2024年12月26日
内外政治経済
編集長
舟橋 良治
2024年は、欧州各国で移民排斥を主張する右翼政党が勢力を拡大し、米国ではトランプ氏が大統領選で不法移民の強制送還を公約し当選した。いずれも移民を敵対視する保守的で過激な主張が特徴だ。欧米で政治が右旋回した背景には、均質な民族や文化、さらには国籍をよりどころとした「国民国家」に対する意識の高まりがあるのではないか。その起源を振り返ることで、今を生きる人々に与える影響について考えた。
ボートで輸送される移民(イメージ)
国民国家は現在、普遍的な制度となっている。国民とは国家を構成し、その国の国籍を持つ人々だ。ただし、その人々は決して一様ではない。米国は移民の国。異なる民族や文化を背景に持つ人々が暮らし、同質的とは言えない。
トランプ氏は不法移民の強制送還を公言している。まさに国籍をベースとした国民国家の姿と言える。私がかつてフランスで暮らしていた時、「フランス人の3割は祖父母の1人が移民だ」という話を聞いた。現代は多様な民族が同じ国籍を持って一つの国に暮らしているのだ。
しかし、過去を振り返ると、国民国家の多くは同一の民族意識をベースとして欧州で生まれた歴史が浮かび上がる。文化・宗教の違う移民を排斥する極右政党がフランスやドイツなどでも台頭している背景には、そうした歴史が育んだ複雑な心理が働いているともいえよう。
まず、国民国家につながる主権国家についておさらいしておこう。その起源は、欧州で「30年戦争」(注)が終結した1648年に結ばれたウエストファリア条約とされている。この条約は、大きな勢力を誇り戦争の舞台となった神聖ローマ帝国を有名無実化した。それまでの封建制が弱まって絶対王政が主流となり、主権国家体制の基礎が築かれた。その後、18世紀後半のフランス革命(1789年)など市民革命を経て市民が主権を持ついわゆる「国民国家」の形成につながったとされる。
この過程で大きな役割を果たしたのが、15世紀にグーテンベルクが発明した活版印刷だった。さまざまな言語に翻訳、印刷された聖書が飛躍的に普及するなどし、同じ言葉や文字を使う均質な人々が生れた。文化や言語を共有しているとの意識が各地に広がり、国民国家が社会の主要な枠組みになっていく。
情報の伝達と共有を容易にした印刷技術が歴史を動かし、19世紀に本格化する産業革命を経て欧州各国で経済が発展。教育制度の整備や文化活動の振興などもあって、国民としての一体感が醸成されていったとされる。
日本で国民国家が意識されるようになったのはいつか。それは明治維新の後だ。江戸時代、徳川幕府は中央集権ではなく、藩が各地を治めていた。国としての日本は意識されていなかったと考えるのが自然だ。明治新政府による廃藩置県や徴兵制導入、大日本帝国憲法の制定など制度改革が進む中で、欧米各国よりも遅れて主権国家の体制を整えた。その後、日本国民という意識が強まり、国民国家になっていった。
20世紀の国民国家は、国民社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)の極端なナショナリズムなどに起因する悲劇を経験した。近年はグローバル化に伴う交流促進、文化の多様性に対する理解が深まった。その半面、自身が属する民族、もしくは国民を優先する感情を背景とした、経済的に困窮した人々による移民排斥の主張が欧州各国で増えている。これが「国民国家」の負の側面と見るのは、うがち過ぎだろうか。
貧困や迫害を逃れて欧州を目指したアフリカ・中東の人々を乗せた舟やボートが地中海に沈み、痛ましい最期を迎えたニュースは記憶に新しい。日本でも外国人を対象としたヘイトスピーチや、SNSで拡散される他民族攻撃の言説に気持ちをめいらせている人も多いのではないか。
国民国家は欧州で200~300年、日本では150年ほどの歴史しかない。もちろん、宗教や民族などを背景とした分断や対立は、数千年さかのぼるケースもあろう。しかし、多くの人にとって文化や歴史を共有する国民国家を背景にして仲間意識を共有し、他国との違いを感じるケースが多いのではないか。日本も深刻な人手不足で、外国人材の雇用なしには経済が回らなくなる事態も想定されているが、それでも国民国家を意識しながら生活しているのが普通だろう。
国民国家の起源を探ると、グーテンベルグの「印刷革命」がその誕生に大きく関わっていた。情報伝達技術の向上が仲間意識や利害感情とも結びつき、国民国家の形成を後押ししたのだろう。そして今、新たな情報革命が加速している。同じ価値観の仲間がSNS などを通じて集まり、見たい情報、知りたい情報の殻に閉じこもる「フィルターバブル」を形成。国民国家の中に、細分化された価値観ごとの「かたまり」が形成され、国家は新たな分断や対立に揺さぶられている。
「国民国家」の成り立ちや意義を改めて意識することは、自らのアイデンティティーや他者との共通点と違いを考えるきっかけになるのではないか。自分自身と世界各国に生きる人々の「立ち位置」に冷静に向き合うことは、互いに尊重しながら共存して生きていく第一歩になると信じたい。
(注)30年戦争:カトリックとプロテスタントの対立を背景とした宗教戦争を発端にして、神聖ローマ帝国を舞台に欧州全域を巻き込み展開した国際戦争。
舟橋 良治