2019年10月01日
所長の眼
所長
神津 多可思
今月の当研究所ウェブサイトは「デジタル技術」月間と銘打ち、最先端テクノロジーをテーマにしたコラムを多数掲載致します。ご愛読の程宜しくお願い申し上げます。
所得水準の上昇に伴い、人間の消費需要がモノからサービスへシフトしていく傾向はかねて知られてきた。生存のためにはまず食が必要であり、さらに衣が手当てできて住までもが備われば、その次にはさまざまなサービスが欲しくなる...。というのは直感的にも分かりやすい。そうした変化の下で、モノについてもそれにどういうサービスが載っているかが、消費者にとってはますます重要になってきた。
通信をはじめ医療・介護、教養・娯楽といった、最近の日本で需要の伸び率が高い分野でも、本質的にはサービスが提供されている。そしてそのサービス提供のあり方が、人工知能(AI)やビッグデータ、 IoT(モノのインターネット)等のキーワードで語られる「第4次産業革命」の中で大きく変わりつつある。すなわちデジタル・トランスフォーメーション(DX)の動きだ。
DXの下でのサービスビジネスはプラットフォーム化がその典型であり、より多くの消費者が一つの枠組みを使う方向へと収斂(しゅうれん)していく傾向が強まる。その共通の枠組みの上で、さまざまな企業が競争して時には協業しながら、バラエティーに富んだ消費者の嗜好にフィットしたサービスが生み出される。その枠組みへの参加者が増えれば増えるほど、さまざまなアイデアが重なり合い、さらに新しいビジネスが生み出されていく。
その過程で一番利益を上げるのは、最後に生き残ったプラットフォーム提供企業だ。どの企業が勝ち、どの企業が負けるかは偶然にも左右されるので、十分条件は判然としない。サービス品質の高さは必要条件となるが、それだけが勝負のカギではないことは歴史の示す通り。最後のプラットフォーム提供者に至るまでには累積的に相当な投資が必要となり、途中で脱落した企業には費用負担だけが残ることにもなる。
DXの下でのビジネスにはこうした側面があるため、それぞれのビジネス分野において企業のパフォーマンスには大きな差が生まれる。したがって働く者にとっても、どの企業で働いているかによって所得がかなり違うことになる。そうした傾向が社会全体で極端に進めば、いわゆる勝ち組と負け組のコントラストがより鮮明になり、社会が大きく分断される可能性も否定はできない。
こうした環境での企業経営において、プラットフォームの提供者になるのか、あるいはプラットフォーム上のプレーヤーになるのか。それによって、ビジネスのリスクとリターンに対する評価が大きく違ってくる。前者のリスクはこれまで以上に大きく、後者のリターンは過去の情報を基に期待するほど高くならない可能性がある。
他方、格差が一層鮮明になる方向に進んでいるだけに、社会の分断をさらに助長するようにみえる企業のアクションに対しては、より厳しい目が向けられるようになる。金融市場において、環境・社会・企業統治(ESG)の観点を重視した投資がますます増えているのはその良い例だ。
このように、これからも続くDXの下では、企業には一層複雑なバランスが求められる。逆に言えば、企業が今後長く存続するためには、自らのビジネスモデルを冷静に評価し、それと整合的にリスクをテイクする必要がある。一方で、自らが身を置く社会の持続性に対して実力相応に貢献しなくてはならない。特にビジネスをグローバル展開する企業には、そのバランスをより上手にとっていくことが求められる。DXは単なる技術革新の新しい波にとどまらない。
神津 多可思