2018年03月16日
内外政治経済
研究員
清水 康隆
「今年は既に数件の引越し依頼をお断りさせていただいています」「引っ越し先によってはお受けできません」「この日は既に人員が足りないので別の日にできないでしょうか?」-。今月、引越しをすることになり、複数の業者に見積りを依頼したところ、こんな返事が相次いで返ってきた。異動に伴う引越しシーズンでも、学校の終業式後の3月下旬から始業式の4月上旬までは超繁忙期に当たるため、依頼を断らざるを得ない場合もあるという。
だから、「引っ越し難民」という新聞の活字が躍ることも珍しくないのだが、自分が実際に体験してみると正直へこんでしまう。幸いにも終業式前に滑り込みで頼むことができたが、今年は特に深刻な人手不足のようだ。
確かに有効求人倍率は平均で1.59倍(2018年1月)と44年ぶりの高水準で推移しており、労働市場は逼迫(ひっぱく)していると言っていいだろう。その一方で、企業が人員削減に踏み切るといった報道もよく目にする。その意味では、一言で「人手不足」と片付けるわけにはいかず、業種・職種ごとのばらつきがかなりあるのが実態のようだ。
(出所)日本銀行
それを如実に示すのが、全国企業短期経済観測調査(日銀短観)の雇用人員判断DIだ(図表1)。2010年から2017年にかけて、ほぼすべての業種で右肩下がり、つまり人手不足感を強めている一方で、業種ごとの人手不足感には大きな開きが出ていることがうかがえる。全体の平均である「全産業」と比較すると、例えば「繊維」「電気・ガス」などはさほど人手不足感はないものの、「宿泊・飲食サービス」「運輸・郵便」「対個人サービス」「建設」は大幅な人手不足に陥っている。運輸・郵便に関しては、冒頭のような引っ越し業者だけでなく、Eコマース等による宅配件数の増加を受けて、大手宅配業者が値上げ交渉に踏み切ったことも記憶に新しいはずだ。
もっとも、業種ではなく職種で見ると、労働市場のもう一つの「現実」が見えてくる。求人と求職のミスマッチだ。厚生労働省がまとめた「一般職業紹介状況」(パート含む)をみると、2017年の「一般事務」の有効求人数が180万人なのに対し、有効求職数は524万人。ところが「介護関係職種」の有効求人数は328万人に対し、有効求職数は93万人にとどまっている(「介護関係職種」は「福祉施設指導専門員」、「その他の社会福祉の専門的職業」、「家政婦(夫)、家事手伝」、「介護サービスの職業」の合計)(図表2、3)。この二つは顕著な例であり、雇用を流動化させることでお互いのミスマッチが解消できるというわけではないが、求める職と求められる職の間に大きな意識の差があることがうかがえるだろう。
(出所)厚生労働省
このままミスマッチが解消しなければ、人手不足の企業では長時間労働の蔓延や、労働力不足による経営の行き詰まりが起こるかもしれない。人余りの企業では、人員削減に踏み切らなければ、やはり経営を圧迫する可能性もある。つまり労使ともにハッピーな状況とは言えない。
ではどう解消すべきなのか。幸い、今は働き方改革やロボット・AI(人工知能)、外国人労働者の活用といったさまざまな施策が議論されており、国や企業を挙げて改善の取り組みが急加速している。先日も経済財政諮問会議において外国人労働者の受け入れ拡大に向け、検討を始める方針が示されたばかりだ。物流業界では、自動運転車やドローンを使って家庭や企業に配送しようという研究も加速している。
ただ、こうした取り組みは人手不足の企業については一定の処方箋となりうるが、ホワイトカラーを中心とした人余りの企業には有効とは言い難い。現実にはこういった分野では、ロボットやAIによる代替がますます進みそうだ。結局、受け皿となるような新たな産業による雇用の創出しかないだろう。
清水 康隆