2020年09月28日
中国・アジア
主任研究員
武重 直人
病院に殺到する人、人、人...。2020年1~2月、中国湖北省・武漢市からの映像に世界は驚愕した。その後、新型コロナウイルスは日本のほか、アジア、中東、欧州、そして南北アメリカ大陸に襲い掛かり、猛威を振るい続ける。
一方、「震源地」の中国はいち早くロックダウン(都市封鎖)に踏み切るなど、習近平政権が躊躇(ちゅうちょ)なく強権を発動。3月までに感染爆発をほぼ抑え込んだ。
しかし、世界第2位の中国経済は深刻な打撃を受けた。実質GDP(国内総生産)成長率は、2020年1~3月期に前年同期比6.8%減。四半期ごとの数値公表を始めた1992年以降、初のマイナス成長を記録した。
だが、ここから中国経済は底力を発揮する。4~6月期の実質GDPは同3.2%増と、大方の予想を覆してプラス成長に回復した。しかし、今後もこの勢いでV字回復が続くと見るのは早計だろう。不安材料が山積するからだ。
まず、新型ウイルス感染拡大の経緯を振り返っておこう。武漢市当局は2019年12月31日、生鮮市場で「原因不明のウイルス性肺炎」が発生したと発表した。しかし、当初は実態を甘く見ていたようだ。実際には病院の呼吸器科に患者が殺到していたが、市当局は2020年1月16日、「この2週間新たな患者は発生していない」と説明していた。
1月20日にようやく、中央から派遣された専門家チームが「ヒト・ヒト感染」の確認を発表。習近平国家主席も「全力で予防、制圧」するよう指示し、23日には武漢の実質的なロックダウンに踏み切る。換言すれば、大半の市民は24日に始まる春節(旧正月)直前まで、ほぼ通常通りの生活を送っていたわけだ。
このように初動は遅れたものの、その後の中国政府の取り組みは徹底していた。まず、中国全土に対して24日に国内団体旅行を、27日には海外団体旅行をそれぞれ禁止した。
同時に、患者のホテルへの隔離や学校の一斉休校のほか、マンション・商業施設・オフィスへの出入り管理(=体温測定、身分証・携帯電話情報の登録)を断行。さらに、出社人数制限や駅での体温測定、買い物の回数・人数制限などを徹底する。感染者の個人情報(=姓、勤務先、移動経路など)をアプリで公開し、外出する感染者をドローンで追い回すといった措置まで講じた。
その結果、新規感染者数は抑制され、4月までに多くの企業が活動を再開した。その後も散発的なクラスター感染は発生したものの、徹底したPCR検査や厳格な隔離措置などにより、大規模な感染拡大は抑え込んでいる。
累計感染者数(出所)中国国家衛生健康委員会、厚生労働省(日本)
こうして4~6月期には、前述したようにGDPが前年同期比でプラスに転じた。だが、その中身は必ずしも楽観できるものではない。
例えば、4~6月期の成長率を寄与度別に見ると、投資(=総資本形成)が全体を押し上げている。
GDP成長率への寄与度(前年同期比)
(出所)中国国家統計局
投資の内訳を見ると、不動産とインフラが急速な回復を示した。習政権は不動産価格の抑制策を緩和した上、地方政府に対して地方債の発行枠も拡大。投資を前倒しさせたのだ。
固定資産投資の内訳(年初来累計の前年同月比)
(出所)中国国家統計局
また、消費を反映する小売売上高は8月、8カ月ぶりにプラスに転じた(前年度同月比0.5%増)。だが依然、その伸び率はコロナ禍前の水準に届いていない。
中国の小売売上高(前年同月比)(注)1~3月は合算値で比較
(出所)中国国家統計局
消費の落ち込みを補う「頼みの綱」が外需である。だがこれは、海外の感染状況に大きく左右される。世界的に見れば感染は依然として拡大途上にあるため、外需の急回復は見込めない。また、激しさを増す米中対立が、外需の前途に暗い影を落とす。トランプ米大統領が主導する「脱中国」政策に各国が同調すると、高い成長が見込まれてきた通信機器・設備などで外需が急減する事態も予想される。
実際、製造業の景況感を見ると、生産についてはコロナ禍直前の水準までV字回復を果たした。これに対し、新規輸出受注に関しては8月になっても、その水準に届いていない。米中貿易摩擦を背景に、回復の目安となる50を割り込んだままであり、かつての経済成長エンジンの面影はない。
製造業の景況感(PMI)
(出所)中国国家統計局
雇用についても、楽観できない状況が続く。都市部の失業率改善が伝えられるが、公式統計に含まれない「都市で失業した農村戸籍者」の再就業には時間を要する。また、長江流域で断続的に発生した水害の被災者は4500万人以上と報じられる。その影響が所得減少や農産物価格上昇などをもたらし、個人消費を一段と抑制する可能性がある。
前述した米中対立は内需にもマイナスに働く。米国との対立が一層激化すると、消費者の先行き景況感が悪化し、高額商品を中心に消費に慎重な姿勢が一段と強まるのは必至だ。
このように、中国経済は一定の回復力を示したものの、先行きには不透明感が強く、決して楽観視できない。中国への依存度を高めてきた日本経済にとっても大きなリスク要因であり、米大統領選後の米中関係を含めて注視していきたい。
武重 直人