2022年09月08日
所長の眼
所長
早﨑 保浩
ロシアによるウクライナ侵略後、エネルギーをめぐる国際情勢は大きく変化した。再生可能エネルギーか原子力か、日本のエネルギー政策も選択を迫られる。そうした中で日本経済の成長や再生をどう実現していけば良いのか。資源・エネルギー政策や産業政策を長年主導してきた安藤久佳・前経済産業事務次官に行ったインタビューを、2回にわたり掲載する(2022年7月25日実施)。
早﨑:経済産業省は2020年12月にグリーン成長戦略を打ち出した。グリーンを成長分野と位置付ける考え方は、岸田政権でも継続されている。日本にはグリーン成長のポテンシャルがあると思うか。
安藤:カーボンニュートラルは世界の必然の流れ。後手に回るリスクを考えなければならない。例えば、中国が気候変動問題について資金とテクノロジーの総力を挙げて取り組むとしたら何が起きるか。自動車1つ取っても、電気自動車(EV)の市場への浸透は速い。そうなると、日本の自動車産業はどうなるのか。
あるいは、鉄鋼業においては、脱炭素化の究極の切り札に水素還元技術がある。これまで、鉄鉱石(Fe₂O₃)に含まれる酸素(O)を還元するため一酸化炭素(CO)を用い、結果としてCO₂が排出された。水素還元は、水素(H₂)で還元し、水(H₂O)が生成される革新的な技術。これまで、中国とはコスト競争だったが、今やこの技術競争を真剣に行う段階。ここで負けると、中国に席巻される。
水素還元ではCO₂が発生しない
(出所)資源エネルギー庁
手を打つには、膨大な時間とコストがかかる。しかし、そうしないと席巻される。企業経営者の強い腹のくくり方が必要だ。世の中には資金は余っている。その争奪戦になる。世界がカーボンニュートラルに向かっていくなら、得意か苦手か、好きか嫌いか言っている暇(いとま)は無い。時間が経てば経つほど、むしろコストが高くなる。グリーンを達成することを1回突き詰めて考えてもらいたい。政府は最大限の支援を行う。企業は、社運を賭けた投資を行うべきではないか、という問いかけだ。
早﨑:理解はできる一方で、企業として難しい決断となる。
安藤:無責任なバラ色の成長戦略を押し付けるつもりはない。14分野について、2050年までのキーテクノロジーや、キーテクノロジーが実用化に向かう時間軸に関し、工程表を作成した。この工程表作成を対話のきっかけにして、最先端と目される企業と対話しながら、検討に検討を重ねた。
この工程表作りでとどまらずに、企業として、株主の理解を得つつ、世界の機関投資家から資金を引っ張ってくる必要がある。
早﨑:日本経済は1990年代半ば以降、停滞している。歴代政権も個々の企業も一生懸命頑張った上でこの結果。なぜ日本経済はうまくいかないのか。日本経済再生の可能性をどう思うか。
安藤:マクロ的な視点でなく、日本企業の競争力の視点で答えたい。時価総額ランキングは、日本企業が上位を占めていた頃から、トヨタ自動車が辛うじて上位に入る時代に変わってしまった。エレクトロニクス産業を中心に、相対的な地位が落ちているのは間違いない。
その理由の1つとして、世の中で、あるいは世界や国内で必要とされている「需要」をしっかりと把握している企業が必ずしも多くなかったのではないか。もはや明らかに需要が伸びない分野なのに、技術の最先端を求め突っ走り、「選択と集中」の仕方を間違えてしまう例も少なくなかった。
早﨑:これから伸びていく需要は何か。
安藤:先ほどから話しているように、脱炭素化に向けた財・サービス・技術への需要は間違いなく増える。また、グリーンとデジタルにはとても親和性がある。グリーン化を進めていくと、世の中のエネルギーは電化する。燃やすのではなく、電気を用いることになる。
例えば、鉄の作り方1つとっても、モノを燃やし溶かすプロセスが電炉プロセスにとって代わられる。その電炉をできるだけグリーンな電力で賄っていく。グリーンな電力をどのように作るか、こうした電化社会をどうコントロールするか―これはデジタルと強い親和性がある。このため、グリーンとデジタルには相乗効果があり、需要が爆発的に増えてくる。
グリーンとデジタルの相乗効果で経済成長に(イメージ)
(出所)stock.adobe.com
もう1つは高齢化。今後総人口は減少するが、高齢化率が高くなる。このため、医療費、介護費用が増え、認知症予備軍が増えていく。日本は、高齢化最先進国としてこの壁にぶつかっている。認知症をできるだけ予防し、可能なら改善していくため、どのようなサービスなり技術なり製品なりが作り出せるか、という課題に直面している。
こうしたサービスや技術、製品は、総人口減少社会の中でも伸びていく。日本で成功するモデルは、世界を引っ張っていける。認知症予防や緩和に適した衣食住・運動はどのようなものか、世界に先駆けてエビデンスを集めることもできる。大人用のオムツなども既に普及し始めているが、こうした製品の開発余地も大きい。
自動車についても、一定条件下で運転を完全自動化する「レベル4」の自動走行技術開発や東京23区内での社会実装ももちろん良いが、実需があるのは、地方における高齢者の足の問題。地方や過疎地は別に特別な地域ではなく、東京も西の方に行けばこの範疇に含まれる。実際に、日本の多くの地域で消滅自治体が出現することが想定される。
そういう地域での人々の営みからすると、レベル4の完全自動走行車が走るよりも、巡回バスやこれに少し機能が付け加わる程度のものの方が、リアリティがある。しかも、メンテナンスが簡単でコストも低い。技術レベルの目線は下がるかもしれないが、社会実装されるものとしての人々の欲求はそこにある。
早﨑:最先端は不要ということか。
安藤:技術の最先端を求めることが、日本企業の長年の強みだったと思う。しかし、何が求められているかということをもっと意識した製品開発を行ってほしい。高齢化や健康寿命などのメディカルの分野だけではなく、衣食住や都市設計、インフラの在り方も含めて、やっていくべき領域はたくさんある。日本の企業の皆さんがもっと需要を取り込む、そのために異業種交流をもっと強力に進める、こういう発想に向かってもらいたい。
日本企業には、痒(かゆ)いところに手が届くようなものをつくる能力がある。認知症予防のための家の在り方やコミュニティの在り方のようなものを、インフラとしてアジア各国へ輸出していくこともあり得る。課題先進国の特権かもしれない。
どのような需要があるのか、何が求められているのかを、もう少し素朴な目で見て、テクノロジーにとらわれずやっていくと、稼げることはたくさんあると思う。
早﨑:日本は人口減なのでダメと諦めず、世界で増加する高齢人口マーケットを狙えばよいということか。
安藤:アジア各国、特に中国は高齢化問題がとても深刻だ。自動車の話に戻るが、高齢化社会ではまずは自動ブレーキが必須となる。これを成長戦略にも入れた。また、高齢化社会において技術を実装していく上では、メンテナンスの容易さも重要な観点。高度だが故障しやすいものでなく、耐久性があり、高齢者でもメンテしやすいものをつくる発想の方が、ずっとリアリティがある。
安藤氏(左)と筆者
(写真)河内康高
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