともコスト対応力の強化が必要となってくる。
eコマース小売大手の京東商城は、2015年通期決算において、受注額が前年比78%増の4627億元に達した一方で、最終損益93億元(約1,720億円)の赤字を計上した。
受注額の78%増は、インターネットサービス大手テンセントとの事業提携や取扱商品の多角化などによるものであり、中国におけるeコマースを通じた小売全体の伸び(37%増)を大きく上回った。
にもかかわらず、巨額の赤字となったのは、上記事業提携に絡む費用などが巨額に上ったためである。もっとも、その影響を排除しても6.65億元(約121億円)分の赤字(損益率0.5%)となる。
同社の2015年第4四半期のネット通販事業は、粗利率が14.3%にとどまったのに対し、経費率が17.0%に達してしている(市場開拓費・研究開発費・管理費の合計が売上の8.7%、倉庫や物流などの販売履行費が同8.3%)。
こうした収益構造のため、営業赤字が2013年第4四半期から続いている。
同社は自らが売買当事者として仕入・販売をする業務を中心としており、倉庫や物流網を自ら手掛ける「重量投資型」のビジネスを展開している。
同社は、取扱商品を主力のITや家電から日用品へと拡大し、また供給方式をO2O(実店舗との融合販売)に広げることで、規模を拡大する路線をとっており、そのための投資も膨らんでいる。黒字化には、少なくともさらに5~7年を要すると見られている。
(出所)「京東とアリババの戦い、京東は今後5年で黒字化は困難」(原題 京东阿里财报大战 京东未来五年仍难盈利)『和訊股票』2016年3月10日ほか。
アマゾン傘下の生鮮品ネット小売、「美味七七」が倒産した。これは今年最初の生鮮品eコマースの倒産であり、2015年の倒産状況とあわせ見ると、業界には倒産の波が押し寄せつつあると言える。
美味七七はアマゾンが中国で最初に投資した生鮮品eコマースである。同社は2千万ドルの投資を受け、冷凍物流や加工センターなど、充実した設備を駆使する路線をとっていた。業界関係者は、生鮮品eコマースの競争は激化しており、資金投入合戦が3年程度は続くと見る。
美味七七は、2015年5月にアマゾンの投資を受けても、経営は上向かなかった。価格戦略を進め、パッケージ料金(送料免除の最低単価)を99元から77元に下げるなどして客単価を引き下げた。しかし、商品やサービスの質を犠牲にしたことで顧客離れが起こり、資金繰りに窮することになった。
「中国生鮮品eコマース市場レビュー2016」によると、2015年の国内のネットによる生鮮品小売金額は、542億元と前年比で87%伸び、ネット小売全体の伸びを54%ポイント近く上回った。ネットを通じた生鮮品小売は2016年に914億元、2017年には1,500億元に増えると予測されている。
公開データによると、2016年になってからすでに生鮮品eコマースの10社が大手の投資を受けている。(アリババ→「易果園」、京東→「天天果園」など)その一方で倒産件数も多く、2015年には15社が倒産した。
急速に淘汰が進むと同時に、大規模な資金投入が進むといった、一見矛盾した状況が生じている。
中国の農産品を扱うeコマースのうち、黒字なのは僅か1%程度に過ぎない。
(出所)「アマゾン出資の生鮮品eコマースが倒産、大手参入で代理戦争化」(原題 亚马逊投资生鲜电商倒闭 行业进入巨头角逐模式)『南方都市報』2016年4月15日。
以上に示した通り、中国では小売総額が全体として伸びる中で、実店舗販売が減退し、eコマースの存在感が増している。中国市場をターゲットとする日本企業にとっても、eコマース活用およびこれに伴う決済実務への円滑な対応の成否が中国市場における販売業績を大きく左右するようになると予想される。また、効果的なeコマース活用法の追求とともに、eコマース間の競争激化による低価格化に備えたコスト対応力の強化も必要になる。
(注1) 2016年7月7日の中国商業連合会と中華全国商業情報センターの発表による。100強のうちeコマース7社が前年比56.2%増、eコマース+実店舗の6社が前年比15.8%増、実店舗の87社が3.2%減だった。「小売100強中、実店舗87社の販売額が下落」(原題 零售百强中87家实体店销售下滑 新型购物中心崛起)『嬴商網』2016年7月8日。「大型小売50社の売上が前年比5.2%減」(原題 50家大型零售企业零售额同比降5.2%)『大洋網』2016年4月14日。
(注2)The Boston Consulting Group & AliRsearch『中国消費趨勢報告』(原題 中国消费趋势报告:三大新兴力量引领消费新经济)2015年12月、11頁。
研究員 武重 直人