大学を思う<コラム>

 最近のハーバード⼤学を巡る出来事を聞くにつけ、「きっと留学⽣たちは不安だろう」と思う。学業の中断を余儀なくされるかもしれない。仮に滞在ビザが失効することでもあれば、⾝の安全すら⼼配になる。そんな思いにふけっていると、英国留学時代 の友⼈が書いた英フィナンシャルタイムズの論評「Britain and Europe are moving beyond Brexit=イギリスとヨーロッパはブレ グジットを乗り越えつつある」が目にとまった。

 筆者はアナンド・メノン氏。これまで何度か触れたように、私は1988年から90年の間、オックスフォード大学で国際関係論を学んだ。彼は私の留学時代の同級生。一緒に修士号を取得した14人の中でDistinction(最優秀賞)を手にした3人の1人、まさに英才だ。

 論評は英国のEU(欧州連合)離脱(ブレグジット)後、初めて開催されたEUと英国の首脳会議を踏まえたものだ。彼の主張は、「英国のせいではないが、ブレグジットは非常にタイミングが悪かった。現在は、大陸規模の貿易ブロックが貿易障壁を築いている世界であり、中規模の開かれた経済を維持するのは簡単ではない」との文章に集約される。ブレグジット決定後に起きた、コロナ禍、ロシアのウクライナ侵攻、米国・EUと中国の対立、そしてトランプ政権の通商政策。誰にも予測できなかった事態に直面し、ブレグジットに対する英国民の熱気は冷えてしまったと言われる。

国を閉じる動き

 そうした国を閉じようとする動きの影響は経済や政治にとどまらない。ブレグジットもそうだったかもしれないが、ハーバードでも留学生の居場所は狭まっていく。

 留学は私にとってかけがえのない時間だった。友人も多くでき、そのうち何人かと今でもつながっている。ただ、海外での生活で孤独感に苛(さいな)まれることも少なくなかった。そもそも日本を出国したのは留学時が初めて。英語も得意とは言えなかった。上記14人の中で日本人は私1人だけ。「心細さ」を何度味わったことか。ハーバードの留学生が今感じている不安は、私の比ではないだろう。

 こうして大学のことを考えている中で、「8校が国際卓越研究大学に再挑戦」との報道に接した。国際卓越研究大学構想は、世界最高水準の研究大学の実現を目指す日本政府の取り組み。大学ファンドに10兆円の基金を置き、その運用益年間3000億円を選抜された大学に配分する制度だ。すでに東北大学が第1陣で選定されており、今回の8校は第2陣入りを目指す。

 日本は良きにつけあしきにつけ、「平等」を重んじる国だ。この制度は、そうした発想を離れ、いくつかの卓越した大学を選抜し、資金を集中的に投下する。1校当たり数百億円規模では、海外の大学の資金力に比べまだまだ足りないかもしれない。それでも、研究能力を引き上げる大きな一歩となりうる。

重要な人的資本

 そして、このうちの数校から、米国での留学生"締め出し"の動きを踏まえ、「ハーバード大学の研究者や学生を受け入れる」との発言も出ている。学問や研究の世界では、国籍を問わず人材を集めることは至極当たり前のことと思う。

 この一方で、少子高齢化に伴い経営が苦しくなる大学も少なくない。私立大学の半数以上は定員割れとの話も聞く。海外から留学生を集めるなど努力を重ねているが、淘汰(とうた)される例も出てくるかもしれない。

 企業では、人的資本の重要性が指摘され、人材獲得を競っている。仮に日本の大学が今まで以上に優秀な学生を輩出してくれるなら、あるいは研究能力を格段に引き上げて企業との連携を図って行けるなら、それに越したことはない。大学が提供するリソースを活用できなければ、企業も淘汰されてしまうだろう。

 国の内外における、今後の大学の動きに注目していきたい。

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早﨑 保浩