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中国の「絶叫マシン型」人口減

 産児制限の罠から脱出は?

2023年09月20日

中国・アジア

主任研究員
武重 直人

 2022年7月、国連が発表した中国の長期人口推計の下方修正は衝撃的だった。前回19年の推計では、総人口のピークを31年としていた。それが、わずか3年後の改訂で10年も前倒して21年としたのだ。そして今年1月、中国政府は22年に総人口が61年ぶりに減少に転じたと発表し、国連改訂を裏書きする形となった。

 中国の人口が深刻な減少に至った背景には、「一人っ子政策」を筆頭とした政府による長年の施策が深く影響している。産児制限がもたらした社会の実情は、直近の中国の不動産不況や若年失業と深く絡み合っている。その実態を踏まえたさまざまな人口減少対策が打たれているが、功を奏するかどうか不透明だ。

国連修正のインパクト

 国連推計の改訂を長期的視野で改めて確認したい。前回2019年と22年の推計値を比べると、2100年時点の総人口は10.6億から7.7億に3億人近く縮小。15~64歳の生産年齢人口は5.8億人から3.8億人へと2億人も縮小する。総人口で3億人と言えば、世界第3位の米国(3.4億人)と4位のインドネシア(2.8億人)の中間だ。

図表.jpg2019 年と 2022 年の中国人口推計(出所)国連 World Population Prospects 中位値

 経済成長の観点でみると、人口減は労働投入を縮小させ、負の影響を及ぼす。また、消費や投資の減少にも結びつくだろう。日本経済研究センターの中期経済予測によると、2021年12月時点で中国の名目GDP(国内総生産)は33年に米国を上回るとしていた。しかし国連推計改訂後の22年12月には「中国は米国を上回ることはない」という予測に変えた。根拠の一つとして、中国の労働力が大きく減少することを挙げている。

 この問題について、米国の経済学者ポール・クルーグマン氏は、先に人口減少を経験した日本と比較。日本が行なった、成長鈍化の影響を和らげるような政策対応を中国ができないと日本以上の経済停滞に陥ることを示唆した(2023年7月25日ニューヨーク・タイムズ紙)。さらに、習近平政権が経済運営に失敗した場合、国民の目を海外にそらす方向に進み、安全保障問題に発展する懸念を示している(同8月10日)。

「人口ボーナス」

 生産年齢人口が従属人口(0~14歳の若年人口と65歳以上の高齢人口の合計)に対して拡大する「人口ボーナス」期は、労働投入や資本投入に有利な条件を創出する。稼ぎ手の比率が高まることで、余剰が消費に回るほか、貯蓄となって投資の原資になるからだ。その逆の「人口オーナス」期には不利な環境となる。

 中国の生産年齢人口の従属人口に対する比率の推移を、直近(2022年7月)の国連推計の中位値で示したのが下のグラフだ。

図表.jpg日米中の生産年齢人口/従属人口の 2022 年推計(出所)国連 World Population Prospects 中位値

 値が上昇する時期が人口ボーナス期。中国の生産年齢人口比の上昇は、ちょうど改革開放政策が始まる1978年頃から急速に高まり、2009年頃ピークに達した。中国の高度経済成長は、人口ボーナスの好条件の中で生じたことが分かる。

まるでジェットコースター

 グラフの上で、中国の際立つ特徴は生産年齢人口比の上昇と下降がいずれも急勾配で、絶叫マシンのように頂点の前後で鋭角的な線を描いていることだ。この形は、人口ボーナスの恩恵が大きいのと同様、人口オーナスの負の影響も大きいことを示している。

 このような急勾配になったのは1960年代のベビーブームの前後で出生数が極端に減少したためだ。ブーム前は大躍進政策の失敗で大量飢餓が発生し、出生数が大きく落ち込んだ。ブーム後は産児制限策の実施によって出生数が人為的に絞られた。

大量飢餓の記憶

 大量飢餓の記憶が新しい政府は、人口増加が食糧と雇用の不足につながることを恐れ、産児制限に踏み切ったのだ。

 1973年からは「晩婚、出産間隔拡大、少産」を奨励。80年に入ると都市部では夫婦の子供の数を一人に制限する「一人っ子政策」を導入し、2015年まで約35年間も継続することになる。

 この間、地方政府には産児制限を管理・推進する計画生育委員会を置き、出生抑制のさまざまな措置を講じた。一人っ子家庭には奨励金や学費、医療費、就職や住宅配分で優遇する一方、一人っ子を守らない親には高額な罰金のほか昇給や昇進でペナルティーを科した。地方政府によってはノルマ達成のため不妊手術や妊娠中絶を推進した。

産児制限が雇用創出

 この産児制限の効果は顕著だった。通常ベビーブームがあれば、その子や孫の世代に再び出生数増の山が生じる。図で確認すると、1963~73年に高い山を形成し、その子の世代に出生増の山が生じている。しかし産児制限によって、山は顕著に縮小し、出生数は全体として低下していく。

図表.jpg中国の出生数(2022 年以降は推定値)(出所)国連 World Population Prospects

 急速な人口縮小は早くから予測できたはずだが、一人っ子政策からの転換はなぜ遅れたのだろう。産児制限が「既得権益」となったためだ。

 産児制限の執行を担う計画生育委員会は全国に職員50万人、パートタイマー600万人の雇用を創出。加えて違反者からの罰金が大きな収入をもたらしていた。これが同政策継続の動機となり、同委員会は出生率を実際より高く報告していたと言われる。

 ようやく「一人っ子」からの転換に動いたのは、生産年齢人口のピークアウトが近づく2013年頃だ。この年、計画生育委員会は衛生部(日本の厚生労働省に相当)の一部に編入され、翌14年からは一人っ子政策の部分緩和が始まる。

 夫婦のどちらか一方でも一人っ子なら第2子出産を許可したのだ。2016年からは条件なしに第2子出産、21年には第3子出産をそれぞれ認めた。 

「一人っ子」を解除しても...

 ところが産児制限を緩和しても出生数は減り続ける。理由の一つは、出産適齢期の女性の絶対数が減少していることだ。

 出産適齢期にあたる15~49歳の女性人口はすでに2010年の3.7億人をピークに減少に転じているのだ。これに準じて、婚姻数や婚姻率(人口1000人ごとの婚姻件数)も低下している。

 婚姻率低下のもう一つの要因は、産児制限がもたらした男女人口比の不均衡だ。男子を好む伝統から、産児制限下では女児の堕胎が横行した。

20230925_05.jpg中国の 15~49 歳女性人口と比率(左)、婚姻数と婚姻率(1000 人当たり件数)(出所)国連 World Population Prospects、中国国家統計
局を基に作成

 2021年時点で、おおむね一人っ子政策の世代にあたる40歳以下は、男性4億人に対して女性3億5500万人とアンバランスが生じている。その原因が産児制限であることは、一人っ子政策の緩和後に男女比の不均衡が改善していることでも分かる。

1人当たり出生数

 出産適齢期の女性人口が減るとすれば、女性1人当たりの出生数が重要になる。しかし1人の女性が一生の間に生む子供の数である合計特殊出生率も低迷する。

 一人っ子政策を緩和し始めた2014年以降も顕著な改善はなく、直近ではむしろ減少している。20年以降はコロナの影響が考えられるが、その影響がない19年までに減少傾向は現れており、コロナ以外に要因があることは明らかだ。

20230928_06.jpg中国の合計特殊出生率(出所)経済協力開発機構(OECD)

住宅は年収の50倍

 夫婦が出産を抑制する最大要因は経済的負担。特に負担感が大きいのが住居費と教育費だ。

 中国では不動産への過剰投資が住宅価格高騰につながった。平均年収に対する住宅価格の倍率は、東京が14倍、米ニューヨークが10倍程度なのに対し、北京や上海は50倍を超えているという。

 一方の教育費負担が膨らんだのは、大切に育てられる一人っ子に教育費をふんだんにかけるようになったからだ。習い事のほか、大学進学率の上昇で受験のための学習塾、家庭教師などの負担が加わった。

 2019年に実施された調査では、幼稚園から高校までの子を持つ世帯の教育費支出は、所得の2~3割とする回答が最多だった(人材サービス会社・前程無憂の「2019国内家庭子女教育投入調査」)。

経済全体に甚大な影響

 これに対して習政権は対策を打ち始めた。「住宅は住むためのものであり、投機の対象ではない」という方針の下、2020年8月から不動産開発業者の債務額規制などを開始。

 一方の教育費の問題に対しては、政府は小中学校の宿題制限と学習塾の新規開設不許可と既存学習塾の非営利化を義務づける規制に入った(2021年7月「義務教育課程の生徒の宿題および学校外教育のさらなる負担軽減に関する意見」)。

 政府の対策は両業界を著しく停滞させた。不動産業界では上記対策を発端に開発業者の資金繰りが悪化し、開発や販売の落ち込みから1年以上抜け出せていない。不動産関連業種は中国のGDPの約3割を占めるため、中国経済全体への影響は甚大だ。

出産を奨励

 こうした事態を受けて政府は2021年、3人目の出産を認めると同時に、地方政府に対して出産と子育てに対する優遇措置を求めた。地方政府はこれに応じ、例えば女性への産休は国が付与する98日に加え、地方政府が60日を上乗せするなどの措置を講じている。

 育児補助金についても、第2子、第3子の出産への優遇が競うように出されている。例えば甘粛省張掖市臨澤県は、第2子に対して年間5000元(10万円)、第3子に対しては年間1万元(20万円)を3歳になる前まで支給する。

住宅購入にも補助

 同県はさらに住宅購入時に4万元(80万円)の補助金を支給する。2022年の中国の1人当たりの可処分所得が約3.7万元であることを考えると、手厚い支援だ。

 住宅については、国が公営賃貸住宅や多子世帯用を増やす方針を示した。一方の地方政府は、例えば北京市が公営賃貸住宅を、未成年の子どもが多い家庭に優先的に割当てる、あるいは間取り選択を優遇する措置を講じている。

 出産をめぐる政策は、厳しいペナルティーで産児制限を推進した時代から180度転換したと言える。各地方で出される手厚い出産奨励は、出生数の引き上げが喫緊の課題であることを物語っている。

退職年齢の引き上げ

 少子高齢化への対応として、法定の退職年齢を引き上げる動きも出ている。背景として、2019年に中国社会科学院は、公的年金基金が28年までに減少に転じ、35年に破綻するという試算を示していた。

 幸い、現在の中国の法定退職年齢は世界水準に比べて低い。多くの国では退職年齢が65歳かそれ以上に引き上げられる中、中国では男性60歳、女性50歳(一般職員)~55歳(幹部)にとどまる。1951年の制定以来70年以上変更されていないのだ。

 そこで第14次五カ年計画(2021~25年)には、法定退職年齢を段階的かつ柔軟に引き上げていくことが明記された。この背景には、五カ年計画期間中に、1963~73年に生まれたベビーブーム世代が大量退職期に入るという現実もある。

孫の面倒を誰がみるか

 実際に江蘇省が2022年3月、定年延長を試験導入し、希望者が1年以上の延長を申請できる仕組みを試している。

 しかし、この法定退職年齢の延長には反対が多い。代表的意見は「保険料の支払い年数が増えるだけで、年金の受け取り総額は減る」「共働きの子夫婦に代わって孫の面倒をみられなくなる」というものだ

 「孫の面倒をみる」については、夫婦共働きの子世代を支える慣習があるため、扱いを誤ると逆に労働参加を阻害しかねない。政府の少子高齢化対策はどれも一筋縄にはいかないのが現実だ。

「量より質」と李強首相

 今年3月、李強首相は就任後初の記者会見で、人口減少について聞かれ、次のように答えた。

・人口ボーナスは人口の総量だけでなく、質を見る必要があり、人材を見なければならない。
・中国の新規労働力が教育を受けた平均年数は伸び、14年に達している。「人材ボーナス」が形成されつつある。

 つまり、高等教育(高校卒業後の教育)の普及によって人的資本の質が高まり、人口減少のマイナスをカバーし得ると言うのだ。李首相の言葉通り、確かに高等教育は大きく伸びている。

図表.jpg中国の大学・大学院入学者数と大学進学率(出所)中国教育部、中国国家統計局を基に作成

高水準の若年失業率

 しかし、その主役である若年層の失業率は2023年6月時点で21.3%という高水準に達し、普及させた高等教育が活かせていない。

図表.jpg中国の若年層と非若年層の失業率(出所)中国国家統計局

 若年層の失業率が高いのは世界共通と言う指摘があるが、それでも中国の若年層の失業率は高い。それぞれの方法で算出した若年層と非若年層の失業率の差異(倍率)を見ると、中国若年層の高さが際立っている。

図表.jpg各国の若年層と非若年層の失業率比較

増える「寝そべり族」

 加えて、中国若年層の失業率は実質的にはさらに高いという指摘もある。北京大学の張丹丹副教授は、国家統計局の調査失業率の算出には、求職活動をしていない人が含まれていない点を指摘。

 中国で増える「寝そべり族」(日本の「ニート」に相当)を含む非求職者数を加えると、2023年3月時点の16~24歳の失業率は46.5%になると言うのだ。

図表.jpg2023年3月の失業率試算(出所)国家統計局と張丹丹氏

 中国で若年層の失業率が高い原因は主に3点が指摘されている。①コロナ禍による経済的打撃②政府による不動産、学習塾、ITプラットフォーマーへの規制③高学歴化による労働需給のミスマッチ-だ。②③は政府の少子高齢化政策が部分的要因となっている。

複雑な糸を解きほぐす

 中国はこれまで人口ボーナスを享受してきたが、今後は急速に人口オーナス化が進む。一方で、少子高齢化問題を回避する試みは、現行の経済との矛盾をはらんでいる。

 住宅価格の抑制は不動産依存型経済と、退職年齢の引き上げは子育てや共働きの慣習と、高等教育の普及は労働需給と、それぞれ衝突するからだ。中国は人口オーナスが急速に進行していく中、複雑に絡んだ糸をほぐすような対策を迫られている。

写真.jpg早朝に体を動かす上海の高齢者(出所)stock.adobe.com

武重 直人

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※この記事は、2023年9月26日発行のHeadLineに掲載予定です。

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