2019年08月08日
中国・アジア
研究員
新西 誠人
中国では、スマートフォンなどを使って支払いを済ませるキャッシュレス化が、世界で最も進んでいるといわれる。英紙フィナンシャル・タイムズが2016年に行った中国の都市部に住む人への調査では、全体の98.3%が過去3カ月にモバイル決済を利用したという。未だ現金決済が中心の日本では、考えられない数字だ。紙幣や硬貨を使わなくなった社会とはどんなものなのか―。中国の西安へ出張する機会があったので体験してみた。
中国で普及しているのはQRコードを使うタイプ。まずは渡航前の準備。利用するには、原則として専用のスマホアプリと中国の銀行口座をひも付けしなければならない。しかし、調べてみると「WeChat Pay」というサービスなら、中国の銀行と取引がなくても登録できることが分かった。
まず、LINEに似た通信アプリ「WeChat」をスマホにダウンロードする。WeChat Payはその付加サービスなのだ。アプリからクレジットカード番号などを入れると完了。カードは日本で発行されたものでも受け付けるので、登録自体は簡単にできる。
ただし問題があった。日本のクレジットカードからは、WeChat Payに入金できないのだ。その場合、日本の駅や空港などにも設置されている「ポケットチェンジ」という緑色の端末を利用する。海外旅行で余ったお金を電子マネーと交換できるサービスだ。
東急田園都市線の二子玉川駅で見つけた端末で入金を試みた。画面でWeChat Payを選択し、海外旅行で余った数百円分の外国硬貨を投入。実勢為替レートから手数料を引いた金額が表示され、QRコードが付いた紙が印刷される。このQRコードをWeChatのアプリで読み取り、パスポート番号などを入力するとチャージが完了した。
実は後日、数千円分を追加するつもりだったのだが、誤算が生じた。出発直前に成田空港のポケットチェンジで入金しようとしたのだが、「WeChat Payへの交換を一時的に停止しております」というメッセージが現れ、受け付けてくれなかったのだ。結局、数百円の残高のまま西安に向かうことになった。
西安はかつて長安と呼ばれた、中国を代表する古都だ。三蔵法師がインドから持ち帰った経典を保存するために建てた大雁塔をはじめ、古い建造物があちこちに残る。しかし、そんな古い街並みの中にもWeChat PayのQRコードがあふれていた。露店の土産物屋や路上パフォーマーでさえ掲示しているほどだ。
現地を案内してくれたガイドの樊英英(ハン・エイエイ)さんによると、西安は観光地なので現金も問題なく利用できるという。しかし、郊外に行くとキャッシュレス決済しか受け付けない店も少なくないそうだ。現金を使えば、盗まれたり偽札をつかまされたりするリスクがあるからだ。実際、土産を購入する際に100元札(=1600円程度)を露店で出したところ、店員はお札を引っ張ったり透かしたりと偽札でないことを念入りに確かめていた。
支払い用のQRコード
筆者の残高が数百円しかなかったので、ハンさんにWeChat Payでの支払いを実演してもらうことにした。ちょうどショッピングモールの中にカフェがあったので、二人分のコーヒーを注文する。
QRコードでの支払いは一瞬で完了
会計は驚くほど簡単だ。スマホ上でアプリを起動し、支払方法を選ぶとQRコードが表示される。それを店員がバーコードリーダーで読み取ると支払いが完了。あっという間なので、危うく写真を撮り損ねるところだった。
「財布は持たなくてもスマホは必携」とハンさんは語る。友人との貸し借りなど、個人間のお金のやりとりもキャッシュレス。もはやWeChat Payなしでの生活はありえないという。
便利な半面、スマホの電池が切れると大変なことになる。電話やチャットだけでなく、買い物までできなくなるからだ。そのせいか、カフェでは各席にコンセントが用意されていた。さらに、ショッピングモールのあちこちにレンタル充電器があった。1時間1元(=16円)ほどで借りられる。もちろん支払いはWeChat Payだ。
ショッピングモールのレンタル充電器
ハンさんは「キャッシュレス化が進んでスリが減った」と言う。みんな現金を持ち歩かなくなったからだ。スマホを盗んでも、セキュリティーがかかっているのでWeChat Payは使えない。「スマホだけなら売っても大したお金にならないしね」とハンさん。キャッシュレス化は個人の生活スタイルだけでなく、街の雰囲気も変えていくようだ。
このスマホ決済、日本では根付くのだろうか。台中科技大学(台湾)でキャッシュレス決済を研究する連俊瑋(レン・シュンイ)副教授に聴くと、「日本では使っている人が少ないので利用実態を調査するのにも苦労する」と苦笑する。連氏によると、中国では既に9割以上の消費者が使っているのに対し、台湾では5割。日本ではさらに利用率が低いという。
それでは不便だという訪日外国人の声を受け、政府もスマホ決済の普及に乗り出した。2025年の普及率は40%を目指す。それに先立つ2020東京五輪に向けて企業の市場参入も相次ぐ。世界でも有数の現金社会といわれてきた日本。「台湾での調査結果だが」と前置きした上で、連氏は「普及にはモバイル決済サービスへの信頼がカギを握る」と指摘する。キャッシュレスが根付いた時、日本の社会はどう変わるのだろうか。帰国時に利用した西安咸陽国際空港で、初めてWeChat Payを使って購入したペットボトル入りの酸梅湯(=梅ジュース)を飲みながら考えた。
(写真)筆者 RICOH GRIII
〔お断り〕
2019年7月19日付のポケットチェンジのニュースリリースによると、一時停止されていたポケットチェンジからWeChat Payへの入金は再開されるという。しかし、今回筆者が行った国際クレジットカードの登録は実名認証とみなされなくなったため、この記事で紹介した方法では今後も入金できない見込みという。WeChat Payへの交換は自己責任でご利用いただきたい。
新西 誠人