2020年07月01日
所長の眼
所長
神津 多可思
日本では、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため発令されていた緊急事態宣言も解除され、ポストコロナの経済社会を模索する段階に入った。今回のような大きなショックには、底流で元々進んでいた避けられない変化のスピードを加速させるという面がある。
1990年代の日本のバブル崩壊も、欧米先進国へのキャッチアップのために最適化された、1980年代までの金融経済構造を、新しいグローバル化の動きにフィットしたものへと変える動きを加速させた。もっとも、そのショックの本質が広く理解されるまで、かなり長い時間を要してしまったのは残念な展開であった。
10年余り前の国際金融危機でも、ベルリンの壁崩壊後のグローバル化の中でさまざまな綻(ほころ)びが現れ、その是正が必要なことを浮き彫りにした。すなわち、実体経済と切り離された金融取引の拡大、先進国における貧富の差の拡大、地球環境の破壊である。いずれについても、何らかの構造的な対応がなされなければ、長期的にそして安定的に、グローバル社会を維持していくことが難しいという指摘は日を追うごとに増えている。
そこに、今回の新型コロナウイルスの感染拡大である。人の命にかかわることだけに、その影響は金融経済を超えて広く社会全般に及ぶ。経済については、以前と同じような形で再びグローバル化が加速するとは考えられない。もちろん、世界の結び付きは格段に密になっており、その恩恵も大きい。しかし、物理的な密を減らすという、新しい要素の重要性が一気に高まったのである。
金融面でも、より高い成長、より高いリターンをというマーケットの要請の下、これまで金融緩和が強化され、企業部門は負債比率(レバレッジ)を引き上げてきた。しかし、当面、マクロ的に高収益を実現することは難しくなる。そうした中、現在の人工知能(AI)やロボティクスといった技術革新の下で、これまでと同じ成長パターンがそもそも維持できるのか。それがますます問題になるだろう。
そして、社会のあり方も変わっていくように感じられる。少なくとも、都市への人口集中、都市の中でも日中の勤務拠点への集中は大きく見直されるだろう。家庭と仕事のバランスも然り。みなが等しく命の危険を感じる中で、「人生の幸せとは何か」に思いを馳せた人も多いのではないか。
こうしたさまざまな面での変化を促す力は、いずれも既に作用し始めていたものばかりだ。今回のコロナ禍は、そうした変化を加速させる触媒になるのだろう。今後、広範にわたり変化が起こるとすれば、その過程をサポートすることで実現できる、一人ひとりの社会貢献の余地もまた大きい。それは個人に限ったことではない。企業や行政、非営利団体などさまざまな組織についても言える。これから新しい社会を模索しながら、創り上げていく。それは「Build Back(造り直す)」ではなく、「Build Forward(造り進む)」なのだろう。未来に、進もう。
神津 多可思