2017年09月06日
所長の眼
所長
神津 多可思
第4次産業革命とよく言われるが、それを特徴付けるキーワードはモノのインターネット(IoT)や人工知能(AI)、ロボティクスなどであろうか。しかし、ガソリンを使う内燃エンジンから電気を使うモーターへという変化も並行して進んでいく可能性が高まっているようだ。
第1~3次の産業革命の定義も場合によって少しずつ異なるが、重工業化が進んで自動車などの大量生産が始まった事象を第2次産業革命としよう。それ以降今日まで、ヒト・モノの移動を支えてきたのは何といっても内燃エンジンだ。それがここへ来て、陸上での移動は電気モーターで駆動する自動車が主流になるかもしれないとの見方が出ている。その背景には当然、地球温暖化という環境問題の影響がある。
環境問題には、米国のパリ協定離脱にみられるように政治的側面が大きい。このため、それだけで内燃エンジンの将来を憂慮するのは悲観的過ぎるという見方もある。しかし、内燃エンジンから電気モーターへという変化は、単に環境問題だけでなく、技術進歩によってもたらされる側面も大きいようだ。
そもそも基本構造は、ガソリンエンジン自動車より電気モーター自動車のほうが簡単であり、組み立てに手間がかからないと言われる。前者の部品数が3万程度に上るのに対し、後者では6000~7000ぐらいで済むという評価もある。さらに、電気モーター自動車に欠かせないリチウムイオン電池の価格が非常に速いスピードで低下する一方で、逆にその性能は著しく改善している。1回の充電で1回のガソリン給油と同じ程度の走行距離を実現する電池はもう視野に入っている。
それに加え、第4次産業革命下で起こるシェアリング・エコノミー化という要素がある。現在の先進国においては、ある時点で動いている乗用車は平均して登録台数の10%にも届かないという統計もある。他方、AIの進歩によって、自動車での移動というサービスの需要と供給を瞬時にバランスさせてしまう社会システムの実現が可能になりつつある。そうなると、社会全体として必要とされる乗用車台数は劇的に減ってしまうかもしれない。
その上で、自動車の自動運転化が進む中で上記の変化が加速するとしたらどうであろうか。特に人口の高齢化が深刻な社会においては、自動運転車のカーシェアリングが受け入れられる素地は大きい。もちろん、そのようなサービスはガソリンエンジン自動車でも実現可能だ。しかし、「スマートフォンに4輪を付けたようなもの」とまで言われる電気モーター自動車のほうが、自動車による移動というサービスの需要・供給を調整する社会ネットワークを築いていく上では、親和性が高いことは想像に難くない。
電気モーター自動車の普及が急速に進めば、そのインパクトは様々なところに出てくる。まず、産業構造が大きく変わる。自動車そのものだけでなく、ガソリンエンジン関係の部品の需要がモーターの部品の需要へとシフトする。しかも部品数は上述のように劇的に少なくなる。ガソリン消費も激減するだろう。それは石油精製、さらには原油生産そのものへも波及していく。ついこの前まで、地球上の原油枯渇という供給面が心配されていたが、今日ではメジャーと呼ばれる原油生産大手の国際企業でさえ全世界の原油需要のピークが今後10年以内にやってくるかもしれないと予想する。原油離れが現実のものとなれば、地政学的にも大きく状況は変わり、世界の安全保障の在り方にも影響が及ぶだろう。
さらに日本について言えば、高齢化が進行して人口が減少していく下で、こうした変化への対応を迫られるかもしれない。まだ必ずそうなるとは分からないが、後手に回ればそれだけ社会的コストは大きくなる。日本社会は、既存の問題でさえ手一杯の感もあるが、さらに来るかもしれない新しい荒波への警戒も怠れないようだ。今、新車購入を考えている人は、次の一台がひょっとすると人生最後のガソリンエンジン車購入になるかもしれない。いやもしかすると、自動車購入そのものの最後になるかも...。そういう時代を私たちは生きているようだ。
(写真)中野 哲也 PENTAX K-S2
神津 多可思