Main content

Brexitに向かう英国に学ぶべきこと

【所長室から】 Vol.7

2017年05月09日

所長の眼

所長
神津 多可思

 「イギリス」という呼び名が、ポルトガル語のエゲレスに当てた漢字から来ていることは今更言うまでもない。だが、そのエゲレスは英語ではイングランドであり、イングランドは実は決して英国ではない。ずっとロンドンで暮らしてきたスコットランド人の血を引く英国の友人が、「自分はイングリッシュだと思ったことは一度もない」ときっぱり言い切ったのをとても新鮮に感じた記憶がある。

 英国の正式名称は「グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国」であり、英語では最後の連合王国(United Kingdom)が冒頭に来るため、国際会議などでアルファベット順に国を並べるとUSAと同じでずっと後の方になる。

 その英国が欧州連合(EU)からの離脱(Brexit )を決めた昨年6月の国民投票は、私のように世界経済の状況を点検することを生業とする者にとって、同11月の米国大統領選挙と並んで全く面目を失う出来事であった。

 その後の展開は、英国内でも英国とEUとの間でも、決して容易なものではなく、まさに前途多難が予想されるところだ。とりあえずメイ英国首相は正式離脱をEUに通告した後、国内の政治基盤を盤石なものとすべく、電撃的に議会下院の解散・総選挙に打って出た。6月8日に予定される総選挙の前哨戦と言われた先の地方議会選挙では与党が圧勝し、このまま行けば英国はEU単一市場からの脱退を含む「強硬な離脱」に向けて歩を進めることになる。

 昨年の国民投票結果をめぐり統計的な分析も色々と出ているが、「より高齢者、より低学歴、より低い社会階層」の人々がBrexitを支持したというのが、ほぼ共通の結果となっているようだ。「Brexitは英国経済にとってマイナス」との見方が圧倒的に多い中で、こうした属性の国民を中心にそれでもBrexitに賛成の票が過半数を占めたのはどうしてだろうか。

 一つには、そもそもEU加盟で自分達の生活がどこまで豊かになったか、なかなか実感できない国民の方が多いということがあるのだろう。「結局、儲かったのは金融街ではないか」というような感情だ。また国民投票の前、「EU加盟=移民の流入」という、良く考えてみればやや乱暴な離脱派のキャンペーンが功を奏した側面もある。さらに、これは何も英国に限ったことではないが、先の国際金融危機を経て、「経済取引については何でも市場メカニズムが一番だ」という形のグローバル化への懐疑が潜在的に拡がっている可能性も考えられる。

 さて、Brexitを目指す英国は今後どうなっていくのか。一度は世界に覇を唱えた国家が、「多くの中の一つ」として自国に暮らす人々の生活をさらに豊かにしていく政治を続けていくのは確かに大変だろう。そもそも、かつてヨーロッパの先進国はまずはギリシャ、その後がローマ、さらに時代が下がってスペインだった。こうした国々が現在色々な問題を抱えているのをみると、英国も結局そうなってしまうのかとも思える。

 そもそも英国史を紐解けば、産業革命以前は経済・文化のいずれでもヨーロッパの後進国だった。だからこそ産業革命後の新しいシステムを試行する自由度があったようにもみえる。その後も英国は資本主義を何とか上手く運営しながら、様々な社会的困難も克服して現在に至る。だが今日、その英知はもはや英国だけのものでは全くない。世界のどの国も人類の歴史と経験に学べば、現在利用可能な技術とシステムを使ってより豊かな経済社会を目指すことができるからだ。

 そうなると、新しい知恵を生み出す力があるか否かが残るポイントになる。この点でも、これからグローバル競争が展開されていくだろう。その中で英国は、連合王国に至る過程で多くの血を流した国内での戦いの歴史や、世界の海に進出した覇気、さらに自国語が世界共通語になってしまったという利点も活かしながら、これからも自国民にとってより良い国になっていってほしいと思う。

 英国はヨーロッパ大陸の傍に寄り添う島国である。それを追って覇権国家のライフサイクルを歩む米国とは、大洋を隔てて強い結び付きがある。こうした日本と地政学的類似のある英国だけに、そのこれからの振る舞いに私達が学ぶところも多いはずだ。

アシュモレアン博物館(英国オックスフォード大学)

20170511_01a.jpg(写真)筆者


神津 多可思

TAG:

※本記事・写真の無断複製・転載・引用を禁じます。
※本サイトに掲載された論文・コラムなどの記事の内容や意見は執筆者個人の見解であり、当研究所または(株)リコーの見解を示すものではありません。
※ご意見やご提案は、お問い合わせフォームからお願いいたします。

戻る