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米国農業の「光」と「影」

=時事通信社デジタル農業誌Agrio・菅編集長に聞く=

2018年11月07日

内外政治経済

研究員
小野 愛

 日本の少子高齢化は農業にも暗い影を落としはじめている。「2017年度食料・農業・農村白書」(農林水産省)によると、食料の国内消費量は右肩下がりであり、2006~2016年度の間に食用穀物は6%減少。野菜は7%減り、果実に至っては15%もダウンした。人口減少は加速が避けられないため、農水省は白書の中で「食料の国内需要はこれまで以上の減少が進行するものと考えられる」と危機感をあらわにしている。

 とはいえ、悲観材料ばかりではない。日本の「食」に対する海外からの評価が急速に高まっているからだ。実際、牛肉やコメなど農林水産物・食品の輸出額は5年連続で過去最高を更新し、2016年には8071億円に達した。新興国の人口増加と経済成長に伴い、海外の食料需要は更なる拡大が予想されており、日本の農業は輸出に活路を求めたい。実際、政府も販路開拓などで支援策を講じている。

 世界最大の農産物輸出国は米国であり、過去半世紀以上も首位の座を維持してきた。下記の表で分かるように、米国の農業は一戸当たりの面積が大きく、所得も多い。なぜ米国の農業は生産性が高く、輸出競争力も強いのか。その一方で、強さに死角はないのか。

農業における日米比較

(出所)農林水産省、米農務省
(注)1ドル=111円で換算


 時事通信社のシカゴ特派員として米国の農業を徹底的に取材し、現在は同社のデジタル農業誌Agrio編集長の菅正治氏にインタビューを行った。菅氏は今年6月に「本当はダメなアメリカ農業」(新潮新書)を刊行し、米国農業の「光」と「影」を論じている。




20181107_01.jpg(写真)西脇 祐介

20181107_02.jpg(提供)新潮社

菅 正治氏(すが・まさはる) 
 時事通信社デジタル農業誌Agrio編集長。
 1971年生まれ、慶應義塾大学商学部卒。時事通信社入社後、経済部で財務省や農水省などの担当を経て、2014年3月~2018年2月シカゴ支局。2018年3月から現職。著書に「本当はダメなアメリカ農業」(新潮新書)や「霞が関埋蔵金」(同)など。


 ―米国は農産品輸出において世界一位です。その「強さ」の要因は何ですか。

 まず、米国の農業は非常に大規模です。日本と比べると、国土の面積は25倍で、平地も多いため、機械を導入しやすいという優位性があります。また、各地域ではその土地の気候や風土に適した作物が集中的に栽培されます。例えば、シカゴのあるイリノイ州の農業地域では、地平線まで壮大なトウモロコシ畑が続きます。

20181107_03.jpgトウモロコシの収穫作業(米国イリノイ州)
(提供)菅 正治氏

 さらに、米国の農業界は新しい技術の導入に対して貪欲です。賛否両論はありますが、品種改良のための「遺伝子組み換え」や、最近では遺伝子を改変する「ゲノム編集」という最先端技術も採り入れています。科学技術を駆使しながら、農作物の栄養価や農作業の生産性を高めることに積極的にチャレンジしています。

 国土が広くて大量生産できる上に、品種改良や効率化を進めていますから、近年は豊作が続いています。国内だけでは消費しきれないため、海外で大量に販売しないと価格が下落してしまいます。

 このため、米国の農業は作りっ放しではありません。マーケティングを特に重視しており、最近では大豆の作付面積がトウモロコシを抜きました。その理由は、中国で大豆の需要が増えたからです。むやみに同じ作物を作り続けるのではなく、需要や市場の変化に応じて柔軟に栽培作物を変えています。

 ―日本では政府が農林水産物・食品の輸出額1兆円を目標に掲げています。米国ではいかがですか。

 米国は国家として輸出の明確な目標は定めていません。しかし、安定的に安価な食料を供給していくことで、世界の食を支えようという強い意思を感じます。

 ―トランプ米大統領が決定した環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱について、米国の農業界はどう受け止めていますか。

 米国の農業界は、政府がTPPを締結すれば少なからずメリットがあると考え、参加を支持していました。牛肉や豚肉、小麦、トウモロコシなどの関税が下がるからです。ところでコメ業界だけは中立的な姿勢をとりながらも、本音では反対していました。ただし、コメを生産しているのはカルフォルニア州の一部など、米国全体から見ると小さな存在に過ぎません。

 ―日米自由貿易協定(FTA)の締結についてはどうでしょうか。

 TPPから離脱した以上、日米FTAを早く実施してほしいと米国の農業界は訴えています。大豆やトウモロコシはそもそも非関税のため、最も影響が大きいのは畜産業界です。

 牛肉はカナダやオーストラリア、豚肉はデンマークやスペインなどに、日本の市場を奪われるのではないかと危機感を募らせています。とりわけ、日豪経済連携協定(EPA)によって、既に米国よりも牛肉などの関税が低いオーストラリアのことを意識しています。通商交渉では日本の農業が米国に攻められているように感じますが、米国の農家から見ると通商交渉は守りの策なのです。

 ―最先端技術の活用による効率化が米国の農業に強みをもたらす一方で、環境や人体に対する弊害も起こしていませんか。

 詳細は「本当はダメなアメリカ農業」に書きましたが、五大湖の一つであるエリー湖の汚染がその象徴的な例です。2014年8月にオハイオ州のエリー湖周辺地域では、水道水を飲むことが禁止されました。その原因は、作物栽培で過剰に使用された肥料が川に流出し、湖が富栄養化してアオコなどが大量発生したことなのです。

20181107_04.jpgエリー湖と「アオコ注意」の看板
(提供)菅 正治氏

 ―米国で農業を取材された経験から、日本の農業は何を参考にすべきだと思われますか。

 効率を追い求めた結果として現れた米国の農業の「影」は、日本にとって反面教師になります。ただし、すべて有機栽培にすると、食品を安価に提供することができないのも事実です。

 例えば、遺伝子組み換え作物は悪者扱いされていますが、その技術の恩恵を受けて食品を安く買えているということも、消費者は理解しなければいけません。科学技術を駆使した農業と、自然の力を活かした有機農業、その間に日本の農業は「解」を見つけていくべきだと思います。

小野 愛

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※この記事は、2018年9月28日発行のHeadLineに掲載されました。

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