2025年01月07日
所長の眼
所長
早﨑 保浩
この3年間、年初にその年の干支(えと)の出来事をさかのぼってきた。今年もその例に倣いたい。
12年前(2013年)、日本銀行に勤めていた筆者だけでなく、日本経済にとり大きな出来事があった。黒田東彦日銀総裁の誕生だ。就任初日、職員の前で「日本銀行は今、岐路に立たされています」と語り、緊張感が走ったことは忘れられない。その後、「黒田バズーカ」と呼ばれた異次元の金融緩和政策を繰り出し、株価上昇と円安が進んだ。金融緩和を柱とした安倍晋三元首相(故人)のアベノミクスの成功は世界的にも注目を集めた。
ここでは黒田総裁の政策の是非や評価に立ち入ることはしない。日本銀行で金融政策の仕事に直接携わる職員は数少ない。筆者のように金融政策のらち外にいた者にとり、その後起きた、前任の白川方明総裁と黒田総裁の金融政策を比較した「白か黒か」論争は縁遠い話だ。
ただ、第2次安倍政権誕生の過程で日銀や白川総裁が世間の批判の矢面に立たされたことは、心に重くのしかかっていた。黒田総裁の下で、そうした重しが取れ、心が軽くなったのが正直な気持ちだ。どのような組織でも、社員・職員は最も重要なステークホルダー。その気持ちをつかんだ点で、黒田総裁の存在は大きかった。
24年前(2001年)、9月11日に世界を大きな悲劇が襲った。ニューヨークの摩天楼に飛行機が突っ込み、世界貿易センタービルが崩壊する映像は一生忘れないだろう。「9.11」として記憶されるこの同時多発テロは以前も書いたように、「空から恐怖の大王が降ってくる」とのノストラダムスの大予言が2年違いで的中したと感じた。
1990年代は、東西冷戦が89年に終結したのを受けてグローバル化が進んだ。今から思えば幸せな10年間だったのかもしれない。しかし、2000年のITバブル崩壊を機に経済が変調をきたし、翌01年の9.11が世界の分断化の起点となった。宗教や人種が大きな対立軸となり、異文化を恐れ、たたこうとする風潮が、残念ながら強まり始めた。それから24年たった今も、分断化の流れは強まりこそすれ弱まりはしない。
36年前(1989年)、日本が平成時代を迎える中で、最大の出来事はベルリンの壁の崩壊だろうか。筆者はその数か月前、ベルリンを訪れた。東ベルリンに入ると、通る車も旧式のものが多く、東西の違いを肌で感じた。「監視されているのでは」とどこかで思いながら街を歩いたことを覚えている。
ベルリンの壁崩壊は、留学先の英国で知った。初めは耳を疑い、人々が「壁」をたたき壊す映像を見て、ようやく事実と理解した。その後のソ連の崩壊をはじめとする一連の出来事については、改めて書くまでもないだろう。力の均衡が崩れる中で世界がかえって不安定化に向かう懸念はあったが、それでも「民主主義の勝利」で心が晴れやかになったことは間違いない。
2025年、間もなくトランプ政権2.0がスタートする。今年も、後々語り継がれる変化の年になっていくのだろうか...。
早﨑 保浩
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