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中国の教育事情 止められぬ「競争」の仕組み

2015年01月01日

中国・アジア

研究員
武重 直人

 「米国の大学に来る日本人学生が減っているのとは対照的に、中国人学生は非常に増えている。しかも極めて優秀な学生が多い」(2014年10月、歴史学者でハーバード大学名誉教授の入江昭氏)

 経済協力開発機構(OECD)が各国の15歳の生徒を対象に実施するPISA(生徒の学習到達度調査)において、中国は初参加の2009年に全四分野中の三つ(数学・読解・科学)でダントツの首位。しかもこれはトップレベルの特別な生徒の話ではない。PISAには成績上位校だけでなく、各レベルの学校が参加しているからだ。

 中国の学校制度は日本と同じく、小学校から大学まで「6・3・3・4」が基本。高校には普通高校以外に中等専門学校(4~5年)や職業高校(2~3年)が、大学には本科(4~5年)のほか、短大に相当する専科(2~3年)、職業技術学院(2~3年)がある。

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小学校から「越境入学」は当たり前

 世界トップの水準を誇る中国の教育を一言で表現すると、生徒、教師、学校を巻き込む「競争」である。 

 小学校の校門付近は下校時間になると、生徒を迎えに来る自動車やバイクでごったがえす。共働きの家庭が多いため、その大半が生徒の祖父母である。こうした光景が中国全土で見られるのは、越境入学が盛んだからだ。中国でも学区制度が採用されているものの、進学実績の高い学校への越境入学が人気のため、送り迎えが必要になる。一方、学校は別料金を徴収し、学区外からの生徒を喜んで受け入れる。優秀な生徒を集めると、学校の進学実績と教師の評価が高まるからだ。

 筆者は上海市内の評判の良い小学校を参観したことがある。小学4年生の授業では、教師が矢継ぎ早に質問を浴びせると、生徒全員が大きな声で解答するなど、言葉のキャッチボールが繰り広げられていた。教科書の暗誦をはじめ、生徒自身が声を発する場面が目立つ。休み時間の終わりには、校内放送にあわせて生徒が顔や目のマッサージを始め、次の授業に集中する準備に入る。

 授業の1コマは40分。小学1年生は6コマ(午前4午後2)こなし、高学年になるにつれて8コマ(午前午後各4)の日が増えていく。多くの学校は朝8時始業だが、その30分前から全員に前日授業の復習など補習が課せられる。

 地方の小さな街へ行くと、夜10時でも中高生が学校付近をぞろぞろと歩いている。夕方5時ごろに終業した後、1時間ぐらいで夕食を済ませ、補習授業や自習に臨んでいるからだ。これは生徒のためというより、教師や学校のためというべきかもしれない。生徒の進学実績が学校への予算配分や教師の出世に直結するからである。成績が良ければ学費を安くし、学校外で塾を経営しながら優秀な中学生を「青田買い」する高校もある。

 長時間補習で中高生の疲労が深刻になり、中央や地方の政府は補習の制限・禁止や、登下校時刻の規定などを行った。ところが、評判は芳しくない。むしろ生徒と親の負担が重くなったからだ。補習がなくなっても受験競争はなくならず、生徒は塾や家庭教師を探さなければならない。親も学費の追加負担を強いられる。 上海在住で小学4年生の一人息子を持つ母親は「大学入試制度が変わらなければ、何も変わらない!本当は子供をいろいろな所へ遊びに連れて行ってやりたい...」と複雑な表情を浮かべる。

大学入試は「統一試験」一発勝負

 中国の大学入試は私立も含め、「大学学生募集全国統一試験」の一発勝負が基本だ。日本のセンター試験に例えられるが、システムは大分異なる。実は、全国統一されているのは試験日(毎年6月)ぐらいであり、試験科目や配点を独自に決めるのは各省になる。最も多いのが「3+文/理」のパターン。国語・数学・外国語に加え、文系総合か理系総合かを選択するものだ。試験時間は各科目2時間半で合計10時間、2日間行われる。

 大学は省ごとに合格者数の枠を設定し、省内の順位によって合格者を決める。その際、省内戸籍者の門が広く、省外戸籍者は狭くなる。つまり、北京の大学に合格するには、外部戸籍者は北京市戸籍者より高い得点を取る必要がある。

 1978年以降の改革開放の推進により、高等教育を受けた人材の社会的な需要が拡大し、1982年憲法では私立学校も認められるようになった。しかし1990年代半ばになっても、大学進学率は5~6%にしか上昇しない。このため政府は1999年、「拡招」と呼ばれる大学定員を大幅に増やす政策を打ち出した。

 この過程で「二級学院」が続々と登場した。ブランド力を持つ有名校の看板を借りた民間運営の私大である。「浙江大学城市学院」などと名乗るから、新設校でも知名度不足のハンディキャップを補える。

 しかも有名校の校舎と教員を借り、有名校の名義で学位も授与していた。さすがに当局も2008年、二級学院の有名校からの独立を義務付け、「独立学院」と呼ばれるようになり、今では約300校が存在する(それ以外の四年制私立大学は約700校)。こうした定員拡大の結果、大学入学者数は1998年の108万人から2013年の700万人へと急増。大学進学率は2012年に27%まで上昇している。(同年日本は61%)

大学は出たけれど...「アリ族」が出現

 ところが、大学の定員拡大は大卒者の就職難を引き起こしてしまい、新卒者の就職率は70%程度にまで落ち込んでいるという。職にあぶれてしまった若者はビル地下などの劣悪な環境で共同生活を余儀なくされ、「アリ族」と呼ばれながら、就職活動に臨んでいる。

 一方、政府は大学教育の裾野を拡大すると同時に、有名校の競争力強化に努めている。1993年の「211プロジェクト」では、21世紀に向けて教育・研究・管理の基盤を強化すべき100校を選抜。1998年の「985プロジェクト」は、欧米の一流校レベルを目標にする40校を選び、予算を重点配分している。

 それとともに、ブランド大学を目指す受験競争が一層激化している。その頂点が清華大学だろう。様々な大学ランキングの上位の常連であり、歴代の共産党政治局常務委員(7~9人で構成される最高指導部)のメンバーには同校出身者が圧倒的に多い。現政権は習近平国家主席だけだが、前政権では胡錦濤前国家主席ら延べ5人がOBであり、他校を圧倒してきた。洋の東西を問わず、学歴信仰は権力と強く結びついている。

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武重 直人

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※この記事は、2015年1月1日に発行されたHeadlineに掲載されたものを、個別に記事として掲載しています。

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